8.柵
不気味な生物を退治した後、地球人たちは、新たな有害生物に備え、船を中心に柵を急ピッチに作っていた。
森から木を伐り出し、杭を打ち、横木を蔓で厳重に縛った。これに実力を発揮したのがラキッチだ。
彼は一人でキャンプするのが趣味で、アマゾンの奥地にまで入った豪のものだ。
「杭はしっかり打ち込んでくれ。ぐらつくようでは、もう一度やり直す。」
柵は数十センチの間隔に狭めて丸太で補強していく。ネズミやウサギならともかく、狼や鹿ぐらいの大きさならまず、潜り込めないほどになる。
パラサイトによる攻撃を受けてから、防御が一番重要なこととなった。
「パラサイトは小さな動物には、乗り移れないはずだ。犬以上の動物が入りこめないようにする。」
柵の中は当然として、丘の上にも見張りを置き、絶えず周囲の様子には気を配ることにした。柵づくりは急ピッチで進み、3日で完成した。
その二日後、大きな鷲が周回しながら空を舞うのが見えた。これをポールがカメラに記憶する。
「ヨーコこれを見てくれ」ポールが見せた画像には大鷲の背中にコブがはっきり映っていた。
ヨーコはキャサリンとマリアの意見を聞く。
「おそらく、鷲の背中のコブは先日の鹿に乗っていた物と同じでしょう。鹿を解剖した結果、鹿の脳の視聴覚野にまでコブの触手が伸びていた。コブ自身も視聴覚器官はあるが貧弱で、有効な働きをしているとは思えない。他の動物の器官を利用して情報を得ていたようです。それが今度、大鷲を操り私たちを観察していたと見ていいと思います。どの程度まで支配できるかは推測でしかありませんが、あの鷲の大きさなら多分パラサイトに取りつかれていると考えられます。」
「鹿は元来臆病な動物で、物珍しさだけで人間の近くまで寄ってきて、長く立ち止まって、人間を見ることはありません。パラサイトが指示したのだと考えられます。
画像の鷲も同様です。鷲にとって人は大きすぎる獲物で、襲うことなどありえない。それなのにあんなにしつこく我々を、狙っていた。どちらもそれ本来の行動から考えられないことです。パラサイトに操られていると十分考えられます」二人が説明する。
「そうすると、鹿や鷲以外の動物にもとりつき、我々を襲ってくるかもしれないのね」
パラサイトが何故地球人を執着するかは不明だが、警戒を一層強化することになった。
戸外での活動には必ず見張り担当を置き、夜間の寝ずの番を数人で置くことにする。
その夜、寝静まった時間、人の絶叫で皆が飛び起きた。声の方にした方に行くと、見張りの男達が獣と格闘している。
「ギャー」慌てて駆けつけ、黒獣に槍を突き入れた。
その槍の痛みに、獣は身を翻す。だが男たちの追撃は終わらない。
「グルル」獣はなんとか攻撃をかわそうと前足を振りかざす。でも、槍が次々と刺さり、やがて力尽き倒れた。
「おい、大丈夫か」獣と格闘していた男は体中血だらけだ。
「ドクターを呼べ」
ドクターが治療する間に、動かなくなった獣の分析も始まる。
「こいつはピューマじゃないか」
「しかし東海岸では絶滅したはずだ」
「いや、ここは地球と違う。人間に滅ぼされなかったんだ」
「そうかもしれん。地球の常識はここでは通用しない」
「こんなのがいるんじゃ、おちおち寝てられないぞ」
そのピューマにも例のコブ(パラサイト)付いていた。何とか生け捕りにしようとしたが、ピューマに暴れられ、一緒に殺すしかなかった。
そして、このパラサイトを殺した時も言いようのない感情が傍にいた人間たちを襲っいぇいた。
「これが、パラサイトの怨念か」
「気持ち悪くなるな」
「なんとも言えない、いやな感情だ」
ピューマを殺したことでコブに対する恐れが共有された。
翌朝、ドクターから報告があった。
「キースは腕を噛まれましたが、命に別状はありません。抗生薬を塗りましたので、化膿する心配はありません、腕の傷もひと月経てば治るでしょう」
「命の心配はないのが何よりでしたが、どうやってピューマが柵を乗り越えてきたかつかめた?」
丸太を立てて、3mの高さの柵が出来ていたのに、獣の侵入を防げなかった。ヨーコには納得がいかない。
「丸太に爪痕が残っていたので、そこをよじ登ってきたと思います」マルコスが答える。
「どうやらピューマには柵は有効ではないということね。対策はあるの?」
「柵の上に有刺鉄線を張りましょう。下には棘のある枝を並べてみます」
有刺鉄線は備品の中にあった針金を短く尖らせて切断し、柵の上部に取り付けることで出来る。
柵の改良作業にすぐ取り掛かる。
それの効果が間もなく試されることになる。
その翌日森の中を探索していたラキッチ達が森の中から飛び出して来た。ただ一目散に後ろを向いて逃げはしない。獣と対峙しながらじわりじわりと後ずさりして、宿営地に近づいてくる。
熊は逃げ回る獲物を見ると本能的に追いかける性格がある。しかも太って足が遅いように見えても、意外と人間より早い。だから熊にはこちらの弱みを見せず、少しずつ離れるのが一番良い方策だった。
「グリズリーだ」その叫び声で柵の外で働いていた人間たちが一斉に中に駆け込む。
グリズリーは北米のヒグマの1種。
「結構でっかいぞ」最後にラキッチ達が柵の中に飛び込み、すぐ門を閉める。
ヒグマはゆっくりと警戒しながら柵に近づいて、柵をがりがりと爪でひっかき始めた。
その時はまだマルコスたちは心配をしなかった。みんなで取り組んで柵を作ったのだ。ヒグマぐらいで壊されるとは思わなかった。
だが、グリズリーが体ごとぶつかってくると、柵が揺れきしむ。
「おい、おい大丈夫か」自信を持っていたマルコス達もヒグマの巨大な力を見くびっていたことを知る。
巨体が柵に前脚をかけ柵にもたれかかると、柵がミシミシ音を立て、きしみ始めた。ヒグマは体調2.5mもあれば大きな部類になるが、この熊は3mを超える巨体だった。柵の上に手をかけ仁王立ちの姿勢になって、顔が柵の上にまで出た。3mもの高さの柵から顔を出し、中の様子を窺うように見下ろしてきたのだ。
「やばい、このままでは柵が押し倒されるぞ」中に乱入されたら人間などひとたまりもない。ただ、柵の上部には有刺鉄線があり、流石の熊もこれに触れるのは嫌っているようだ。手から血を流し、それ以上高い所に手をかけるのはためらった。
「これでもくらえ」マルコスは柵のすき間から槍で熊を突き立てた。丁度心臓と思われる箇所だ。うまく行けば致命傷になる。
だが、熊の体は厚い皮膚に守られていて、刺さりこそしたが、大した痛みを感じてないようで、柵から離れなかった。
「胸を狙うな、顔を狙え」熊は槍が目や口に当たりだすと、流石に顔を背け、柵への打撃も若干薄らいだ。
「これならどうだ」棒の先に藁を巻き付けて油を染み込ませて、火をつけ、その炎が顔を狙った。
これには、熊も怯んで、手を柵から外し地に付けた。それでも柵の傍をうろつきまわりスキを窺っていて、20分ほどは柵に近づいたり離れたりを繰り返した。
やがて、ついに諦めたのか森の方に帰っていった。
その後ろ姿、首の後ろには例のコブがしっかり確認された。
「あれもパラサイトに操られていたのか」誰ともなく口にした。それだけ、パラサイトへの恐怖を地球人たちは抱くようになっていた。
熊は退散したが、柵の強化が課題と残った。立ち去った後、柵の様子を調べると、柵の柱(杭)の根元は穴が拡大し、柵は内側に大分倒れていたのだ。
「グリズリーで柵が揺るがされるようではパイソンのようなもっと大きい奴がきたら持たないぞ」ビルが指摘した。
「パイソンなんて、この東海岸にいるんですか」マルコスは大げさに感じ反論する。
「ピューマもグリズリーも我々がいた東海岸地帯ではとっくに絶滅していた。だが、ここではなにが現れてもおかしくないだろう」ビルはここの生物が地球上とは大きく違っていることに、気づき非常に心配していた。
「柵をもっと強化できるの?」ヨーコがマルコスに問いかける。
「柵に筋交いをつけましょう。杭の根元に石を詰めて、支柱を添えます」
「柵が破られてしまえば、我々に生き残るチャンスはなくなる。皆、柵の強化を最優先にしてもらいましょう。マルコスあなたがみんなの指揮を執りなさい」
ヨーコが判断した。
男女問わず柵の強化が第一仕事になった。
「マルコス、作業は順調?」
「ええ、順調です。試作したチェーンソーが結構役立っていて、作業ははかどっています。」マルコスは高さ3mもある杭に、柵の内側から斜めに支柱をあてがい、筋交いとして固定する作業をしていた。これなら、大きな牛が体当たりしても杭が倒されないと考えていた。
「問題点はないの?」
「出入り口をもっと強くしたいんですが、兆番に使えそうな金物がなくて、門の開閉が簡単にできません。ここだけが残りますね」
「門の開閉が難しかったら、当面梯子を使って柵を乗り越えるようにしてもいいわ。とにかく頑丈なもの優先にして」ヨーコはいつも現実的に考えた。
「いや、梯子で出入りするのはいくらなんでも不便すぎます。絶対頑丈な門を作りますよ」マルコスは機械屋らしく出入り口を門のように開閉できることにこだわっている。
「それはマルコスに任せる。大型の動物が襲ってきたら、私たちの武器では太刀打ちできないから、なんとして壊れない柵を作ってもらいたいわ」
地球人たちは木の枝で作った槍ぐらいしか武器がない。飛び道具など月基地で使うことなど考えられず、持ち込んでいなかった。
しっかり打ちつけた杭にさらに石で固めたうえ、筋交いなどの補強をして、周囲300m高さ3mの柵は1週間で強化し終えた。
その間、心配した大型の牛は襲って来なかった。ただ、あの鷲が1日何回か空を周回しく。まるで人間達を偵察するかのようで見る者を不安にさせていた。
地球人たちが柵の強化作業を終え、ひと月した後、恐れていた事態が生じる。
「気をつけろ、パイソンだ。」3人の男が森から飛び出して、野牛の集団を森で見つけたと報告してきた。すぐに野外で作業中の者たちを呼び寄せる。
「誰か、逃げ遅れてないか?」
「大丈夫だ、外に誰も残っていない」
「門を閉めるぞ」マルコスが号令をかける。
「ギ・ギ・ギー」男たちが太い丸太を組み合わせた門を閉め、閂をかける。
1頭の大きな、首にコブのついたバイソンが現れる。
そのあとから続々と牛の群れが森から抜けてきた。
「ンモー!」コブ牛のひと鳴きで、牛の群れが突っ込んでくる。
「ドドッ」と衝撃音をたて野牛が門や柵にぶつかり、「んもー」大きな叫びとともに牛は首を振り、柵に体当たりする。先頭のパイソンが柵に沿いながら体や角を杭にぶつけ、その後のパイソンも順次当たってきた。
何度も何度もぶつかってきては次々と牛が当たる。そのたびに柵は振動する。
まるで群れ全体で柵を押し倒そうかという意思があるようだ。
それでも猛牛の突撃を柵はなんとか持ち耐えてくれた。巨体が当たるたび、柵は揺らぐが大きく傾くことはなかった。もしかしたら牛の群れが同時にぶつかってきたら、柵も壊れたかもしれない。ただ、牛の群れに全体の意思を合わせるような知恵はなかった。
やがて牛の集団は柵がぶっつかっただけでは壊れないと分かると、離れ始める。
ただ、その中の1頭だけ、数分間、何度も柵に体当たりを繰り返し続けていた。柵から10mの所から柵に突進して体当たりし、それでも柵が倒れないとまた戻り、柵に突進することを繰り返した。柵に当たるのは相当な体力を使うようで、一度体当たりをすると息を整え、また攻撃を開始する。
柵にぶつかるたびに牛の頭には血が滲むのだが、攻撃を止めない。痛みが和らぎ力を取り戻すと思い切り柵に頭からぶつかってくる。
十数回繰り返したがろうか、牛のふらつきだし、後戻りする途中で、牛がガクッと前脚から崩れた。
見守っていた仲間の牛の1頭が近寄り、倒れた牛を介護するかのように舌で体を舐めてやる。それを見ていると、倒れた牛の首からコブが外れてしまい、介護している牛に乗り換えたのが見て取れた。
「どういうことなのあれは」ヨーコの驚きのつぶやき。
「ああやって、パラサイトは寄生主を取り換えるのか」ビルの発言も誰に向かってのものではない。
間もなくコブの乗り移った牛は仲間を連れて森に向かいだし、300頭近くの牛たちも、その後を追って、森の中に去って行った。
若干傾きはしたが柵はパイソンから人間達を守ってくれたのだ。
「牛の群れにも、パラサイトがいたな。他の牛に命令を伝える能力があのパラサイトにはあるということか」ビルが分析するように言う。「どうやって、命令をしているんだ」
「それは、牛に聞いてくれよ」マルコスがそっけなく返す。理解できないことに、拘らない性分なのだ。
倒れていた牛は絶命していた。頭からの出血は酷いものだったが、命に係るような怪我ではないはずだった。
「パラサイトが離れると宿主は命を失う?」不気味さにキャサリンの顔は引きつっていた。
未知の生物の新たな謎がまた増えた。
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遠い海の中。それはあらゆる命を貪っていた。
それの周りには動く者はない。
海最大の鯨、海最強の鯱、海最凶の鮫。その彼らさえそれは恐怖の対象だった。絶対近よってはならない存在だった。
それは海の絶対的覇者なのだ。
何者もそれの餌に過ぎなかった。
それは海で狩猟本能のまま狩りまくり、征服欲を満たしていた。
そんな時、陸にいる仲間から、「どうにも倒せない者が現れた」と報告がくる。
「許せん。我らに倒せない者があってはならない」
それにとって倒せない者などあってはならないのだ。
投稿に時間がかかっておりますが、何とか2月中に、第1部として区切りをつけられそうです。
また、新たな物語の構想が湧いてます。それも2月には皆さんに紹介できるかと思います。
楽しみにしていて下さい。




