3 地下の世界
ロブは淡々と話を続ける。
「このヴルムは皆さんの地球から1083光年離れた星です。」先ほどのジョーの計算結果よりさらに遠かったが、おおざっぱな基礎データから導き出したのだから当然と言える。でもその距離は地球人にとり、果てしなく遠いものに代わりない。
「今、この船の真下の地面の蓋が開いて、巨大な穴ができてます。これからその穴に入っていきます。船が揺れるので、みなさん何かに掴まっててください」その言葉のあと少したってから船は動き出し、一瞬浮き上がるような感覚の後、下降を始めてるのが分かった。
「地表と地下を結ぶチューブを通り、地下の世界、これをヴルムと呼びますが、皆さんをご案内します。」
「どうなってんだ、この世界は!」イワノフが叫んだ。落ち着きはらって話すボブの態度にいら立っている。船内の全員も似たようなものだった。
「これを見てください」ロブの立っている船の壁が照らされ、いくつもの円がかかれている図が浮かんだ。
「この円はヴルムの太陽です。大きさは皆さんの太陽の約12%しかない、小さな恒星です」点とも言ってよい小さな円を示した。次に点を中心にして、直径50センチほどの太い線を示す。
「そしてこの大きな円の直径は1億2500万kmです。線として描きましたが厚さ1千kmあり、岩石で覆われています。地殻と言ってもよく、いま舟はここを通過しています。言わば、ここは小さな太陽を包み込んだピンポン玉のような中空の球体なのです。」1億キロ以上もある天体。厚さ100kmの地殻で太陽を覆うほど巨大な地殻が作られていると言う。
「ばかを言え、直径1億キロ以上のものを支えられる物質などありっこないぞ。そんな巨大な構造物なんかそれ自体の重さで押しつぶされるぞ。いい加減なことを言うな」マルコスが叫んだ。機械屋として物の構造や強さを専門分野にする彼にはこの話には到底信じられないものだ。宇宙エレベーターの3万6千kmの長さのケーブルさえ地球では長らく不可能と言われ、ほんの20年前にようやく作り出されたのだ。それが1億キロ以上を支える構造物などマルコスでなくても信じられない。
「いえ、まだ地球の科学では知られてないだけで、宇宙には強固な物質はあります。」何事もないようにロブは続ける。
「ピンポン玉の殻に相当するのがこの地殻なのです。地殻の内側と外側をつなげるチューブを作り、今チューブの中に船は入りました。これから高速で一気にこの地殻を抜けます」船が加速されたのを感じられた。
「この船はどうやって動いているんだ」ジェフは機関士らしい質問を出した。
「原理は船の前方の空気を排除して真空域を作り出し船を引き寄せ、後方にはその空気を送り出してます。」
「そんなことが簡単にできるのか。俺たちの乗って来た船にはそんな機関などないぞ。船に何か特別なものを取りつけたと言うのか。」ジェフはこの世界の技術を信じられない。
「いいえ、特別に船に推進機関を付けたのではありません。外部からの力で船の周辺の空気を扱っているだけです。
何度も言いますが、ここは小さな太陽を中心にしたピンポン玉のような中空構造です。そのピンポン玉の空を抜けて今私たちは、内部に向っている所なのです。」
(信じられない。そんなことが可能なのか?)さっきマルコスがロブにぶつけた疑問を誰もがまだ思っている。
「つまりこの世界は殻の中に小さな太陽を閉じ込めたものなのです。小さくてもこの世界のエネルギーには十分過ぎるほどの輝きを持っています。」
「ばかな、どんなに小さな太陽だろうと、そのエネルギーは莫大だ。膨大なエネルギーを閉じ込めたら中は大変な熱さになる。生物などたちまち死んでしまうではないか」イワノフはロブの説明におかしな点があればすぐ食いつく。
「そうです。太陽の発する膨大な熱で、そのままにしたら内側は大変な高熱となり、すぐ物体を溶かすほどの温度になってしまいます。だからその熱を逃すため、地殻を通って膨大な熱を逃がす機構があります。」
「それが、さっき、私たちの目の前にそびえていた火山ね。」と今度はジュリアが口を挟んだ。彼女は月面基地の取材するためにカメラマンとともにシャトルに乗り込んだのだが、思わぬ方向に事態が進んで面食らっていた。しかしこの時になって記者の本職に目覚めメモを取り出していた。
「その通りです。先ほど皆さんが御覧になっていたこの星の地表には三千億以上の火山があります。その火山から熱を放出して、太陽エネルギーをほとんど全て排出しています。」
信じられない話の連続に一同はしばらく黙りこくるしかない。聞きたいことは山ほどあるが、頭の中が整理つかず、どこから切り出していいものやら分からない状態だ。
「この星の地殻を今通過中のものです。さっきも言いましたように表面は火山で覆われています。主成分は鉄とニッケルなどの金属でできた岩石に多くを占められていますが、骨格は強固な物質で固められていて巨大な構造を構成してます。」図では線でしかないが、厚さ1千kmもある地殻であるという。
「今、船はこの外殻の中心を過ぎた所です。いままで船の姿勢は列車と同様な姿勢で進行方向に向かって地殻の重力に引き寄せられる形だった。それが今、地殻の中心線を過ぎたことにより、反対になります。今はほとんど感じられませんが、後ろに引かれる力が次第に働いてきます」
そして地殻を表す線のすぐ内側に新たな線が書き加えられた。
「地殻の内側、地表から1000キロにある幕、上空幕です。ここで太陽からの光エネルギーを電気に変換して地表に送りこみます。宇宙線などの有害なものはこの上空幕でカットして、地表の世界を保護しています。」その言葉も途方もないことだが、皆あっけに捕られすぎて疑問を挟めなかった。
ただ、基本的なことをマルコスが言う。
「ここは誰が作ったんだ。自然にできたなんてありえないぞ」
「昔、私の主人の先祖がここを作りました。」何事もないように言う。
「こんな世界を君の先祖が作り上げたと言うのか?」ビルは確認をするように言う。
「そうです。この世界のことは後でじっくり皆さんにお話します。ほかに何か懸念点ありますか?」
このとき今まで口を挟まなかったヨーコが口を開いた。
「あなたの話を聞いていると、あなたはロボットみたいね。地球人そっくりな姿をしているが、人間とは思えないわ。どうみても自然由来の生命体ではないわね」
「え、これがロボット?」それまでロブを取り囲むようにしていた者達は少し後ずさる。
「はい、そうです。私は主人によって生み出された人工生命体です。ここには主人よって送られてきました。」あっさり白状する。しかしそうはいってもロブがロボットとはとても思えない。間近に見るロブの銀色の髪は滑らかなカーブをし、肌には皺や黒子もありどこから見ても人間そのものだ。異様なものを見る目でロブを見つめるしかない。
「今主人にから送られてきたと言ったけど、あなたの主人様はどういう人達なの?」
「その話をすると大変長くなりますので、他の質問が終わってからにしたいと思います。」
「では、何故、私たちをここに連れてきたの?この世界の説明も気になるが、私たちの運命に関わることを早く聞かせてちょうだい。」
「分かりました。皆さんがここに来たのは、たまたま皆さんの船が私どものワープ空間に入ったためです」
「船はいつもと同じ航路を通っていた。私は過去に何十回も同じところを通過しているぞ。なんで今度だけこんなことになったんだ」船長が語気を荒らげ割り込んできた。
「ワープ空間と言いましたが、上手い表現がなくてそう言いました。より詳しく言いますと、地球とこことには見えないレールが敷かれていると思ってください。そしてそのレールの上を光速の列車が通過していた時、あなた方の船を巻き込んでしまった。地球で起こる列車事故のようなものだったのです」
「なんだと!俺たちが列車事故にあっただけだと言うのか。そんなことで、連れ込んでいいわけないだろ。我々を攫って、どうしようと言うのだ?」これを聞いて、マルコスとイワノフが怒り出した。二人は今にもロブに掴みかかろうとする。
「落ち着け、マルコ、イワン。ロブの話を聞いてみよう。」血相変えてロブにつかみかかりかねない二人を船長がするどく静止した。
船内がざわめきが少し収まるとビルが努めて冷静に聞いた。
「そこでだが、確認するが、君は我々を地球に戻すことはできるのか?」
「残念ながら元の地球には戻れません。現在の地球は皆さんのいたときより1100年近くの時が経っています」冷たい言葉だった。
船にいる地球人は皆専門家であり、1000光年以上離れた所に来たらどのようなことになるか想像できる。物理的に光速で移動しても時間も経過する。単純に言えば、光速で1000光年の距離を移動すれば、1000年経過するということだ。
「私たちは1000年分の歳をとっていないと思うが、ウラシマ効果と考えて良いのか?」ビルが問う。
ウラシマ効果とは竜宮城から帰ってきた浦島が玉手箱を開けると、一気に歳をとってしまったお伽話からきている。
「はい、光速で移動する船の外の世界は1000年経過しますが、船内は1日も経過しておりません。」
ただ、元の地球に帰れないというのは予想された答えではあっても、船内を沈黙に陥れるのに十分すぎた。
「我々が気を失っていたのは4,5時間ぐらいだ。船内の時計もそのくらいの時間を示している。それなのに1000年も過ぎたというのか?」ようやく気を取り直して船長が質問した。
「レールに乗っている物体は経過する時間がレールの外よりも遅くなります。しかしそれはレール上を走る物体だけに言えることで、外の時間は通常通り時間が経過します。1000光年の時空を走れば、外の時間は1000年経過します」
「ふざけるな!俺は家族を地球に残して来たんだ。もう地球は1000年過ぎていると言われて納得できるか!」イワンは怒りに顔がゆがんでいた。
彼には5歳の娘がいる。『今度パパはお仕事で月に行くんだ。お利口さんにしていれば、いっぱいお土産を持ってきてあげる』
出発前に娘を膝に置きながら会話した。
『うん、お利口さんにしてるよ、でもねパパ、月は遠いの?』
『とっても遠いところだよ』
『ドイツよりも遠いの?』3か月前、ロシア人の家族はドイツに出かけたことがある。娘はその時初めての国外旅行で片道1日もかかる車の旅だった。娘の実感はドイツが遠いところの基準となった。
『ドイツより遠いよ』
『でも月は見えるのに、ドイツは見えないよ。それでもドイツより遠いの?』思いがけない質問にイワンは娘を強く抱きしめた。この娘を置いて月に行くのはやめようかと本気に思った。
もう、その娘には会えない、その思いがイワンを力なく床に膝をついて泣き崩れさせた。他にもうなだれて力を失ってしまっている者は少数ではなかった。
やがて船は地殻を通り抜けて内側の世界に飛び出した。1万キロ以上の距離を船は1時間も経たない間に抜けてしまう。機関士達はただその速度に圧倒されるだけだ。
「我々の通った穴はこの後、どうなるんだ」
「穴をそのままにしておくのは、ひずみが起きますので間もなく埋めてしまいます。」ロブはその長大な穴を埋めると、こともなげに言う。
(埋めてしまうと言ってもどうやるのか)またあらたな疑問が生じるが、いままでのやり取りからマルコスもロブの言葉をそのまま信じる他にないと思うようになっていた。
モニターに映る穴の外の景色は単調な漆黒から澄んだ青空の広がるものに大きく変わった。壮大な景色に変わった。飛び出してきたチューブの口が見る間に下で小さくなっていく。
「ここが地殻の内側です。船は地表から上空50キロより上まで上昇し、そこから水平飛行に移ります。
この世界は地表から上空50キロまで6角形の透明な壁、つまりエネルギーバリアーにより隔てられ、約3000万に区切られています。別の世界に行くのは今のように上空を越えるしかありません。
各世界には天空から太陽が上空の透明幕を通して光を注いでいます。透過する光はその世界でそれぞれ異なり、各地の気候をコントロールしております。晴天曇天、嵐などどんな天候も行えますし、極地や赤道などの温度差も自由に変えております。そしてその中に地球とほぼ同じ地形と気候を持つ世界を作り上げております。今から皆さんをその世界にお連れします。」




