39話 殿の申込み
――稲生の戦いが終わり、1か月程経った。
清洲城へ戻ってから、信長はとても忙しそうにしていた。
どうやら家督争いで乱れてしまった織田弾正忠家内部の組織を一刻も早く再構築しようとしているようであった。
弟の織田信行については一応今回の戦で抑えることができたが、まだ信長の兄の織田信広が不穏な動きをしているようであるし、家内の反乱分子は早めに潰しておきたいのだろう。
実際、美濃が敵対勢力となってしまった今、家内立て直しは急務だ。三河の向こう側には虎視眈々と尾張を狙う今川がいるし、反対側の伊勢だって味方と言う訳でもない。更に尾張国内にもまだ『織田伊勢守家』という敵対勢力が残っている。
これだけの敵に囲まれている中、お家騒動なんてやってる場合じゃない事は信長も重々承知だろうが…。
信長も大変だな…兄弟が仲良くできないなんて、可哀想だな…。
俺はというと、ちゃんと真面目に日々の仕事に励んでいた。足軽組頭として、自分のチームをしっかりと増強し、日々訓練を行い、部下達のメンタルケアに勤しみ、上司のぶん投げ仕事を華麗に受け流す。
あれ? この中間管理職的な感じ…なんか前世と同じような事をやってる気が…。
ふと、そんなことに気がついて「うわー、俺って進歩無いな」と一人で苦笑いをする。
「何、笑ってんだ?気持ち悪いな」
一若が俺の顔を見ながら、さも気持ち悪そうに言ってきた。
「うわ、本当だ。藤吉郎のやつ、一人で笑ってる…」
彦二郎が更に被せてくる。
「兄ちゃんは昔から、一人で考え事をして、笑ったり怒ったり悲しんだりするんだよね。まだ変わってないんだね」
と心得顔で小竹が語る。
うるさいなぁ…こいつら。俺は一応、上司なんだが。
「うるさいうるさい。色々と考えてるんだよ!!」
「へー、で、ニヤケてたんだ。随分立派な考えなんだろうなぁ」
一若がからかうように言ってくる。彦二郎と小竹は楽しそうに笑っていた。
実は稲生の戦いの後、部下を増やしても良いというお許しを頂き、一若と彦次郎と小竹を俺の組に誘ったのだ。ありがたい事に三人とも喜んで来てくれた。お陰で木下組は大幅な勢力増強が出来たのだ。
ちなみに小竹は俺の下で働くにあたって元服し『木下小一郎長秀』と改名した。しかも、なんと羨ましい事に、信長から偏諱として『長』の字を授かっていた。
そんな他愛ないやりとりをしている時だった。
「よっ! 藤吉郎いるか?」
と、織田家の筆頭ウェイ系こと又左衞門がやってきた。
「おお、どうした?」
又左衞門がニヤリと笑って言った。
「殿がお呼びだ」
うーむ。また呼び出しか…今度はなんだろう?
「…理由はなんだ?」
「さあな」
「機嫌は悪そうか?」
「いーや、上機嫌だな」
「…行ってくる」
まあ、上機嫌ならそんな厄介事では無いはず…。それだけを希望の灯にして、上段之間へ急ぐ。
「藤吉郎、参りました」
「うむ。入れ」
いつものやり取りで入室する。いつも通り信長は座敷の奥に一人座っていた。
「藤吉郎…」
俺が座った途端、いつになく真面目な顔で信長が俺の名を呼んだ。
「? …はい」
なんだ? この雰囲気…なんかいつもと感じが違うぞ? ドキドキしながら返事をする。
「・・・」
信長が少し複雑な顔で黙り込む。
な、なんなんだよ。いつもなら機関銃みたいに要件を話すのに!! なんだよ! 更にドキドキが激しくなる。
「あの・・・?」
俺が耐えられなくなって口を開くと、信長が決心したように話始めた。
「準備が整ったので、智を側室に迎え入れたいと思っておるが…」
へ? 予期せぬ言葉に一瞬脱力する。
「藤吉郎に異論はあるまいな?」
…あれ? もしかして、俺の許可を求めてる?
一応、木下家の当主の扱いをしてくれてるってこと? 案外律儀な感じ?
有無を言わさず『智は俺の嫁だ!』って言いそうなタイプだと思ってたけど…。へー。
「どうした? 異論があるのか?」
俺がすぐに返事をしないので焦れたのか、信長が答えを急かす。もしかして信長も内心ドキドキしているのかもしれない。そう思うとなんだか信長がかわいく思えてくる。
答えなんかもちろん決まっているだろーが。
「もちろん、異論などございません!! 姉の事、くれぐれもよろしくお願い申し上げまする」
深々と頭を下げる。智は甲斐性ある旦那を捕まえたもんだなぁ…改めて嬉しく思う。
「うむ! それでは明日より智には清洲城に入ってもらう!」
へ? 明日? 早っ!!
「すぐに智に伝えよ!! 明日の朝、中々村に輿を遣わす!」
「は、はい!」
慌てて上段之間を辞する。この部屋から出るときってなんだかいつも慌ててる様な気が…。
部屋を出ながら、智の姿が頭に浮かんだ。
『はあ…明日? ばっかじゃないの!? 何考えてんの? 三郎は?』
って言うんだろうな、きっと…。
とにかく、今から中々村に行くんじゃ、早くしないと暗くなってしまう。俺は急いで、足軽詰め所に立ち寄り、一若達に事情を伝える。
「え!? 姉ちゃんが殿の側室になるの!?」
小一郎が卒倒しそうなほど、びっくりしている。ああ、そうだよね。まだ知らなかったもんね。びっくりするよね、そりゃ。
一若達もあまりの急展開に絶句状態だった。
「じゃあ、俺は今から中々村に行ってくるから、後の事はよろしく頼む!」
「…う、うん。任せといて!!」
絶句する一若達に代わって小一郎がしっかりと返事をする。うん、良い返事だ。
安心して足軽詰め所を後にしようと思った時、小一郎が急に声を落として俺の袖を引っ張りながら聞いてきた。
「姉ちゃんは…その…嫌じゃないんだよね? もし、姉ちゃんが嫌なんだったら…」
心配げに、そして決意を込めた眼で小一郎が俺の目を見つめる。
…智が嫌なんだったら、二人で助けようって言いたいんだな…。俺もそう思ったことがあったから、小一郎の気持ちが良く分かった。コイツは本当に良い弟だな。
「大丈夫だ、小一郎。智も殿に惚れてる。昔から三郎、三郎言ってただろ?」
「…うん。言ってた。じゃあ、心置きなく祝福して良いんだね!」
小一郎がニッコリと笑った。おお、相変わらず、愛い奴よのう…
そのまま俺はまた馬を借りて、中々村へ急ぐ。今回も馬を借りたお陰で、暗くなる前に中々村へ到着することが出来た。
「ただいま!!智は居るか?」
「兄ちゃん?」
旭がキョトンとした顔でこちらを見る。
グハ!まただ!!また我が家に天使が居る!!!…やべえ!またお土産買ってくんの忘れちゃった!!・・・って、そんな場合じゃなかった。
「どうしたの? …って、藤吉郎じゃない!! 何してるの?」
智が庭の方から回ってきた。
「智!! 殿が『側室に迎えるから、明日清洲城へ来るように』って!!」
焦って色々な説明をぶっ飛ばして、用件だけ伝えてしまった。
智は一瞬ポカンとした後、叫んだ。
『はあぁぁぁ???? 明日ぁあ???? ばっっっかじゃないの!? 何考えてんの!? 三郎は!?』
智のセリフは想像よりも若干激しめだった――




