55話 小牧山計画始動
次の日――。
昼前に蟹江城から清洲城へ戻る。足軽詰め所に入ると、ちょうど小一郎が部屋にいた。
「あ、兄ちゃん。戻ったら上段之間に来いって殿から伝言があったよ」
「へ? ああ、分かった」
休む暇がないが、仕方ない。すぐに上段之間へ向かう。
「殿、藤吉郎です! 蟹江城よりただいま戻りました」
「うむ、入れ」
襖を開けて中へ入ると、信長が文机から顔を上げて聞いてきた。
「滝川彦右衛門は伊勢をどう攻めると申していた?」
「は。治田を取るのであれば北伊勢全体を狙っていかなければならぬ、と申されておりました」
そのままの言葉を信長に伝える。
「ふむ。で、あろうな。念願の北伊勢攻めだ。喜んでおっただろう?」
信長はニヤリとする。
「はい。大変喜んでおられました。北伊勢は素早く落としていただけるそうです!」
「うむ。伊勢は彦右衛門に任せるとして……。小牧山も急ぎ進めねばならぬ。藤吉郎! 丹羽五郎左衛門尉を呼んでまいれ。小牧山の話をするぞ」
「はい!」
俺は引き続き、すぐに丹羽長秀の詰所へ向かう。
「失礼します、丹羽様。木下藤吉郎でございます」
襖の前から室内に声を掛ける。
「なんだ?」
返事が聞こえたので、用件を伝える。
「上段之間で殿がお呼びでございます。小牧山の件でお話があるとのことです」
「わかった」
そう答えると少しの間をおいて、丹羽長秀が部屋から出てくる。
「この度は何卒よろしくお願いいたします」
俺は改めて、今後しばらく一緒に仕事をするであろう丹羽長秀に挨拶をした。
「いや。こちらこそ。こうして藤吉郎殿と共に働くのは初めてだな。清洲の町作りは大変素晴らしかった。今回もよろしく頼む」
丹羽長秀はそう言って、俺の肩にポンと手を置いた。案外、気さくな人だなぁ。
「では、行こうか」
丹羽長秀と俺は連れ立って、上段之間へと向かった。
「小牧山城とその城下町は織田家の威風を知らしめる場所にするのだ!」
俺達が上段之間へ入ると、信長は開口一番にそう言った。
「威風…ですか?」
丹羽長秀が尋ねる。
「うむ! 五郎左衛門。まず小牧山に作る城は堅城でなくてはならぬ。基礎を石造りとし、難攻不落の頑強な城を作れ!」
信長は大きな声で丹羽長秀に命令する。ずいぶん大雑把な指示だなぁ…。なんて思っていたら、次に急に名前を呼ばれてびっくりする。
「藤吉郎!」
「はい!!」
「小牧山城の城下町は、清洲以上のものを作れ!」
「はい!!」
……あれ? それだけ? 俺に対する指示の方が大雑把だった……。まあ、良いけど。清洲の城下町を作るときに信長の理想とする町についてはずいぶんヒアリングしたしな。基本の考えは変わらないということだろう。
「良いか、工期は一年半だ。それ以上は待てぬぞ。二人とも、励めよ!!」
一年半! 普通は二年以上かかる築城を、城下町も含めて一年半! これはまた忙しい日々が始まりそうだ……。
上段之間を出てから、すぐに丹羽長秀の詰め所で打ち合わせをする。
「しかし、一年半か。殿もせっかちなことだのう」
丹羽長秀が溜息混じりに呟く。
「そうですね。急がなければなりませんね。やはり城の概要がある程度見えてこなければ、城下町も作れませんので、まずは城を先に進めましょう。しばらくは私も築城の方をお手伝いいたします」
俺の申し出を受けて丹羽長秀は大変喜んでくれた。
「おお! そうして貰えると非常にありがたい! もちろん私も城が一段落したら城下町づくりの手伝いをさせてもらおう」
こうして『小牧山城プロジェクト』は始まったのであった。
俺達はまずは城の概要について話し合った。
信長から唯一指示らしいものが出たのは『基礎を石造りとせよ』というところくらいか。あとは『難攻不落の城』か。うーむ。言うは簡単だが……。
「石造りか。近江の観音寺城が石垣を用いた城であると聞いたことはあるが……」
丹羽長秀がそう言ったのを聞いて、そう言えば天守があって石垣があって、というTHE・城って感じの建物を見たことないな…と、ふと気付く。
ああいうのを作るのはやっぱり難しいんだろうな。前世で見たどこかの城の映像を思い出しながら、あの石垣なんて人力でどうやって積んでるんだろう?と考え込む。……あれ? でもお寺とかではたまに石垣は見るからな。 石垣を積む技術はどこかにはあるはずだ。職人さんとかいるのかな?
「寺の石垣などを作る人を探して情報を聞いてみましょうか。」
俺の提案を聞いて、丹羽長秀が「ふむ」と頷く。
「そうだな。餅は餅や。石は石工に聞くのが早いか。頼んで良いか、藤吉郎殿」
そうか、石工職人か。清洲城下にも確か何人か来ていたはずだ。彼らに聞いてみよう。
「任せてください」
「うむ。私はまずは一年半で築城と町作りを終わらせるための予定を一度組んでみよう」
こうして、丹羽長秀はスケジューリング、俺は石垣工法の情報収集と、それぞれの仕事に取りかかった。三日後に再度打ち合わせをすることにし、そこでお互いの進捗を確認することになった。
時間は限られている。さっそく俺は足軽詰め所に戻り、一若・彦二郎・小一郎を招集して仕事を頼んだ。
「……と言う訳で、清洲の町にいる石工の人達に築城する時の石垣の工法について詳しい人が居ないか探して貰いたい」
「おう」
「わかった」
「はい!」
三人はそのまま清洲の町へ散って行った。
俺はその間に他のルートでも探してみようと思い、七郎左衛門が清洲に出店した木綿屋へ行ってみる。
七郎左衛門は最近結構な頻度でこちらの店に来ているようなので、今も居るかもしれない。居なかったらしょうがないから熱田へ馬を走らせよう。
――店の暖簾を潜ると、ビンゴで七郎左衛門が居た。
「よ! 旦那!」
「よー、藤吉郎。今日は何のやっかいごとだ?」
最近、七郎左衛門にお願い事ばかりしているのでヒドイ言われようだ。しかし、七郎左衛門はそんなこと言いつつ結局いつも手伝ってくれるのだ。
「今日はですね。ちょっと石垣の工法について知りたくて、七郎左衛門殿がご存じではないかなーと思いまして参りました」
「……知る訳ないだろーが、って言ってもお前は大人しく帰らないからな。まあ、上がっていけ。とりあえず話だけでも聞いてやるよ」
「いやはや、お仕事中にすみません」
いつものようにフザケタ会話をしながら、奥の座敷へ入る。ここの店の中に入ったのは初めてだった。美しい庭があり、部屋にも趣味の良い掛け軸が飾られていたり、七郎左衛門の粋なセンスが感じられた。
「で、この間まで銀、銀、騒いでたと思ったら、今度は石か? どういうことだ?」
七郎左衛門は単刀直入に質問してくる。
一応、軍事機密なので場所は濁したが、俺は新しい築城計画があること、その城は石垣を使う必要があることなどを簡単に説明した。
「なるほど。それで石垣か……」
そう言って、七郎左衛門は少し考え込んだ後、再度口を開いた。
「俺の取引先に尾張衆という石工集団が居るが、そいつらに聞いてみるか。寺院の石仏なんかを作ってる職人達だが何か知ってるかもしれん」
マジか! ダメ元ではあったけど、七郎左衛門の顔の広さには驚かされる。ってか、石工とまで取引しているとは、ずいぶん手広く商売してるな……。
「すまん。本当に助かる! よろしく頼む!」
俺は感謝いっぱいで頭を下げた。
「うお! やめろよ、気持ち悪い! お礼は後の商売で返してくれればいいってことよ」
七郎左衛門はそう言って笑った――。




