第2話 辺境――最初の依頼は「建てるな」
辺境の街ベルナは、王都の喧騒が嘘のように静かだった。
城壁は低く、門番は眠そうで、道端の子どもは泥だらけの靴で走っている。
その平和が、カイルには怖かった。平和は、崩れるときに音がしない。
名を隠し、日雇いとして現場に入る。
最初の依頼は家の建て替えだった。
「雨漏りがする。床も軋む。だから新しくしたい」
依頼主は中年の男。妻と小さな娘がいる。
家の壁には子どもの背の高さの傷があり、床の隅には冬の薪が積んである。
ここには生活がある。王都の建築は「見せる」ためだったが、ここは「生きる」ためだ。
カイルは家の周りを歩き、地面を踏み、壁の傾きを確かめた。
問題は家そのものではない。地面が呼吸するように沈む。
「水脈の上です」
男は眉をひそめた。「だから何だ?」
「建て替えるなら、基礎を深く、排水を通し、家の向きを変える。……それができないなら、建て替えない方がいい」
“建てない”。この言葉が、依頼主の自尊心を切った。
男の声が尖る。
「金は払う。なのに建てない?」
「建てても沈みます。沈めば家族が危ない」
「脅しか?」
カイルは首を振る。「予測です」
男は怒鳴り、現場の空気が凍った。職人が黙り込む。
家の中から娘が覗いている。小さな手で人形を握り、父の怒声に怯えている。
カイルは言い訳をしない。説得もしない。
代わりに、選択肢を一つだけ置いた。
「建て替えの話は捨ててください。代わりに今夜の雨に備えて溝を掘りましょう。裏の畑へ水を逃がす。家族が濡れないくらいには変わる」
男は吐き捨てた。「帰れ!」
カイルは帰った。
背中で娘の足音が一歩だけ近づき、また止まった。
その夜、雨が降った。
宿の薄い壁越しに、雨が土を叩く音がする。
カイルは天井を見つめながら、明日の崩れ方を想像していた。




