表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴルムの世界  作者: 寿和丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

6.虫の襲来

多くの者が自分の仕事に励んでいたなか、ジャーナリストのポールとジュリアは最初のころ、自分たちの持ち場を見つけられずにいた。二人とも取材のため短期の月面基地派遣だったので特別な訓練を受けてなく、専門を生かす作業がすぐに見つからなかったのだ。

「手持無沙汰ね。」ジュリアがこぼす。

「ああ、作業員に取材しようとしても、邪魔になるようで近づけない。」ポールが返す。

地球での取材なら二人とも、作業の邪魔になるかなんて気にもしなかった。だが、ここでは生活を維持するために全員が作業に取り掛かっている。プライバシーのない船より、早く小屋を作って移りたいのは二人も同じだ。だから取材して作業の邪魔だけはしたくない。悩んだ二人はヨーコに相談する。

「ポールはカメラマンだから、日々の作業活動の記録を写真に収めたらどうかしら。森に入れば、獣もいる。そのとき周りで写真を撮っていれば早く気づけるから、皆に注意できる。本当は専門の見張りを置くべきだが、人手の足りない今はそんなことを言られない。頼むわ。」

「ジュリアも作業の記録をして欲しい。それだけでは手が空きそうだったなら、ドクターの傍にいてくれないかしら。ドクターは一人きりで全員の健康は勿論、衛生にも気を遣わなければならないし、雑用もある。彼を手伝って欲しい。」

そう言われて、ジュリアはドクターの傍にいることが多くなった。始めて見た時からミケランジェロのダビデにも似たドクターの姿にすっかり魅せられていて、傍にいるのが嬉しくてしかたない。そしてドクターから消毒の方法、包帯の仕方の手ほどきを受け、看護師としての作業を学ぶのに懸命になっていた。

その様子をヨーコは満足そうに見守っていた。

そう、ヨーコは相談役として、全員の動きを見て、仕事の根回しに徹していた。


ひと月で船の周囲100m近くの森を切り開いていた。みところ小屋が作りあげると木を切り払い、船の周りに広い空地を作り柵で囲う作業に取り掛かる。今のところ大きな動物が押し寄せてはこなかったが、無防備な状態で夜を過ごすことは少しでも避けたかった。不要になった機械からモーターや部品などをかき集め、チェーンソーなどの工具を作って、作業が捗る。船を森から離すことで獣が近寄らなくなるし、小屋などの建設資材の確保もできる。

船の小型エンジンを改良して電源にできたのも大きかった。小屋にまで電気を引くことができ、生活はほとんど船外で行えるようになった。だがやるべきことは山ほどあった。太陽の傾きから季節は夏のはずなのに、ニューヨークよりは冷涼なのが気になった。ここで冬を迎えるとなれば、相当な寒さを覚悟しないとならないが、衣服や暖房の予備は全くと言ってなかった。冬を迎える前に小屋のつくりを相当しっかりしなければ寒さをしのげないのは明らかだった。

更に、猛獣や原住民との遭遇を考えると、武器になるものを手当てしなければならなかった。

この原始生活で一番生き生きしていたのは、キャサリンとマリアであろう。二人は生命や代謝の研究をするために月面基地の仕事に応募した。それが思わぬことで原生の自然とふれあうこととなり、ここで見つかる生物に毎日、興奮を覚えていた。

「ねえ、マリアこれを見てよ」キャサリは捕まえた昆虫を示した。「これ、データにあるかしら。」

「いえ検索しても、見つからないと思うわ。多分、新種と思っていい。本当に毎日新種発見の連続ね。キャサリン、ここならすぐに私たちの名前の入った虫や植物で一杯にできるわ」二人の研究者魂に火が付いていたのだ。


その夏の、昼過ぎだった。

「おい、あの鹿を見ろよ」このあたりで鹿などの動物を見かけることは普通であるが、大抵の動物たちは人間たちを物珍しそうに遠巻きに森の中から見ているだけで、森から出てこなかった。それが、指差した1頭の鹿は空地に足を踏み入れ、船から100mの近さまで来ている。この辺りでは見かけない大型で立派な角のある牡鹿だ。

「なんだか、こっちを探っている感じだな」鹿は草を食むようにして周囲を動きつつ、人間たちの様子を窺うようにちらちら見ていた。

「ああ、何かいやな目をしている。気のせいかな、あの鹿の目がなんか、気味悪く見えるぞ」何気なく言った言葉だが、この感情は当たっていた。

「あいつの背中にコブをつけているぞ」背中というより、首の付け根の部分にこぶ状の白いものが付いていた。こぶは大人の拳、2個分の大きさで、見た所なめらかな感じだった。

「奇形なのか新種なのか分からんが気持ち悪いな。マリアどうなんだ」

「私も専門ではないもの、新種の区別はできないわ」マリアの知る限りこのような鹿はいない。ただ、こぶが体の色とあまりに違っているのが不思議だった。よく見ようとマリアは不用心に鹿に近づいていく。これが後の災難を招くこととなった。


10分ほど、傍観状態が続いた。そこにこつ然、ブーンと森の方から音とともに黒い大きな塊が飛んでくる。

よく見ると無数のスズメ蜂の群れだった。それが、人間に向かって一斉に襲い掛かってきたのだ。人間達はこの攻撃に全く無防備だった。

皆恐怖に陥り、驚愕に足がすくむ。

「皆。早く船に入れ。」そこに船長の怒声が響いた。

その声にハッとして、皆一斉に走り出す。だが、一人マリアだけは船から一番離れていて、皆より遅れてしまう。

彼女は慌てたのか、船からもう少しの所で、石に躓き転んでしまった。強く膝を打ちすぐに起き上がれない。

「きゃー。」そのマリアに容赦なくハチが襲いかかってくる。

それを見て船長が駆け寄った。

「マリア。しっかりしろ。」手近にあった小枝を振り回しマリアにたかった虫たちを追い払う。

マリアを助け起こし、肩を貸して、ようやくの事で船にたどりつく。だがその間、船長のえりあしは無防備となり、ハチが船長の首に食いついていた。

「う。」船長は痛みを必死にこらえ、手でハチをたたき落とし、マリアを抱きかかえて船に飛び込んだ。


船の入り口では、ジョーとジェフが箒を持って、虫を振り払って中に入れさせまいと頑張っていた。最後になった二人が入るのを待ってドアを閉める。

それでも、数10匹のハチに侵入されており、これは全員で何とかたき落とすことができた。

「まだ外に残っている者はいないか?」船長が誰も逃げ遅れたものがいないのを確認する。

「船長たちが、最後です。」

「そうか」ほっとしたように言う。

だが、その後、顔がゆがみ前かがみに倒れかかって来た。

「船長、どうしました。」ジョーが船長を慌てて腕を伸ばし支える。

「ドクター、早くきてくれ!」


ドクターとジュリアが駆けつけてきたが、すでに呼吸が苦しげだった。

心臓マッサージをしながら「ジュリア!注射の用意」と指示。その後30分以上懸命な治療をしていく。

だが、やがて、ドクターは首を横に振った。

「船長はハチの毒に抗源を持っていたようです。アレルギーの症状が全身に広がってしまい、心臓に負担がかかりすぎました」

力なく伝えるドクターの声に、誰も声が出なかった。


船長の遺体は船の隅に置かれたまま、皆黙り込んで船内で時を過ごしていた。蜂が船を離れてないのをモニターで確認され、閉じ込められてしまった。何もできないまま、じっとしているしかなく、より人間たちの苦痛は増した。

仕事を共にしていたジョーとジェフの落ち込みはより大きい。特にジョーは、メンバーの中で一番深く船長に接していただけに目が真っ赤だ。

空軍パイロット上がりで規律に煩い船長は、シャトルの若い乗員達には煙たがられていて、多くが船長と仕事を組むのを敬遠していた。そのなかでジョーだけは、父親が軍人上がりで躾に厳しく育てられたせいか、船長のやかましさを苦にしないで素直に応じていた。細かな指示をきちんと行うことから、いつのまにか船長はジョーを副操縦士に指名し続けるようになっていた。

「おや、またご指名かね。ご苦労様」と同僚からの冷やかしもあまり気にしない。船長は口うるさいだけあって、職務に几帳面で、ジョーにとっては学ぶことが多くあって、隣にいることで気を張って仕事ができ、それだけ早く仕事を覚えられたのだ。

私生活でも休憩中はたびたび一緒に過ごすことが多かった。一度地球での休暇のおり、船長の自宅にお邪魔し、美しい奥さんとかわいい二人の娘さん、さらには愛犬までの歓迎を受けたこともある。10歳と8歳の娘さんはソファーで寛ぐ船長の側を離れようとしなくて、不在がちな父親と少しでも一緒にいたいことがありありと感じられた。

(僕もこんな家庭をいつかもてたらいいな)ジョーはうらやましく思ったものである。

『僕がもし地球に帰れたら、奥さんになんて話をしていいのか。娘さんの前で何が言えるというのだ。』

ジョーはそんなことばかりが頭に浮かぶ。


その夜は皆、押し黙りまんじりとしないまま、朝を迎えた。まだ船の周りには相変わらず蜂が集団でぐるぐる飛び回っていて、一歩も外に出れない状態が続いていた。ほとんど全員が蜂に刺されて、多くの者が昨日よりも腫れがひどくなっている。昼すぎ、ビルが全員に呼び掛けた。

「ヨーコ。船長が亡くなりここにはリーダーがいない。私はこのような状況に応じた経験がない。ヨーコなら難局にも幾度も経験し対応している。君がリーダーになってくれないか」

このままではしょうがない。なんとか打開しようと考えた提案で、もともと月の司令官として任務に行く途中のヨーコなら誰も不満はないと考えての発言だった。だが、昨日からあまり寝ることもできなくて、イライラしていたイワンの気に障ってしまう。

「冗談じゃない。」とイワンが急にいきりだした。

「女の尻に敷かれてたまるか。ジャップの女に命令されるなんてまっぴらだ。ジャップなどにリーダーが務まらない。」イワンは家族と引き離された思いをまだ引きずっていたのだ。それが船長の死によってナーバスになってしまって、気が立って思わぬ言葉が飛び出したのだ。

 これに激しくドクターのイタルが反応を示した。

「何を言うんだ。ヨーコは立派な指導者ではないか。そんなバカげた言いぐさはやめろ。差別するのはたいがいにしろ。このごろつき野郎!」血相を変えてイワンに詰め寄り殴りかかりそうな勢いだ。あわてて、周囲の男たちがイタルとイワンから引き離し、中に入ったが、二人ともにらみ合ったままだ。

日ごろから大人しいドクターの人が変わった剣幕に、誰もが驚く。そのまま、船内には、気まずい空気が流れた。


その騒ぎに触発されたか、一番若い女性プログラマーのシンシアが突然立ち上げり叫び出した。

「もう、いやよ。こんなこと」一瞬何が起きたのかと彼女に皆が注目する。

「ここは、動物園よ。私たちはヴルム人に連れて来られた動物なのよ」ヒステリックになり喚きだす。

「何を言い出すの!」ヨーコは強い口調だ。

「だって、ヴルム人にとってはここは小さな一角よ。地球の広さがあると言っても彼らには小さなとこなのよ。だから、ヴルム人はここを動物園にして、地球の動物を連れてきた。私たちは猿みたいなものよ。私たちが、どんな行動をとるか遠くから眺めて楽しんでいるのよ。動物園の猿山と同じ、仲間喧嘩するのを面白く見ているのよ。船長が死んでどうなるか見ているんだわ!」彼女なりに思考を重ね、思いついた結論だった。

自分たちの置かれた状況が、自分たちはヴルム人にとり、未開の野蛮人に過ぎない。もっと言えばペットに近い存在だと思えた。だから未開人を地球から連れてきて動物園に入れた。そんな考えが、船長の死をきっかけに彼女の頭に巡っていた。そして、男たちの喧噪により感情が爆発したのだ。

「パシ!」その時ヨーコがシンシアの顔を平手した。

「あなたの言うことは本当かもしれない。でもそれがどうだと言うの!」

「・・・」

「私たちは動物園に連れて来られた動物と同じかもしれない。でも動物とは違う。動物は動物園に来たことを理解できない。私たちは現状がどうなっているか分かっている。ここがどんな構造になっているかも疑問に思っている。いずれここを抜け出すことだってできる。猿でないことをヴルム人に教えてやれるわ。」

少し不思議な顔をしてから「うう・・」シンシアがヨーコの胸に顔を埋め泣きじゃくりだした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ