54話 領地拡大に向けて
松平元康との同盟を結び終わり、信長はいよいよ美濃攻めの動きを本格化していった。
「美濃攻略のため、新たな居城を作る。場所は小牧山。城の普請奉行は丹羽五郎左衛門尉、城下奉行は木下藤吉郎に任せる!」
織田信長が主な家臣を集めてそう宣言したのは、清洲同盟の直後だった。
また城下奉行を任されてしまった。しかも今回は新しく建設する城に合わせた城下町づくりだ。普請奉行を任された丹羽長秀とも協業しなければならない。
丹羽長秀とはあまり関わったことはないが、織田家の中では数少ない政治的手腕にも優れた人物だとは思っていた。俺よりも2歳年上ということで、年も近いしなんとかうまくやっていきたいものだ。
そんなことを考えながら丹羽長秀の方に目を向けると、長秀も丁度こちらを見てきたので目礼をしておいた。
それともう一つ、新しい町を作るのであればどうしても信長に進言したいことがあった。
後日、信長に時間を貰い、話をしに行く。採用してもらえるだろうか……ドキドキ。
「なに? 北伊勢が欲しいだと?」
「はい。正確に言うと、北伊勢の治田と呼ばれる地域です。私が掴んだ情報によると、恐らくあの辺りに銀山がありそうとのことで。小牧山に城下町を作るにあたって、清洲で難航した銭の流通を改善したくどうしても大量の銀が欲しいのです。美濃攻めの原資にもなりますし……いかがでしょうか?」
実は清洲の城下町では、両替所が上手く機能していなかったのだ。どうしても大量の鐚銭ばかりが集まり、良銭が圧倒的に不足してしまうのだった。まさに悪貨は良貨を駆逐する、だ。
これを改善するにはやはり、貨幣の額面の価値と実質の価値を合わせるのが手っ取り早いだろう。そのためには金か銀か銅などの金属がとにかく大量に欲しかった。そして金属が欲しいなら、やはり鉱山を見つけるしかない。
――そう考え、以前から七郎左衛門に傘下の連雀商人を使って周辺に鉱山が無いかを探って貰っていたのだった。
こうしていくつかの候補の中から、清洲から近い北伊勢の治田山に目を付けたのだった。
うまく銀を掘り出すことが出来れば、戦の軍資金としても活用でき、軍事力の強力な後ろ盾となるだろう。鉱山はたくさん持っていて損はない。敵を攻めるだけでなく、この方面もどんどん攻めるべきだ。
「ふむ。蟹江城の彦右衛門にやらせてみるか」
しばらく考えた後で信長はそう呟いた。
蟹江城の彦右衛門……滝川彦右衛門一益か。たしかに以前、滝川一益が信長に北伊勢攻略を進言し、その拠点の為に蟹江城を奪ったという話は聞いた。桶狭間の戦があって北伊勢攻略は一旦休止していたが。
「滝川様へのお口添えお願いできますでしょうか?」
「うむ。藤吉郎! いまから彦右衛門に書状を書く。それを持ってすぐに蟹江城へ向かえ!」
「はい!」
こうして俺はすぐに信長の書状を携え、清洲の南西にある蟹江城へ向かった。
滝川一益に北伊勢の治田山の場所を伝えなくてはならない。一応、七郎左衛門に言って治田山の場所を示す地図らしきものを作ってもらったが、かなりアバウトなので伝えきれるかは分からない。
ただ治田山の近くの村の人々は、昔から治田山から銀が出るらしいということは何となく伝わっているらしいので、村の人に聞けば分かるだろうとは思う。
蟹江城へは馬を走らせて一刻ほどで着いた。そのまま滝川一益に面会を申し込む。
突然の訪問ではあったが、それほど待たされることも無くすぐに滝川一益に対面することが出来た。
「おお! お主が木下藤吉郎殿か! 噂は聞いておるぞ。以前からお主とは話してみたいと思っていたのだ! で、今日は突然どうしたのだ? 殿の書状を持ってきたと聞いたが」
野太い声でそう話す滝川一益は、鬼柴田のおっさんとはまたちょっと違う剛勇な雰囲気を醸し出していた。ってか、何の噂?
「はい。実は北伊勢にある鉱山を取得したく、滝川様のご協力を仰ぐようにと上総介様よりご命令をいただきました」
そう言って、先ほど信長が書いた書状を滝川一益に手渡すと、一益はすぐにその書状に目を落とした。
「ふむ。北伊勢の治田か。確かに峰続きである近江の君ヶ畑にも銀山があるからな……。出ても不思議ではないな」
おう! このおっさん詳しいな。確かに七郎左衛門もそう言っていた。これはせっかく準備した落書きみたいな地図は使わないかもしれない……無駄骨すまん、七郎左衛門。
「念のため、銀山に詳しい者に極秘で調べて貰いましたが、間違いなくありそうだとの情報も得ております」
俺は追加の情報を一益に話す。一益は「ふむ」と頷いた。
「あの辺りを治めているのは治田家だか……。まあこちらから攻撃を仕掛ければ周辺の北勢四十八家の連中が大挙して集まるだろうな。やはり治田を取るのであれば北伊勢全体を狙っていかなければならぬ……ふふ、面白い。ようやく北伊勢進出か、待ちくたびれたわい!」
滝川一益は嬉しそうにそう言うと、俺の方を見る。
「藤吉郎殿! 愉快な話を持ってきてくれたこと礼を言うぞ。殿が美濃攻めを本格化すると聞いておったので、また伊勢は後回しかと心配しておったのだ。藤吉郎殿の銀の為にも北伊勢は素早く落としてみせようぞ!」
おお、なんて心強いお言葉!!
「ありがとうございます!! よろしくお願いいたします!!」
俺は大きな声でそう言って、頭を下げた。
「さあ、ではこの後は景気付けに酒でも飲もう!! せっかく藤吉郎殿と話す機会が出来たのだ! そうだな、これまでの手柄話でも聞かせてもらおうか!」
滝川一益は野太い声でそう言うと、小姓たちを呼んで酒の準備を始めさせた。
その日、結局俺は清洲に帰ることはできなかった――。




