14話 新たな旅立ち
天文20年。14歳の春。
俺は遠江にある頭陀寺という寺の門前町に来ていた。今回はここに立つ市で商売をしに来たのだ。
3年前、販路拡大のため弥七郎と一緒に新しい連雀商人のグループを作って独立した。
前のグループは三河までしか行かないということで、遠江や駿河まで行くのであれば別の連雀商人仲間を作れと前のリーダーに言われたのだった。
弥七郎をリーダーにした俺達の新しい連雀商人グループは若手の商人達を集めて、新しい商売の仕方を模索していた。細かな御用聞きによる顧客の潜在ニーズの発掘、新しい仕入先の開拓、評判の良い商品があれば『丸一印の木綿針』のようなブランディング戦略も行ってみたり。俺の前世のマーケティング知識も活用しつつ、少しずつ商売規模を広げていったのだ。お陰で今ではある程度の信用ができ、結構エライ人達にも注文を受けるようになっていた。
なんてことを思い出しながら、ぼーっと宿の部屋から外を眺めていたら不意に弥七郎に呼び止められた。
「おい、弥助。お前ヒマか?ヒマなんだろ?松下屋敷の納戸役から注文されてた商品を届けてきてもらえないか?」
「…おう。わかった」
断る理由も無いので、俺は注文の品を持って松下屋敷へと向かった。
松下屋敷とは、今川家家臣の飯尾家の家臣である松下長則という武将の屋敷だった。昨年辺りから頻繁に注文をしてくれるようになってきたお得意様だ。
頭陀寺の南に位置する松下屋敷は一帯を含めて頭陀寺城とも呼ばれていた。現当主は松下源太左衛門長則というらしい。
松下屋敷に付くと、門の向こう側に綺麗な藤が咲き乱れていた。もう藤の花の季節なんだなぁ。と柄にもなく花を愛でる。
門前には侍が二人立っていて、こちらをジロジロと見ている。おっと、お使いお使いっと。
「すみません。ご注文の品をお届けに参りました尾張商人の弥助と申します。与次郎さんはいらっしゃいますか?」
門番の侍に用向きを伝える。与次郎というのはいつも注文をしてくれている松下屋敷の納戸役の手伝いの青年のことだ。ここ一年ですっかり顔なじみになっていたのだ。
「うむ。しばし待つが良い」
若干偉そうに侍はそう言って、もう一人の若い侍へ顎で指示をした。
しばらく待っていると、若い侍が見慣れないおっさんを引き連れて戻ってきた。門番の侍が恐縮しているようだ。誰だ、あれ?
「やぁやぁ。尾張からきているという商人じゃな。配達ご苦労であったな。さ、中へ運ぶが良い」
見慣れないおっさんは、急いでやってきたせいか汗をかきかき俺に指示をした。
「時に、昨今の尾張の様子はどうかね?」
おれが荷物を運びこむと唐突におっさんが聞いてきた。唐突ではあったが、行商人から情報を聞き出そうとする手合いは良くいるので特に驚きはしなかった。
しかも情報を多く持っている方が贔屓にしてもらい易いので、俺達のグループはこういう時の為にも情報収集に力を入れている。
「そうですね。織田の殿様の病状はいよいよ危ないらしいですね。跡を継ぐのはうつけの上総介様か弟の勘重郎様か…と言われているようです」
ま、結局跡を継ぐのは上総介こと信長だけどね…と心の中で呟く。
「ほうほう、なるほど。上総介はどうなのだろうなぁ?織田の家督を継ぐほどの者か?」
「上総介様が近江国のある村から火縄銃を大量に購入したという噂を聞きました」
「なんと。火縄銃か。大量とはどのくらいか聞いているかね?」
「詳細な数はさすがに聞こえては来ませんが、荷運びを請け負った者の話では300挺以上はあったとか」
「300とな!!ふむ、これからの世は槍よりも火縄銃の戦いになるのかのう」
おっさんが寂しそうにつぶやく。
「まあ、火縄銃も連射は出来ないですし、槍持ちの軍勢に攻められれば苦しいと思いますよ。よっぽどの条件が整ってない限りには火縄銃だけで勝つのは難しいでしょうね」
別におっさんを慰めようと思った訳ではないのだが、一応思っていることを述べてみた。
「ほうほう。お主、兵法も嗜むのか?そうか。それで他になにか面白い話はあるかね?」
おっさんは俺の回答に機嫌を良くして更に質問を重ねていった。話が終わらん…。
「今日は与次郎さんはいらっしゃらないのですか?」
おっさんの質問攻めに辟易してきたので、一瞬の隙を突いておっさんに質問返しをする。
途端におっさんはあからさまに顔を顰めた。
「ああ、あの根性無しならつい先日辞めたところだ。せっかく納戸役に取りたててやろうと思っておったのに…。まったく最近の若いもんはちょーっとしごいただけですぐに辞めてしまうからのう。困ったもんじゃ。あれでは、どこに行ったってモノにならんよ。まったく、そもそも儂が若い頃は…」
今度はおっさんの終わらない愚痴が始まってしまったので、苦笑しつつ聞く。そうか与次郎辞めちゃったのか。この話の長いおっさんが嫌で辞めたのかね。
「えーっと。荷物はここに置いていいですか?」
まだブツブツ言っているおっさんに指示を仰ぐ。
「…ん?ああ、その辺に置いてくれ」
「はい」
商品を土間に置き、愛用のそろばんを取り出して会計を始める。
「えーっと、一緒に確認をお願いしますね。三河木綿が2反で1,800文、茶が一斤で60文、紙3帖で45文、あ、あと木綿針もご注文頂いてましたね・・・」
ふと顔を上げると、おっさんがジーッと俺を見ていた。な、なんだよ…。
「おぬし。算盤を使えるのか!?」
「は?ええ、まあ…」
「ふむふむ。おぬし、出自と名前は?」
「…尾張は中村の木下弥右衛門と申す者の倅で弥助と申します」
「ほぅ…。なるほど。ふむ。おぬし、ここで働かんか?」
「…は?」
おっさんの突然のスカウトに一瞬言葉が出ない。
「なに。ここ最近人手が足りておらんかったから丁度良い。おぬしも連雀商人をやっておるより、主君を持った方が何かと便利であろう」
「ま、まあ。それはそうですが…俺だけで判断する訳にもいかないですし、帰って商人仲間にも相談してみます」
「ふむ。そうか、では色良い返事を待っているぞ!」
おっさんはガハハと笑って言った。
「…はぁ。とりあえず、お会計2,105文になります」
「む。忘れておらんかったか…もう少しまけんか?」
「じゃあ、キリの良い所で2,100文で良いですよ」
「…おぬし。しっかりしておるのぅ。益々気にいったわ。では待っておるからな!!」
おっさんはまたガハハと笑って、金を支払った。
「なんなんだ。あのおっさんは…」
ようやく松下屋敷を出た頃には日が暮れかかっていた。
とりあえず宿に戻り、出納帳をつけていた弥七郎を晩飯に誘い、松下屋敷での一部始終を話して聞かせた。
「それは…誘いに乗るべきじゃないか?」
終始黙って話を聞いていた弥七郎は開口一番そう言った。
「今川と言えば、今飛ぶ鳥を落とす勢いの大名だろ。そこの家臣の家臣の家で働けるなんてまたとない機会じゃないか。上手く仕えれば武士に取りたてて貰えるかもしれないし…」
意外な反応だった。何となく弥七郎は止めてくると思っていたのだが。
うーんそれにしても今川かぁ…。5年前に織田信長が出てきちゃったんだよなぁ…。まだ織田家の家督は継いでないからもう少し先だと思うけど、桶狭間の戦いっていつなんだっけ?
「いいか、弥助。今は戦国の世だ。どんなに金を稼いだところで商人である限り、武士に目を付けられてしまえば終わっちまう。自分を守るため、家族を守るためにはやはり武士になるのが一番なんだ。お前は昔武士になりたくないと言っていたが、今なら、この世を生き残るなら武士になるのが一番だって分かるだろ?」
俺が黙り込んでしまったのを見て、弥七郎はそう言った。俺が武士になりたくなくて迷っていると勘違いしているみたいだ。
いや実際そうなんだよ。やっぱり今は戦国の世だ。武士になるのが一番自分の影響力を強く出来る方法なんだよ。分かる、分かるよ!けど、桶狭間がさぁー。
しばらく迷っていたが、よくよく考えてみれば今川家の家臣筋に在籍してれば、むしろ桶狭間へ行くタイミングが分かるじゃねーか、と思い至ってあっさり迷いは消えた。
「分かった、弥七郎。ありがとよ。俺、松下屋敷で働いてみるわ」
「お、やっと決心したか!」
弥七郎は大きく頷くと、店の主人に酒を注文した。
「よーし、弥助の新しい旅立ちを祝して今日は飲もう!」
その日は弥七郎と遅くまで飲み、語り合ったのだった。




