59話 引っ越し
銀山開発はぐんぐん進んでいった。
神屋源三はただの採掘師というよりも、むしろ山師と呼ぶ方が相応しいほど銀山経営に精通していた。鉱脈を見つけ、銀山開発に必要な職人や製錬技術者たちに声を掛けて集め、坑道を掘り、通風や排水方法を整えていった。
技術的な部分は神屋源三に安心して任せることが出来ることが分かったので、小一郎は予算の確保や費用の割り振り、掘り出した銀の管理・記録、清洲への報告など、全体的な運営に専念することが出来た。
つまり小一郎はプロデューサー、神屋源三はディレクターの様な立ち位置で回していけるようになった。
俺は1ヶ月ほど治田屋敷に滞在していたが、あとは小一郎と神屋源三に任せて清洲へと戻ったのであった。その時はまだ銀は採掘されてはいなかったが、神屋源三は絶対にあると断言していたので安心して任せることにした。
――そして、1ヶ月後。
ついに治田銀山から産出された初の銀が小一郎の手によって清洲に届けられた。それはほんの少しの量であったが、信長は大喜びをした。
「藤吉郎! 小一郎! あっぱれだ! 本当に銀が出るとはな。良くやった! 引き続き、銀山運営は小一郎に任せる。小一郎は銀山奉行を名乗るが良い!」
「は! ありがとうございます」
小一郎は嬉しそうに頭を下げた。
よかったな! 小一郎!
・・・・・・・・・・・
こうして銀山運営は無事に動きだし、俺はまた小牧山プロジェクトへ本腰を入れられるようになった。
俺がいない間も丹羽長秀が精力的に動いてくれていたおかげで、小牧山城の建設は着々と進んでいた。三交代制に競争原理を加えたお陰で、工事はかなり早い進行で進んでいた。
石垣積みに関しても、各石工集団が自勢力の意地と名誉にかけても負けられぬと、各集団それぞれの技術の粋を集めて作業を進めてくれていた。
石垣は日を追うごとに、美しく、素早く積み上げられていった。その様子はとても壮観であった。
こういう巨大な建築物が出来上がっていく様は、何ともいえず男心をくすぐられるものだ。
信長も城の建設状況が気になるらしく、何かにつけて抜け出しては、築城の様子を眺めていた。
信長と丹羽長秀と俺は工事現場に立ちながら、三人とも無言でぼーっと工事の様子を眺めることがたまにあった。信長も長秀もきっと男心をくすぐられているに違いない。
城も着々と出来上がってきたころ、いよいよ城下町の建設も一部始めて行く。
新しい建築方法の検討については随分前に終わっており、大工達が一生懸命考えてくれたおかげもあってなかなかに素晴らしい工法が生み出されたと思う。
決められた部材を決められた順番で組んでいくだけで、素人にも家が作れてしまう代物だ。
これ。なんならあとで商品化して売り出そうと思っている。ああ、当然、考えてくれた職人の皆さんには、売り上げに応じたロイアルティーをお支払いますよ。ええ、もちろん。
はじめに考えていた通り、組み立てはできるだけ簡単になる様に設計してもらったので、大工でなくとも作れる。お陰で圧倒的に使える人手が増えるのだ。
小牧山の近くに専用の木材加工場を作り、そこで城下町の建物の統一規格の建材をまとめて作り、現地に運び込んで一気に組み立てる。
もちろん、信長の屋敷やお偉いさん達の屋敷はそう言う訳にもいかないから、腕のいい大工職人たちにはそちらをしっかりと作って貰うのだ。
こうして様々な工夫を凝らしたおかげで、小牧山城とその城下町は一年半の期限内に完成を迎えることが出来たのだった。
「五郎左! 藤吉郎! あっぱれだ! よくぞ期限内に作り上げた!」
上段之間で家臣たちが集まる中、丹羽長秀と俺は信長の賛辞を貰い、ほっと胸をなでおろした。無事にやり遂げることが出来た達成感で胸がいっぱいになる。
しかし、そんな感傷も束の間で、すぐに次の号令が信長から発せられた。
「それではさっそく清洲から小牧山に居城を移すぞ。清洲城で働く者は五日以内に全員小牧山に移れ。その後、一か月で城下町の住人も丸ごと移動せよ」
え! 城下町も!? みんな突然の異動辞令にざわめいた。
「藤吉郎! 城下町住民の移動もお前が仕切れ!!」
「は、はい!!」
こうして休む間もなく、俺は引き続き、城下町大移動という大仕事をぶん投げられたのだった。
信長の話が終わり、みんな一斉に上段之間を退出する。
「藤吉郎殿。この度は貴殿と一緒に働くことが出来て楽しかったぞ。それに色々と学ばせて貰うことができた。大変、感謝している」
上段之間を出た後、丹羽長秀が話しかけてきた。
「いえ。こちらこそ色々助けていただきありがとうございました」
俺は改めてお礼を言う。
「それにしても……藤吉郎殿はまた大きな仕事を振られたな。殿も人使いが荒い……」
丹羽長秀が溜息をつく。
「いえ。任せてもらえるだけありがたいです」
俺がそう言うと丹羽長秀がポンと方に手を置いていった。
「何か困ったことがあればいつでも相談してくれ」
そう言って、くるりと踵を返すと自分の詰所の方へ戻って行った。
「ありがとうございます!」
俺は丹羽長秀の背中に向けて、お礼を言った。丹羽長秀はひらりと片手を振って、角を曲がって行った。
丹羽長秀を見送り、気合いを入れ直す。……さてと、まずは自分の家の引っ越しから片付けようかね。
家に戻ると、寧々がすぐに聞いてきた。
「小牧山に引っ越すって本当ですか?」
「あれ? どうしてもう知ってるんだ?」
「さっき、まつさんに聞いたのです」
主婦の情報網は侮れんな。重臣たちもさっき聞いたばかりなのに、もう寧々の耳に入っているとは…。恐るべし。
「やっぱり本当なんですね。では急いで荷造りをしないと! ……お義母さん、大変です! さっきのお話やっぱり本当なんですって!」
寧々が奥の台所に居るかーちゃんに知らせに行った。
「あらあら、そうなの。引っ越しってことは、新しい家になるってことかしら? それは嬉しいわねえ」
呑気な声が聞こえてくる。かーちゃんはもはや何が起きても動じない強さを身に付けたようだ。苦労してきてるからなぁ。
明日荷造りをして、明後日に出発かな。そう決めると、隣の又左衞門の家に行く。
「よう!」
「あ、とーきちろー」
玄関をくぐると5歳になった又左衞門の娘の『幸』がトテトテ走ってくる。
「こら! 藤吉郎様でしょ!! すみません……藤吉郎様」
まつが謝る。
「いいって、いいって。又左衞門は帰ってるか?」
「ええ、ちょっとお待ちください」
まつが又左衞門を呼んでくる。
「おお、どうした?」
赤ん坊を抱いた又左衞門が出てくる。赤ん坊は昨年生まれた長男だ。
「引っ越しいつする予定だ? もし良かったらうちと併せて引っ越ししないか? お前んち子連れで大変だろ?」
「お、いいのか? すごい助かる! どうしようかと思ってたところだ」
又左衞門はぱっと顔を輝かせた。……う、二児の父とは思えぬほどのイケメンぶり!
「明日荷造りして、明後日に出発しようと思うんだがどうだ? もう少し後にした方がいいか?」
又左衞門のイケメンスマイルに当てられながらも、平静を装って会話を続ける。
「いや、それでいい。大丈夫だ。早め早めにやっておいた方が安心だからな……お前は、城下町の件は大丈夫なのか?」
又左衞門も上段之間に居たので、あの命令を聞いていたのだ。
「ああ。自分の引っ越しが終わったら、準備するよ」
俺がそう言うと、又左衞門は
「いつでも手伝うから遠慮せずに言えよな」
ニカッと笑って、そう言った。
持つべきものは友達だな。改めて、そんなことを思った瞬間だった――。




