彼の帰宅後、二人の話。
ちょっと真面目に。
僕の心を抉る酷い一言を残し、神尾君は帰って行った。
僕は改めて、彼が連れてきた東城さんという女の子に向き直し、
「それで? もしかして、本当に聞きたいことがあるんじゃないのかい?」
と言ってみた。
すると彼女は眼を見開き、驚きの表情を見せた。
「…………気づいてらしたんですのね」
「いやー、半分くらいはカマをかけてみたんだけどね? 当たりだったようだけど」
「……ええ、仰るとおりですの。聞きたいこと……というより、少し、確認したいこと……ですけど」
「……話してごらん」
僕がそう言うと、深呼吸を一つし、真剣な顔で尋ねてきた。
「矢島獣医……? あなたはどうして、彼女の……夜羽さんの事を受け入れられたんですの……?」
「……なるほどね」
「え?」
「わざわざ僕に聞きにくるということは、君自身がどうしてあの子を受け入れることが出来たのかがわからなくなってるんだね?」
「………………」
彼女は戸惑っている。
自分で出した答えのはずなのに、どうしてその答えが出たのかわからずに。
「それに対しては、僕からは何も言うことは出来ないよ。君自身のことだからね。……でも、そうだね。僕が夜羽ちゃんを受け入れることが出来たのは……神尾君を見てたから」
「神尾くんを……見てた……?」
東城さんが不思議そうな顔で、僕が言った言葉を繰り返した。
そんな彼女の様子に僕は、苦笑いを浮かべながら話を進める。
「神尾君が真剣に頼んできたのがわかったからね。理由はそれだけで十分。それに、夜羽ちゃんは神尾君に良い影響を与えてたみたいだし。それだけわかれば、この病院の人間ならみんな夜羽ちゃんを受け入れるんじゃないかな?」
「……神尾くんがここの人たちに心を開くわけですの」
東城さんが納得したように笑みを浮かべた。
……神尾君、何か言ってたのかな?
「でも、僕らと彼のつきあいは、実はそんなに長いものでも深いものでもないよ。でも神尾君は、僕らに心を開いてくれた。なら僕らはその信頼に応えなきゃね」
東城さんは、納得した表情を見せた後、ぼそりと口を開いた。
「それにしても……良い影響、ですか。やはり、夜羽さんが来てからですの? 神尾くんが変わり始めたのは」
「……確かに夜羽ちゃんが来てからだと思う。でも変わったんじゃないと思う。……多分、戻り始めたんだ。家族がいたころの彼に」
「あ……」
東城さんは、少し暗い表情を浮かべた。
と言うことは、彼女も多少は何か知っている、のか。
このままだと暗い話に、しかも本人のいないところでそういう話をするのは気が引けたため、僕は話題を変えることにした。
「しかし、聞きたいことは夜羽ちゃんのことだったんだね。てっきり君も神尾君に好意を持っていて、神尾君のことを聞きたいのかなと思ってたよ」
「…………も、ですか。そういえば彼女もよくここに来るんでしたものね」
「まあ、あの子も出会いは神尾君と同じだしね。それなりに付き合いはあるよ。それこそ……いつ頃から神尾君のことを……っていうのも大体わかるし」
「なんですの、そのおもしろそうな話! 是非お聞かせ願いたいですの!」
あ、考え方は大人っぽくても、こういう所は年相応なんだね。
僕は苦笑いしながら、話を戻す。
「それはまた今度ね。それで? 東城さんはどうなんだい?」
「うぅ……答えにくいことを平然と聞きますのね……まあ、いいですの」
彼女はコホンと一つ咳払いをし、話し始めた。
「…………正直、前から多少、彼に好意を持ってましたの。それは他の男性に比べると、程度でしたけど。でも、夏休みが終わってから少し雰囲気が変わった彼と話すうちに、段々惹かれていきましたの」
真剣な面持ちの彼女の話を、僕は静かに聞く。
「ただ、ふと気づきましたの。神尾くんが変わったのには、何か理由があるのではないか、誰かが神尾くんを変えることが出来たんではないか、と。……まあ、それもつい最近簡単にわかりましたけど」
「夜羽ちゃん、か」
東城さんのあっさりとした言い方に苦笑いで返す。
「最初は、別の誰かが神尾くんを変えたんだとしても、関係ない。わたくしはその方に勝って神尾くんと……! なーんて、考えたりもしましたけど…………神尾くんと夜羽さんが一緒にいるところを見たら、その気があっさり無くなりましたの」
「それはまたなんで?」
「だって、神尾くんが夜羽さんといるときの雰囲気が他の誰とも違いますもの。神尾くんの夜羽さんへの眼差しも。……まあ、それはほかの誰にも、それどころか本人達も気づいてないんでしょうけども。あ、矢島獣医は気づいてらしたのよね?」
……彼女は随分とよく見てるんだね。
そういえば神尾君も、夜羽ちゃんのことがバレたのは、彼女の観察力の賜物だ、とか言ってたか。
「うん、でも、その雰囲気や眼差しにどういう感情が含まれているのかは、わからないよ」
「……それは、家族になりたいのか、友達でいたいのか……恋人になりたいのかってことですの?」
「うん、そうだね。神尾君は変なところで鈍感だし、多分まだ自分がどうしたいか、は考えてないと思うよ。……だから東城さんもまだチャンスはあるんじゃない? もちろん飯田さんもだけど」
僕の言葉に、少し考えた様子を見せたが、彼女はまたもあっさり言いのけた。
「さっきも言いましたけど、もうその気はありませんのよ?」
「……理由を聞いても?」
「単純ですの。わたくしも夜羽さんを気に入ってしまいましたから」
「……そっか。ならいいんだ」
東城さんはとてもいい笑顔で言った。
その言葉は、最初に僕に尋ねてきたことの、自分なりの答えにも思えた。
あの子を、夜羽ちゃんを自分が受け入れることが出来たのは、自分自身が夜羽ちゃんを気に入ってしまったから。
「……さて、じゃあ当初の話通り、神尾君のプロポーズの件、プラスその他諸々をお話しよう」
「ええ! わたくしも学校での神尾くんの様子をお教えいたしますの」
パッと話を切り替え、元する予定だった話に戻してみると、東城さんもあっさり切り替えてきた。
恐らくこのときの、神尾君をからかう材料を探す僕たちは、似たような笑みを浮かべてたに違いない。
気持ちの整理をつけた一人の女の子。
……ど、どうでしたか? 感想お待ちしてます。




