52話 清洲同盟と茶会
それから一月経ち、石川与七郎から手紙が届いた。
『例の甲賀衆を使い、上ノ郷城を落城させた』
手紙の冒頭部分に書いてあったこの言葉にいきなり衝撃を受ける。
…あれ?? 俺はただターゲットだけを誘拐するイメージで人質を捕まえると言ったのだが、戦国時代では『人質を捕まえる=城を落とす』になるのか??
自分が軽く思いついただけの作戦で、思いの外大きな事象が起こってしまったことに、俺はしばし狼狽する。…が、その後、気を取り直して更に手紙を読み進める。
一番の目標であった鵜殿長門守は捕らえることが出来なかったが、甲賀衆が上ノ郷城に火を放ったどさくさに紛れて二人の息子達を人質として捕まえることが出来たそうだ。
そしてその二人との交換で、今川側に取られていた人質を解放することができたということであった。
おお! 期限より一カ月も早く、勝負をつけたということか!?
人質が解放されると、松平家内でも反対派の声は一気に小さくなり、ようやく尾張と三河の同盟が結べる状況になったとのことだった。
近々、松平元康と清洲へ訪問する、という内容で手紙は締めくくられていた。
すぐに手紙の内容を信長に報告しに行くと、信長のもとにも既に水野信元から手紙が届いており、内容は『清洲に松平元康を連れていく』という同じような内容のものであった。
信長は機嫌よく、
「松平との会合の後に盛大な茶会を開くぞ。藤吉郎も参加せよ!」
と言った。 え!? 良いのかな?
信長は茶会を開くのが好きなので、茶会自体はこれまでも何度か参加させられていたが、今回のように客人と同席の茶会は初めてだった。
むむ、茶の作法とかまだちょっと自信ないんだけど…。あとで、又左衞門に練習に付き合ってもらおう…
――そしてその3日後に、予告通り松平元康の一行がやってきた。
清洲城内は朝から落ち着かない雰囲気だった。
午前中、上段之間で信長と元康の間で会談が開かれている間、『尾張』と『三河』の関係性がどういうことになるのか清洲城内は噂話で持ちきりだった。
午後、小一郎がどこかから仕入れてきた情報によると『尾張』と『三河』は無事に同盟を結ぶことになり、会談は平穏に終わったそうだ。
そのあと、すぐに信長肝煎りの茶会が開催された。
俺も御指名を受けていたので、事前に連絡されていた場所へ向かう。信長は三河勢に自分の力を見せつける為か、この茶会にかなり力を入れていたようだ。
それは、清洲城の中の一角を使って綺麗な紅葉を楽しみながら、野点を行うというセンスの良い茶会だった。
更に、智をはじめとした城内の女性達に美しい着物を着せて茶会に参加させることで、華やかさも同時に演出するという凝りようだった。
俺の贔屓目かもしれないが、信長の隣に立つ智は、とても綺麗で男共はみんな憧れの目で見ているようだった。…そしてその近くに静かに控えている旭もいつもとは違う着飾った姿で、輝くばかりの麗しさだった。
茶会は信長の主だった家臣達も皆が参加する盛大な会となっており、松平元康に随行してきた三河の武士たちはその華やかさに非常に驚いた様子だった。
石川与七郎がさっそく俺の姿を見つけて近付いてきた。
「藤吉郎殿! この度は大変お世話になりました。こうして無事、貴国との同盟が結べて本当に良かったです。本日、父は来ておりませぬが、父も非常に感謝しておりました」
与七郎は慇懃に頭を下げる。
「いえ、こちらこそ。こんなに早く事を進めていただけたことに感謝いたします」
俺も礼を述べる。
「いや、貴殿のご助言があったからこそです。我々には危機感が足りておりませんでした。お陰さまで、ようやく蔵人佐様も松平家内を取りまとめることが出来、これからは腰を据えて今川攻略ができるでしょう」
与七郎は、少し離れたところにいる若者に目を向けながら言った。若者は信長と何やら話しこんでいる。時々、智も会話に参加して談笑なんかしている。
…あれが『松平蔵人佐元康』か。別に狸っぽくないな…。むしろ爽やかな好青年と言った感じだ。やっぱり徳川家康ではないのかな?
俺の徳川家康のイメージは教科書に載っていた太ったおっさんでしかないので、全然違うと言わざるを得ない。
「いや、それにしても素晴らしい茶会ですね。上総介様のご趣味の良さがわかりますな…ところで、上総介様のあの美しい奥方様は藤吉郎殿の姉上とお伺いしたのですがまことですか?」
与七郎が尋ねる。俺は急に話題が変わったので、狼狽しつつ答える。
「え? ああ、はい。そうなんです。ご縁がありまして…上総介様に嫁がせていただきました」
「なるほど。上総介様は果報者ですな」
ええ!? そうですかぁ? ああ見えて結構キツイところがあるんですよ? うちの姉は。
と思わず言いそうになるが、危ういところで堪え、
「これは、ありがたいお言葉…」
と曖昧な笑顔で返事をする。
「奥方様の隣にいらっしゃる女性は、血縁の方でしょうか? 奥方様に良く似ていらっしゃいますが…」
「ああ…あれは妹の旭です。姉上の侍女として行儀見習いをしております」
俺は答えてからハッとする。
…与七郎、もしや旭ちゃんのことを狙っているんじゃなかろうか? おのれ、旭ちゃんは渡さんぞ!! ・・・先日、旭の見合いの事もちょっと考えたけど、やはり危機が迫ると人間は本音が出てしまうよね。
「いや、あれほどに美しい姉妹に恵まれているとは、藤吉郎殿は羨ましいですな」
そんなこと言っても騙されないぞ…と、警戒しながら、
「これは、ありがたいお言葉…」
とまたもや曖昧な笑顔で返事をする。
そんな俺の様子に気付く様子も無く、石川与七郎は話を続ける。
「しかし、この清洲の城下町もまた活気があって素晴らしいですな。市中の制札を拝見させていただきましたが、商いのやり易い工夫をされているようで、我が三河も見習わなくてはならぬと思いました」
お、与七郎くん。君、分かってるじゃない! 清洲の町を褒められるとちょっと嬉しくなってしまいつつ、ここは謙虚に答える。
「いや、まだまだ問題も多くて…」
「まあ、そうでしょうな。新しい取り組みには何かしらの想定外が起こるものですからな…おっと、呼ばれてしまいました」
松平元康が、こちらを向いて少し手を上げている。
「藤吉郎殿。いずれ機会がありましたら、またゆっくりとお話をさせていただきたい…では」
そういうと与七郎はすぐに主の側へ戻って行った――。
こうして、後に『清洲同盟』と呼ばれることになる、この『尾張』と『三河』の軍事同盟はこの日に無事締結され、『織田家』と『松平家』のその後の発展を支える重要な盟約となった。
…ちなみに、この日の茶会は後に「清洲茶会」と呼ばれ、信長が茶の湯も嗜む風流人であるということが広く流布されるきっかけとなった。
その噂を聞いた日の信長はとても上機嫌だったことは言うまでもあるまい…。




