9.新たなる脅威
「あのパイソンはパラサイトに操られていた」ヨーコは牛が去っていた後、会議を開いた。
「1頭の牛が倒れると、別の牛に乗り換える能力もあるようです。あのパラサイトが一体なんだって私たちを襲うのか、何匹いるのか、分からないことだらけです。彼らはどうやって連絡とりあっているのか、キャサリン、何か推測できるますかか?」
「パラサイトには、発声器官が見つかりません。体から出す音やジェスチャーでは複雑なコミュニケションをとれるはずはありませんから、何らかの方法で会話していると考えられます。その方法についてはマリアが説明します。」
「鹿、鷲、パイソンに乗り命令を与えているのは確かですが、パラサイト同士が連絡手段を持ちあえるかは謎です。パラサイトは体がほとんど脳で占められており、発声器官がないし、聴覚器官もないも同然です。ただ、脳内に不思議な器官が見つかってます。推測ですが脳波を検知できるかと考えられます。パラサイトが死ぬ時、私たちが感じた脅迫感は一種のテレパシーかもしれません。」控えめなマリアにしては大胆な発言だった。
「あの牛が死んだとき、何も感じんかったぞ」イワンが反論した。
「だからこそ、私はテレパシーを疑います。あの時牛は死にましたが、パラサイトは生きていた。あのパラサイトには死の恐怖がなかったからと思えるのです」
「確かに、牛が死んでも何も感じはしなかった。そうすると私たちはテレパシーのあるパラサイトにねらわれていることになるのか」ビルはマリアの仮説に改めて未知の恐怖を感じていた。仮説だがまんざら否定する気でもなかった。
「マリアに聞くけど、パラサイトが人間に取りついたら、どうなるの?」ジュリアの質問は会議を一気に緊張させた
「パラサイトに取りつかれたら、人間も操られると思います」予想された答えだったが、パラサイトの新たな恐怖を増した。会議はどのような対策をとるかに移ったが、パラサイトについて不明なことがありすぎて具体策は誰も提案できない。
「パラサイトについて分からないことだらけでは、何も対策はとれません。今はむやみに不安を感じるより、日常の仕事をしていきましょう」ヨーコが締めくくった。
パイソンの襲撃を撃退できたが、それでも警戒は怠らない。
「次に何が襲って来るか分からない。周辺の状況を掴んでおきたい」
まずやろうとしたのは、ドローンの開発だ。野牛を撃退したとはいえ、まだ脅威が消えたとは言えない。未知の、強大な生物が襲って来ることは想像できた。その脅威を一刻でも早く発見するために、ドローンを飛ばして周囲の森を偵察しようとする計画だ。
「機材はあるの?」
「カメラ、モータやマイコンが揃ってます。手作りしないとならない物はありますが、製作可能です」トンプソンが言う。
「では、任せるわ」
丸太小屋生活の改善のため、ドアの開閉に必須の兆番、窓サッシ用の板ガラスなど、造りたいものは結構ある。地球ならありきたりの物がここでは手に入らない。これを最優先して作りたいことだが、ドローン開発にトンプソンの他5人が専念することになった。それだけ、ドローンの重要性は高かった。
「プログラムについては問題ない、後は、本体、翼、プロペラの制作だな。」
「本体と翼はどうにかなりますが、プロペラをどうするかですね」
「プロペラは手作りでやるしかないな」
「では、私にやらせてください。プラモで飛行機をいくつも作りました」カンジが名乗り出る。
「そうか。任せる。」
工具も、工夫をして鋸やハンマーなども作った。時間と手間はかかるが製作できると考えていた。
一方地球人は柵の森の奥深くに食料探し回れる余裕も出来ていた。
そんな中、ラキッチたちが鹿などの大物を捕らえてきた。ヨーコはここまで屋外のパラサイトの襲撃に怯える生活に、皆疲れていると感じて、焼肉パーティをすることする。
「では、私がコック長をやりますよ」そう言い出したのは電気技師のチャンだった。彼は料理店でバイトしていたこともあり、料理の腕には自信があった。
野生動物の肉質は大抵固く、臭みがあり、口に合わない。それをチャンは薬草や果実を使い、匂いを消し、柔らかくした。
今まで全員が捕まえた獲物の固い肉に閉口し、しかたなくレトルトで我慢していたのだが、チャンが味気なかった食事を実に豪華なものにして皆に提供してくれた。この地で初めての豪華な晩餐会となった。
「君ら、アメリカ人は食事に無頓着すぎる。もっと料理にこだわり、食材を研究しないといけない。料理はただ食べれるようになればいいのではなく、おいしくなければならない。色どりや盛り付けが良ければ見ただけでおいしく感じられるものさ。どんな食材も一度口に入れ噛み締め、味あえばどう料理するか、決まるのだ。」チャンが食事中熱弁をふるっていた。
「君らは、あまりに食事に淡泊なんだよ。ただ口に入りさえすればいいと思っているだろ。美味しいと思って食べた時こそ、栄養になることが分かってない」皆がチャンの料理を称賛したものだから、彼の講釈のボルテージが上がる一方だ。
「チャン。こんなにすごい腕前なら、当分料理長になっていてくれよ。こんなうまいものが食えるなら俺は何時でも森に入って獲物を探してくる。」今回獲物を狩ってきたラキッチがハンターに名乗り出た。
「それがいい。チャンの料理の腕前はニューヨークのレストランのコック長にもなれる。ただなー、ここに酒がないというのは寂しいと思わないか」マルコスもいつにも増して機嫌がよかった。
「だめよ、マルコ、チャンをこれ以上調子に乗せては。女性の出番がなくなるわ。それと、アルコールは当分ご法度よ。ねえヨーコ。」ジュリアがやり込めると笑い声が一斉に上がっていた。
ささやかな宴ではあったが、不便さが続く日常にうんざりした地球人にとり、久しぶりに心から楽しめるものだった。皆、すこしでも不幸な出来事を忘れようとしていた。
そんな盛り上がったパーティの数日後、森の探検から帰ってきたジョーが小さな動物を抱えてきた。
「ジョー、それ犬の子供でしょう、どうしたの」キャサリンがまだ目の開いたばかりの犬の子を抱いてきたジョーに近寄った。
「森のはずれの岩場で泣いているのを見つけたんだ。たぶん母親とはぐれたんじゃないかな。あまり可愛いんで拾ってきちゃった」
「鼻や耳など明らかにオオカミと違っているわ。ここに、犬がいるなんて思わなかった。オオカミは見たけど野犬は見てなかったわ。」
「うん、野生化してても犬の特徴はある。これなら、人に懐いてくれると思う」
「犬はアジアでオオカミが飼いならされたものと、言われているの。だから、アメリカ大陸にはアジア人がベーリング海を越えて連れてきたと思われているの。でもここには、今まで人間の住んでいた痕跡はなかった。昔、飼われていたのが野生化したのかな」
「野生化してても、大事にすればきっと懐くよ」
「ええ、ミルクや離乳食なんかも用意しないとね」
「月の基地に持ち込んだペットのためのフードが倉庫にあったはずさ。それを使って育てられないか」
「そうね、もしかしたらペット用のミルクもあるかもしれない。ねえ、私にも抱かせてよ」キャサリンは犬を受け取ると大事そうに頬摺りまでしている。もう二人は、犬をどう育てるかで話し込み、犬小屋を作る計画までしていた。
一方マリアは船長が死んだことにまだ責任を感じていて、内気な性格にさらに影を作っていた。研究や仕事に夢中になっているときはそれほどでもなかったが、何することなく一人でいるときにふと、スズメバチに襲われたことを思い出してしまう。
そんなマリアをマルコスが心配して声をよくかけていた。
「どうだいマリア、森に入ってみないか」マルコスがマリアと組んで森に食料探しに誘っていた。
だが、ある時マリアはなぜか断ってしまった。
「ええ、でも今日は気が乗らないの」いつもはマルコスの誘いに乗るマリアだが、ときおり落ち込んでしまった。彼女自身、分からない行動にでてしまう。
「あの時の記憶がふっとでてしまうことがあるんです。マルコは優しくて私を心配して慰めてくれる。マルコがいい人なのは分る。でもあの船長の苦しむ姿を、どうしても思い出してしまう。」マリアは率直な気持ちをヨーコに打ち明けていた。
そのまま季節は冬に向かっていた。
トンプソンたちのドローン開発は問題を抱えながらようやく出来上がる。
「よし、行くぞ」トンプソンが掛け声を上げる。
全員が見守る中、ドローンは高く舞い上がった。モニターには高い位置からの鳥の目で見た画像が綺麗に映し出される。
「これは凄いわ。これなら数キロ先まで見渡せる」ヨーコの声も明るい。「どのくらい飛ばせる?」
「最長で30分、20キロ先まで言って来れます」トンプソンが力強く言う。
その日からドローンを各方向に飛ばしていた。
そして、10数日過ぎたころ、海の方向に飛ばしていた時、怪物がこちらに向かって来るのを発見する。
「なんだ、これは?」
「蛸か?なんてデカ物なんだ」
急いでヨーコたちもモニターに寄って来る。
「なんて巨大な蛸なの、あんなのが現れるなんて信じられない。あの足の太さは異常ね。地球のゾウがかわいく見えるわ。」
大木を蛸の足は簡単にへし折っている。
「あれは、10mはあるぞ、足を広げれば40mは超えるな、体重20トンといってもオーバーじゃないな」イワンが目測で言った。
蛸は、6本を歩行用の足として2本を腕として狩猟につかっているようで、地球上の普通の蛸と同じ動作だが、あまりに体が違いすぎた。
川を遡上して、キャタピラのように次々と足をくりだし、川底を這ってくる様は、巨大な水中戦車を思わした。河原に生えている大木さえも簡単にへし折り、押し倒して人間の暮らす上流に進んで来る。
「あんな生物は昔いたの?」ヨーコが聞いた。
「いえ、私の知る限りありません。高さが10mを超えると生物は地球の重力により自分の体を保てません。巨大な恐竜でも活発に行動できず、倒れると起き上がるのも困難だったと考えられています。どんな生き物もあれほどの体重を支えられる筋肉はつくれませんし、どんな骨格でも肉体の重みを維持できないはずです。まして軟体動物には骨がなく、どうやっても地上であんな巨体を維持できません」キャサリンが答える。
「ここの重力だから生まれたんじゃないのか」マルコスが聞く。
「分からないわ。ただ地球から連れてこられた蛸が、この星に適用してすぐに巨大化を始めたとして、あまりに変化が速いわ。ここの小さな重力によって生き物が地球より大きくなれると考えても1万年の歴史では説明つかない」キャサリンが専門知識を働かせた。
「さらに地球で蛸は海でしか活動をしていない。ここの環境により大きくなったとしても、陸上でも活動できるようになれたのは不自然です」マリアも補足する。
「蛸は短時間なら陸上でも生きていける。でも蛸が海から離れて川を上ってくるように進化できるなんて一万年の長さではあり得ません」キャサリンは強く言った。
「ともかくあいつは現実だし、あいつは我々の方に向かっているのは事実だ」とマルコス
「あいつも我々を襲ってくるつもりなのか」イワンが気になることを口にした。
「画像を拡大してくれ」あまりに蛸が大きすぎて、画像からはみ出す。ただはっきりしないがコブみたいな突起が見えた。
「なんとも言えないが、あのコブのようにも見えるな」
「もし、コブならあの蛸も操られていると見た方がいいな」ビルが言ったことに皆頷く。
「マルコス、あの怪物に柵は持つかしら?」ヨーコが聞く
「さっき、腕を使って木を引き倒したのを見ると、とても無理ですね」
「あんな奴に捉まったら人間なんてどうしょうもないですよ。大砲でもない限り太刀打ちできませんね」マルコスが更に続ける。ようやく火薬が作れるようになったが、ろくな加工機械がなく、小銃さえも製造はまだ無理だった。
「あの怪物の速度だと二日後ぐらいにはこっちに来ますね」その言葉に一同黙り込む。
蛸の対策会議を開く。ただ、あまりに蛸は巨大だった。どう見ても対抗手段は見つからない。
「ジョー、北西の山の方には断崖のあると言ったわね。そのあたりの地形をもう一度説明して」ヨーコはもう対策を考え始めていた。
船が降下した時に写した画像からヨーコが探していた地形が見つかった。上流部には川に削「他にり取られ、谷の両側が絶壁になっている場所を確認できた。
「この崖から蛸に岩を落としたら、何とかならないかしら」
「上手くいくかどうかはやって見ないと分かりませんね」
「他に方法は思いつきませんね。やりますか」
「崖にはどのくらいで行ける?」
「道もなくルートを探しながらですから1日はかかるでしょう。」ラキッチが説明する。
「今の蛸の速度なら、蛸よりは早く辿り着けます」ヨーコの意図を感じ取ってイワンがコメントした。
「そこに逃げるとして船はどうします。」ジョーは遠い山に行くことに不安を持ち、船に残っていたい者のこととを考えていた。
「人が残っていれば、それだけ蛸の興味を船に引いてしまう。蛸にとって柵や船は何の障害にもならないし、襲われたら船はぺしゃんこに押しつぶされる。船に残っていても危険は同じ。グループを割るのは危険が増すことになる。戸締りをして船を出ます。食料と宇宙服は各自持参して、必要と思われるもの以外は残していきます。」ヨーコが宣言した。




