50話 岡崎会談
懐かしい松下屋敷に付くと、門の向こう側にあの思い出深い藤の木があった。
今は夏だから、もう花は散ってるだろうな…と思ったが、近付くと少しだけ、花を付けている花房があった。紫色の小さな花が再会を喜ぶように風で揺れていた。
「藤吉郎!!」
屋敷に入ると、之綱自らが出迎えてくれた。
「加兵衛様!!」
俺達はお互いの無事を確認し、再会を喜び合った。
「桶狭間では世話になったな!」
「いえ、ご無事で何よりでした…」
「さ! 奥で父上も待っている。こちらへ」
そのまま俺は奥の部屋へ案内された。
奥の部屋には松下長則も待っていてくれた。
「藤吉郎!! 息災か? 桶狭間では加兵衛が世話になった様じゃのう!!」
相変わらずの調子で、松下長則はガハハと笑った。白髪は増えたようだが、変わらず元気なようだ。
「…して、今回は織田家の使者として参ったそうだが、どういった話なのだ?」
一通り挨拶を交わしたところで、之綱が本題に入る。織田家の使者として尋ねるという書簡を送ったのだが、内容は秘密保持のためにも直接会って話した方が良いと思い書かなかったのだ。
「はい。既にお聞き及びかとは存じますが、織田上総介様は三河の松平様と同盟を結びたいと考えております」
俺がそう話し始めると、之綱と長則は頷いた。
「しかし、松平様の家中では反対意見も根強くなかなか交渉が進展しないということで…。同盟締結のため、ぜひお二人のお力をお借りしたいと考え、本日参上いたしました。何卒ご協力を賜りたくお願い申し上げまする」
俺は一気にそこまで話すと、深く頭を下げた。
「ふむ…。やはり予想通りでしたね、父上」
之綱の言葉に俺は頭を上げる。
「うむ、そうじゃな」
長則は頷きながら同意する。
ん、予想通り?
「藤吉郎。お主から書簡が届いたときから、恐らく同盟関連の話であろうとは思っておったのだ」
之綱が話を続ける。
「我らはもちろん、松平家と織田家の同盟は大賛成なのだ。…しかし、古くから仕えている家臣達の反対が根強く、これまで今川方に居た我々の意見では中々通らぬのが現状でな…」
ここで長則が話を受け取る。
「そこでじゃ。儂が若い頃、松平家に仕えていた頃の知り合いで、石川という松平家古参の家臣がおるのじゃが、そやつが同盟推進派に傾きそうでな。そやつの口利きであれば、あるいは…と思うのだが、どうだ? この際、直接会ってみぬか」
「え!?」
長則が俺の目を見つめる。
突然の話の展開に少し狼狽したが、二人は恐らく事前に、一番良いと思われる方法を考えていてくれたのであろうと考え…ありがたく話に乗らせてもらうことにした。
「ありがとうございます! ぜひ、ご紹介いただきたいです!!」
「うむ! お主ならそう言うと思ったぞ! では、さっそく明日、石川家へ書簡を送ろう!」
そう言って松下長則はガハハ!と笑った。
「では、固い話はここまでにして、今日は久しぶりの再会を祝おうではないか。会合の日取りまで、しばらく我が屋敷に滞在していくと良い!」
之綱はそう言って、小者の青年を呼ぶと酒席の準備をするようにと伝えた。
そしてそのまま俺達は飲み会へとなだれ込んでいったのだった――。
・・・・・・・
それから数日経った。
いよいよ、今日は松平家の古参の家臣『石川さん』と面会をする日ということで、松下長則と昨日から岡崎に入っていた。
『石川さん』との会談は岡崎にある西光寺という寺で行うことになっていた。少しドキドキする。
『同盟推進派に傾きそう』って言ってたから、『石川さん』はまだ完全に推進派では無いってことだよな…。俺が織田家の印象を悪くしてしまったら、同盟反対派になっちゃう可能性もあるってことだよなぁ…ああ、緊張する…。
松下長則と西光寺の門をくぐる。住職らしき坊さんが出てきて、俺達を奥の部屋まで案内してくれた。『石川さん』はまだ来てないらしい。
俺達はそのまま部屋で待つ…が、すぐにまた足音が聞こえてきて、俺達の部屋の前で止まった。
「石川様がいらっしゃいました」
そう言って坊さんが案内してきた人物は、二人だった。中年のおっさんと、俺よりちょっと年上くらいの青年だ。
「松下殿、遅くなって申し訳なかった」
中年のおっさんが詫びる。
「いやいや、こちらも今しがた着いた所だ。こちらこそ急に時間を貰ってしまって申し訳ない」
松下のおっさんがガハハと笑い、そして、そのまま俺の紹介をする。
「この者が、手紙にも書いた織田家家臣の木下藤吉郎殿じゃ」
「木下藤吉郎と申します。お初にお目にかかります」
中年のおっさんが頷いて、名乗る。
「松平家家臣の石川右馬允と申す。それとこちらが倅の…」
石川右馬允が隣の青年に目線を送ると、青年が自己紹介を繋いだ。
「石川与七郎と申します」
こうして、会談が始まった――。
意外だったのだが、話を聞いてみるとどうやら石川親子は織田家との同盟には賛成のようだった。
しかし、『松平信康』の妻子が今川の人質に取られているということで、表立った動きができないというのが本当の所であるらしい。
反対している家臣たちもほとんどは今川側に人質を取られている者達ということであった。
…なるほどね。これは難しいわ。
織田側になびいたと今川に伝わってしまえば、家族が殺されてしまうのか…。それは迂闊に動けないよな。
あれ? まてよ? ということは、もしかして…
「…御事情は分かりました。一つお伺いしても宜しいでしょうか?」
「うむ」
石川右馬允が頷いたので、俺は言葉を続けた。
「織田家との同盟を勧めた水野下野守様を松平様が攻めたとお伺いしましたが…もしや今川家の目を欺く為だったのでしょうか?」
石川親子が一瞬、顔を見合わせた。
「…いかにも」
石川右馬允が小さな声で肯定した。
「それは織田様には伝わっていないのですか?」
石川与七郎が逆に聞いてきた。…ん? どういうことだ?
「…織田上総介様はご存じなかったようでしたが?」
俺がそう答えると、また石川親子が顔を見合わせた。石川右馬允が口を開く。
「水野様からのご提案で、今川方にいる松平家の人質を取り返すまでの時間稼ぎとして、しばらく石ヶ瀬川付近で戦をしているように見せかけようと…」
ほっほう…。これは水野信元の独断と言うことか? …であれば、信長の性格を見誤っているかもしれないな。
「なるほど。もしかすると水野様は上総介様がそう言った小細工が好きでは無いことを御存じで、敢えてご報告をされずにいるのかもしれません…。しかしそれ以上に、上総介様は何事においてもあまり時間を掛けることを好みません。このまま中々進捗しないということになれば、どちらにしても上総介様の怒りに火がつく可能性が高いです…」
「…なんと…」
石川右馬允が呻く。
「既に人質奪還の見込みが立っているのであれば、その作戦で行くのも良いかもしれませんが…」
「…見込みはまったく立っていない」
石川与七郎が答える。
「なにか方法はないかの? 藤吉郎…」
松下のおっさんが俺に聞く。うお、俺の上司になる人は丸投げが多いのか?
そう言われてもなぁ…うーん、方法、方法。人質を無事に取り返すには・・・あ!
「…人質交換とか…どうですか?」
俺は声を潜めて提案してみた――。




