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第2話 暖炉の下に、春は来ない

翌朝、雪は止んでいた。

だが街は白くない。屋根の縁、通りの中央、集会所の裏――あちこちで黒い地面が覗いている。溶けた雪だ。

カイルは宿を出ると、まず煙突の数を数えた。多い。思ったよりも多い。

古い家にも、新しい煙突が継ぎ足されている。石と石の色が違う。

急いで付けた仕事だ。煙は勢いよく上がり、空気を震わせる。その下で、雪だけが溶けている。

「暖房を増やしたのは、いつからですか」

案内役の役人は歩きながら答えた。

「ここ十年ほどです。魔法式が普及してからは特に。冬でも人が死ななくなった」

それは、事実だろう。寒さで人が死ぬ街は、もう許されない。

「床下は見せてもらえますか」

役人は一瞬、足を止めた。

「床下?」

「基礎を確認したい」

少しの躊躇のあと、役人は頷いた。

案内されたのは、通り沿いの商家だった。店主が渋い顔で床板を外す。

床下に、湿った空気がこもっている。

雪解け水が、逃げ場を失って溜まっていた。そこに、白い霜が貼り付いている。

「夜に凍ります」

カイルは言った。

「昼に溶け、夜に凍る。そのたびに、地面は少しだけ動く」

店主は眉をひそめた。

「だが、建物は立っている」

「はい。だから問題になる」

カイルは基礎石を指で叩いた。鈍い音。割れてはいないが、詰まっている。逃げ道がない。

「ここ十年で、扉は閉まりにくくなりませんでしたか」

店主は答えない。だが視線が、歪んだ柱に一瞬だけ向いた。

外に出ると、通りの先で子どもたちが遊んでいた。雪玉を投げ、笑っている。

その足元の地面は濡れ、踏むたびに沈む。

「春は、楽しい季節です」

役人が言う。「雪が消え、街が動き出す」

カイルは頷いた。

「だから事故が起きる」

役人は不快そうに顔をしかめた。

「なぜ、そんな言い方をする」

「冬は、皆が警戒している。春は、油断する。雪国の事故は、その隙に起きます」

昼過ぎ、領主邸に呼ばれた。

若い領主は、地図の前で腕を組んでいた。

「話は聞いた。建物が歪んでいるそうだな」

「はい。原因は暖房です」

「……暖房を、減らせと言うのか」

「減らすのではありません。集めすぎない」

カイルは地図に指を置いた。

「暖める場所が点在している。それぞれが雪を溶かし、地面を緩める。結果として、街全体が不安定になる」

領主は苛立ったように言った。

「ではどうする。寒さに戻れと?」

「戻りません」

カイルは静かに否定した。

「“暖めない場所”を作ります」

沈黙が落ちた。

「……何を言っている」

「暖房を集中させないために、意図的に冷たい区画を残す。そこに雪と冷気を逃がす」

領主は笑った。

「そんな場所に、人は住めない」

「はい。だから――住まない」

その言葉で、空気が変わった。

「建て替えではなく、配置を変える。

街を強くするのではなく、壊れない形に戻す」

領主は机を叩いた。

「理想論だ。住民が納得するはずがない」

カイルは否定しなかった。納得しないだろう。理解しても、受け入れない者はいる。

「それでも、選ぶ必要があります」

「何をだ」

「寒さか、歪みか」

その夜、宿に戻ると、外で氷が鳴る音がした。凍結だ。溶けた水が、再び固まる音。

カイルは床下の湿りを思い出す。あそこに、春は来ない。

図面を広げ、線を引き直す。建てる場所ではない。暖めない場所の線だ。

ペン先が止まる。――この判断は、正しいか。

答えは、まだ出ない。だが放っておけば、街は必ず歪む。

外では、雪がまた降り始めていた。音もなく、すべてを覆い隠しながら。

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