4 ヴルムの歴史
30分ほどたっても、まだイワンなど数名の者はショックから立ち直れないでいた。そんな人間たちの心情にお構いなくロブはヴルムの世界を説明し、この世界の歴史を語りだしていく。
「これからお話しするのは主人たちの歴史です。主人の故郷はこの星ではなく、隣の星系、皆さんが来たときに見られた赤色巨星が主人のふるさとの太陽です。主人の先祖が生まれた星は地球誕生よりも早く、恒星自体も大きな星でした。その第5惑星に先祖は生まれ、そこをヴルムと呼んでました。
地球人類史の始まる3万年前には今の地球文明以上の文明をヴルムの人たちは築いていました。
そして、先祖は太陽がすでに老年期を迎えており、寿命が尽きるのは遠い将来でないことを知りました。科学者は母なる太陽が水素を燃えつくし、ヘリウムが増えて膨張して、故郷の惑星も飲み込まれてしまうと予測したのです。その前に太陽活動は数段活発となり、高熱のエネルギーにより母星の海洋は干上がるし、灼熱の地獄となり、生物は皆死に絶えしまうと考えました。確かに太陽は変動が激しく、時に海が干上がるかと思えるほど燃え上がるかと思えば、次の年には冷却して寒さに凍えるほどでした。
人々は科学者の予言を真剣に受け止めたのです。「太陽の動きがおかしい。このままでは科学者が言うように、我がヴルムは太陽に飲み込まれてしまうかもしれない。」「ヴルムを離れて新天地に行くべきだ。」
当時はまだロケット技術の水準は低く、ようやく母なる星系の外縁まで辿りつけられた状態です。それでも先祖は早い時期に系内の惑星に見切りをつけ、太陽系の外に目を向けた。その一番手になったのが今のこの星なのです。ここの太陽は暗く小さな星だったのですが、近傍の恒星の中で、一番近かったのです。しかも「小さな太陽」であることは、水素の燃え方が穏やかであり、長久の年月、安定であることが保証されたのです。近いと言っても、当時のロケット技術は未熟で、到達するまで長い年月がかかると考えられました。遠大な移住計画が作られたのです。
当時の宇宙技術では光速の0.08%しか出すのがやっとでした。2.23光年しか離れてないこの星さえも、移動に2800年もかかります。もっと技術が発展してから移住するべきという意見もあったが、不安定な太陽に恐怖を抱いた人々は少しでも早く逃げ出すことにしたのです。
皆さんが月に旅発つときに使ったカタパルトと同じ原理で、より強大なものを旧ヴルムの第6惑星の巨大衛星に建設しました。これを使って有人無人合わせて10億の宇宙船を小さな太陽にめがけ発射したのです。遠大な移住計画でしたが、ほとんどの人々は決断しました。あらゆる故郷の品々、動植物を船に持ち込んで移住すると決めたのです。」
「話をおるが、2800年もの間ロケットの中でどのように生活できたのか。」ビルは疑い深く質問する。ヴルム人の寿命は知らないが、2800年も生きるとは思えなかった。
「冬眠状態にしたのです。2800年でも生命を維持できる装置を作り、生物の代謝を低下させ、活動を抑えほとんど休眠状態にしました。なかにはトラブルによりここにたどり着けずに全く別の星にさまよいだした船もあり、0.12%の船がこの星にたどり着けなかったのです。またようやく辿り着いても、冬眠維持装置の故障で、住人全て死に絶えており、棺桶に化した船もありました。先祖はそんな危険性を承知しながらここまでやってきたのです。
この星に無事にたどり着けた人は冬眠状態から目覚め、あらたな太陽を仰ぎ見たのです。ただ予想していたとはいえ、この星系の太陽はあまりに小さすぎました。旧母星と比べ太陽のエネルギーは少なすぎたのです。新しい太陽の光エネルギーはあまりに不十分で、どうにか生活できるレベルを得られるのは太陽のすぐ傍の軌道だったのです。ちょうど皆さんの太陽系における水星の軌道あたりに相当します。先祖は少しでも多くのエネルギーを得ようと、太陽近辺に船を浮かべ群がった結果、小さな太陽を取り囲む形になったのです。
始め人々は船を基点に生活してゆき、そこから少しでも活動できる範囲を広げようと、廃材や岩塊などを船に取りつけた。運動場や庭を作り居住区間を広げていきました。そしてとうとう船と船とをケーブルでつなぎ合わせ、小さな太陽を囲む、巨大な籠を作り上げたのです。このケーブルにも岩塊を係留してゆき、ついには太陽全部を覆い尽くし、今いるような地殻の原型をつくりあげたのです。
小さな太陽が生活のエネルギーの元でした。太陽の光で植物を育て、家畜を飼育し、食料を得た。広がった空間には透明な屋根で覆い、大気を満たし自由に歩行し運動できる場となった。先祖が目指したものは、新天地を母星と同じような環境にすること、大地や空、海まで、大気と重力まであらゆるものをヴルムと同じになるよう計画しました。
住んでいたヴルムと同じ重力になるよう、地殻を厚くしていった。材料はここの星系の惑星を崩し、それで足りなくなれば近辺の星系からも岩塊を運んだのです。元の太陽系からは、残っていたロボットたちが惑星を崩し、次々とこの星に向かって岩塊を放出してくれたのです。移住終了から4600年でほぼ今の世界が出来あがり、旧ヴルムに似せた環境を作り上げることができたのです。
ここの太陽は小さいのですが、安定しており少なくとも後2000億年は居住できると見込まれています。主人の先祖は自らの手で未来永劫ともいえるこの環境をつくりだした。移住当時、160億人を越していた人口問題、エネルギー問題はすべて解消できた。
何よりここの面積は広大なもので、元いた星より3280万倍の広さにもなり、さらに有り余るエネルギーまでも得られたのです。そしてここに3000万もある区域を分け、それぞれに人々が望む環境の世界を作りあげたのです」そう語るロブの口調は少し自慢げでもある。
「今、あなたの主人はどのように暮らしているの」ロブの口ぶりにヨーコは何か隠していると感じ取っていた。ヴルム人がこの世界を作り出したことは熱心に話すが、肝心のヴルム人の姿が浮かばないのだ。
「主人たちの話はもう少し後で説明します」だがロブはやんわりとその質問をそらす。
「3000万もの異なる世界をどうして作ったんだ。同じような環境にした方が管理は楽だろう」マルコが別の疑問ぶつけた。
「主人の祖先が母星の環境にこだわったからです。母星よりもあまりに広すぎる環境はヴルム人にとり精神的に混乱をすると考えました」
「しかし太陽はたった一個だ。どうやって3000万の世界の環境を作り出すんだ。地球には赤道直下の熱帯もあれば、氷点下の極致もある。場所によっては四季もあるし、砂漠もある。何より日夜の太陽の日の出、日の入りをどうやっているんだ。この世界では太陽はいつも頭の上にあることになる。それをどうやって一つの太陽で造り出すんだ?」
「いえ、そうではありません。我々の上空には透明な幕があるのです。この膜を通して太陽の光が地上に降り注いでいるのですが、この膜は地域や気候、日夜の差をつけるために、透過する光をコントロールしているのです。光を100%通過することも、遮断することもできます。今船は猛烈な速度で上空を飛んでいますが、外の景色が点滅しているのが分かるかと思います。幕が多くの光を透過している時は昼、遮断している時は夜なのです。昼と夜の世界を高速に飛んでいるので明滅しているように見えるのです。」
ロブは平然と答えるのだが、この巨大な世界を透明な膜でコントロールしていることに改めて驚く。
「そんなことなど信じられない。3000万の世界を制御するのも驚くが、その世界の一つずつにそれぞれに、気象を変えているというのか。」マルコの驚きが皆の言葉を表している。
「上空の膜はテントの布のようなものではなく、半透明の厚い形状です。全ての世界の気象をコントロールできるように、光エネルギーを変化させています。」
「それだって、地球規模の世界の気象をコントロールするのだって、俺たちには不可能に近いと言うのに、3000万の世界を気象を制御している・・・」マルコは気象の専門家でもある。地球の気象を観測し、予想するのが精一杯の地球人類の科学技術だ。地球規模の気象をコントロールするにはまだどれだけの年月が必要か想像もできない。専門家だけにロブの話は驚くばかりだ。
「日夜の変化をどうしてるの?太陽はいつも真上にあるのでしょ?日の出日の入りをどうしているの?」ジュリアが基本的な質問を出す。
「一つの世界において、上空の幕に一点を透明にして太陽を現出しています。上空膜に穴が空いたと表現できます。その透明な穴を一日の間隔をかけて東から西に太陽が昇り沈むように移動させてます。」
「上空膜に穴を開けたと言っても、どうして穴を移動できるの?」
「穴と言ったのは表現上の例えです。上空膜はディスプレイみたいなものです。ディスプレイですから太陽をどのようにも表せます。」ロブはこともなげに言う。
「そんな上空の幕がすべてディスプレイだというのか?ここの空が全部でぃすれいだというのだな?」質問と言うより、呆れて確認するような問いかけだ。
「はい。上空の幕は全てディスプレイのようなものです。ですから生命に危険を及ぼすような宇宙線も自在に遮蔽しています。」
「まさか、夜も同じようにしているんじゃないよな。」
「いいえ、夜も同じです。3000万の世界にそれぞれに異なった夜空を現出してます」
「月も星もか」マルコが念を押す。
「ええ、勿論です。」
「しかし、いくら幕に自由自在に穴を開けられるといってもそれぞれ3000万もの太陽を現出させるなんて、大変複雑な制御になるじゃないか。光の調節ぐらいなら雲を厚くしたり薄くするだけでもできる。わざわざ太陽が動いているよう見せるために穴を開けるなんて面倒なことをどうしてやるんだ」だがビルはロブの説明に納得がいかない。
「先祖は少しでも前住んでいた星を再現したかったのです。太陽が動かないのは生物の生活リズムが壊れると考えました。だから全て飛び立った星の環境と同じように、太陽の軌道も強弱の変化も全て似せたのです。」
「そんな複雑なことをどうやって管理しているんだ」マルコスがますます食い下がる。
「太陽光の制御は[管理者]と呼ばれるロボット脳が管理してます。太陽の運行するのはロボット脳にすれば困難なことではありません。その世界に住むヴルム人の生活環境を守るためすべての気候管理まで行えるようになってます。3000万の世界はそれぞれ違った環境の世界でも作り出せます。」ロブの話はますます地球人を唖然とさせるものだった。
「ここのように閉ざされた空間だから完全に気候を制御できると言えるのです。太陽の挙動から熱輻射を計算し、居住域にどれだけのエネルギーを送り、蓄え、そして外部に放出すればよいか計算し制御できるのです。当然全ての気象現象、地殻変動まで含まれます。それを巨大なコンピュータが全く人知に頼ることなく管理できるようになっているのです。
[管理者]は太陽エネルギーの通過量を調整して、地上に降り注ぐ光を決めます。この星の気象現象をほとんど完璧にコントロールできます。さらに言えば交通体系、通信、エネルギーまで生産活動も一手に行っています。」
「そうすると、この船を動かしているのは[管理者]だというのか?」船長も信じられない顔をしながら確認する。
「はい、[管理者]の制御です。この星に到着してからこの船は[管理者]によって動かされています」
「その[管理者]の制御だけでここがすべて行われているというのか?」ビルも同じ質問を重ねた。
「細かく言えば、[管理者]の下にも多くのロボット脳があり、それらが組織化されて制御しています。しかし大本は[管理者]です。」
人々はロブの話を聞きながら、船内のモニターに映る景色が大きく変わったのを気づいた。さっきまで上空高く飛んでいた船が、高度を下げ初めてきたのだ。それと同じくしてロブの言う上空膜の穴から太陽が覗く位置に入って、モニターが夜から朝になる光景を現出させた。今まで暗くて何も見えなかった下の景色が画面いっぱいに表れた。そこは海原が広がりで、低気圧が発生しているのか、渦を巻いた白い筋が遠くまで広がっていた。
そのはるか向こうには大陸が見えている。おそらく北と思われる方には白い大地は雪原なのだろう、南の方は緑の大地に覆われていた。大空は青く澄み渡り太陽の光を受け、恵まれた自然が広がっているのが見て取れた。やがて船は減速し、大きな大陸に降下して行くのが判る。海から数10キロほど入った森林地帯、その森が開けた場所に船は着地した。
「ここは1万年前に、主人が太陽の軌道、大気成分から地形まで全て地球に似せて作りあげた世界です。地球と同様に24時間で1日となり、365日で1年です。夜には月も星も見ることができますし、星座も地球と変わりません。赤道付近から極地まで熱帯、温帯、寒冷帯と気候が分かれ、昼と夜の時間の長さも地域、気候により異なります。
ほとんどが1万年前の地球と同じですが、重力は地球の94%、地球のようなマントル対流がないので大陸移動がなく、造山活動もありません。丸い地球を平面にしたので極地は実際より若干広がっています。ですから地球に似せてますが全く同じではありません。気候変動などにも当然地球と差異はあり、地形変化も違ってきてます。」
「何よりも異なるのは、地球の歴史に比べ、ここはまだ1万年にもなってません。生物環境も地球に似せてますが、細かくは相違しており、生物にいくつかの変異も生じています。多くの動植物を地球から持ち込んだのですが、人類がいないのが一番の違いです。ここは原始時代の地球です。この環境のもとで、皆さんはここで生活してもらいます。」突然ロブが何事もない口ぶりで話を締めくくった。
「え!今、何を言った?」いままで、丁寧な口調でこの世界のことを説明していたロブが急に態度を変えて、話を打ち切ってしまい地球人はきょとんとする。
「ここで、生活をするってどういうことなの?」ジュリアは記者として疑念をすぐ感じた。記者魂がロブは何か説明を隠していると感じ取った。
「なんだと、こんな何にもないところで、住めだと。」我が子に会えなくなった悲しみに打ちのめされ、これまでずうとロブに不信感一杯だったイワンはついに怒りを爆発させる。
「主人は皆さんならここを切り開いてやっていけると考えています。いろいろな困難は起こるでしょうがどうか克服してください。皆さんが無事、ここで生活を維持できるようになった時、私はまた皆さんの前に現れます。」
「この野郎!」そんな言い方に我慢できるはずもなく、イワンは怒りを爆発させる。拳がロブを襲った。だが、その拳は完全に宙を切り、ロブの姿はいつのまにかない。
ロブは一瞬で最後部から、最前列の運転席の位置にいた。
「皆さん、まだ説明できなかったことがいっぱいありますし、皆さんもお尋ねしたいことがあると思います。それはまた皆さんとお会いできたときにお話しします。それまで、お元気でいてください」ロブは現れた時同様、すうと消える。人間の目では追いきれなかった。




