2 巨大星
月に向っている船。そこに突然異変が生じた。だが船内の者も船の体勢が急変したことに気づきはしたが自分たちに何が起きたのか理解できずにいる。前方に引っ張られるような急激な加速、隣の人間の顔や周囲の物が異様に伸びていき、やがて独楽のように回転し、色が流れ同化したように感じられた。周囲がぐるぐると回り出してしまって、気分が悪くなりそしていつしか全員意識を失っていて、時間が流れ、光のない世界に人々は引き込まれていた。
感覚的にたった数時間が過ぎたような目覚めだった。船長と副操縦士の意識が戻ったのは日ごろから乗船している経験なのか他の者より早かった。
「ジョー、大丈夫か」
「ええ、頭は少しくらくらしますが問題ありません」
「私は操縦席を調べるから、乗客の席を見てくれ」
機関士のジェフも少し意識が朦朧としているが、職業義務を感じて、ジョーについて行った。船長が各種装置の状態をあらかた調べ上げる頃、二人が戻ってきた。
「船長、まだ意識を失っている人はいますが、怪我をしている人はいません。ドクターが意識を取り戻していたので、他の乗客の健康状態を見てもらっています。機関の調子はどうですか?」
「調べた限り、異常はない。しかし外の景色が異常だ」
促されてジョーの目に映った宇宙空間は今まで体験したものとは全く異なっていた。見たこともない巨星が燦然と輝いていた。そして星の流れが異様に早かった。
近くの星はまるで川の流れのように消え去り、動かないはずの遠くの星さえ去っていく。
「船長、これは一体?」
「こんなに早く、星が動くはずがない。この映っている姿が本当なら、我々は亜光速の世界を進んでいることになる。」
人類がこれまで開発したエンジンはせいぜい秒速10キロだ。秒速30万キロの光に近い亜光速と呼べるスピードに達したものなど存在しない。操縦席で3人は目の前の光景に目を奪われていた。
「この船に何が起きた?」その操縦席に心配顔の乗客たちが集まってきた。
「船長。一体、この船はどうなったのか?」口々に説明を求めてくる。
「皆、落ち着け。どうやら、無事だな。いま、計器で周囲の状況を探っているところだ」機長は異常事態にも落ち着きを示している。
「船長、室内状態確認しました。計器に異常なし、船内モニター機器は全て正常です。」副操縦士もいたって事務的な口調で、心の動揺を現さないようにして、不安が乗客に伝播しないよう努めていた。
「船長、船はどうやって亜光速で飛行しているのか?」機械技師のマルコスが聞いてきた。やはり専門のことになると気になるようだ。
「この船のエンジンでは絶対に出せない亜光速で船は進んでいる。船が何かに乗せられて運ばれていることになる。」船長のこの見解は少々当て推量だったがやがて正しいことが分かってくる。
「船長。地球も月もそして太陽も見えないがここの場所がどこか分るか。」ビルが基本的なことを指摘した。
「全く見当がつかない。気を失っている間に我々は地球も月も見えない、とてつもない遠くに運ばれたようだ。モニターに映るのは見慣れない星や星座ばかりだ。だが星座の形は違っても特徴のある星はあるはずだ。二重連星とか特徴のある星など、目に付くものないか今探している。」
「船長、光を一定の周期で変化しているものがいくつかあります。パルサーと考えられます。」とジョーが言う。
「そのパルス周波数をコンピュータに入れて、星を特定できるか。調べてくれ」
「データーと一致するパルサーはありません。おそらく亜光速によるドップラー効果のため、一致しないのでしょう」
「あるいは、(ここが船内コンピュータのデータにもないとんでもなく遠い未知な宇宙域だということか)」ビルは乗客にいらん心配をおこさせたくない思いからその言葉を飲み込んだ。別のことを口にした「仮に亜光速として周波数変動に補正を加えて、似通ったパルサーがないか調べられないか」
「そうですね、仮に今のシャトルが光速の半分としてやってみます、それで見つからなければ違う値を入れていきます」ジョーが博士に答えた。
しばらくジョーは入力に没頭していたが、間もなく答えをだした。
「1/8の光速を入力すると似通ったパルス信号が見つかりました。それを既知パルサーとして計算するとこの船は多分地球から子犬座の方向に1050光年離れた地点だと思います。」
「1050光年なんて、我々はプロクシマをはるか遠くに通り過ぎていることになるのではないか。」
1050光年。ビルはあまりの長距離な数字に思考停止した。人類はやっと火星の地を踏んだばかり。まだ太陽系さえ飛び出していない。地球から最も近い隣の星、ケンタウルス座のプロクシマは4.2光年先の距離だが、果たして、いつの将来到達できるかさえ分からないのだ。
21世紀のロケットでは、7万年かけてようやく一番近い星に辿りつく計算だ。
その会話中に巨星の赤い輝きは小さくなり、かわって暗い星が真ん中に浮かんでいるのが判った。
「あの星に近づいているみたいですね。」ジョーが口にした。「でも、恒星とはなんか違うようです。太陽のような光を放っているように見えない。」
「あれは恒星の輝きと言うより、赤く燃えているように見える。博士、あの光は火山ではないでしょうか?」と船長
「画面だけでははっきりしないが、多分そうだろう。巨大な火山があるとしか思えない。」巨大な星に目が釘付けになりながら答える。
なおも、その星は大きさを増して、操縦席の画面を大きく占めるまでになった。
「視野角が19度03分はあります。」
「視野とレーザー測量からすると、あの星は直径1億キロ以上になるぞ。」船長が素早く計算した。
その数値はとんでもないことだった。
「なんという大きさなんだ。太陽の100倍以上あることになる。」ビルは驚愕した「それでいて火山があるとは、地球タイプの星なんて考えられない。」
この大きさなら、いやその千分の1ぐらいまで小さくしても、重力がとてつもなく大きくなる。そんな重力に物を置くと潰れてしまい、原子の状態さえ維持できなくなる。原子核は互いにくっつき合い、反応し合い、陽子や電子までが飛び出してしまう。そして星はどんどん収縮し、やがて核融合が始まる。それどころか、星が大きければ大きいほど、核融合が激しくなり、星は短期間に爆発的に膨張してしまい、形を維持できなくなってしまう。今目にする星は理論上ありえないのだ。
火山があるということは地球と同じような惑星と考えられるが、惑星として存在することがあり得ないのだ。
「全く信じられない」ビルばかりでなく船にいる全員がこのあり得ない現象に言葉を失っている。
やがて画面一杯まで星が占め、火山だらけの星に船は降下していくのが分かった。
「火山の並びが地球とは全く違うぞ」イワノフが口にした。
地球ではマントルの動きに合わせてプレートが動き、その上に載っている大陸や海洋が押し合ったり引き離されたりしている。その押されたり離れたりする境界に沿うように火山が連なっている。最も有名なのが、太平洋を囲むように並んでいる火山帯だ。日本列島はその最も活発な火山で成り立っている。そんな火山の連なりが目の前の星にはない。火山はまるで子供がおもちゃ箱をひっくり返したように、雑然と散乱していた。
「一体、いくつ火山があるんだ。星全体に火山ばかりが散らばっているぞ。山の大きさは、高さ8万mぐらいだな。」イワノフは地質調査の専門家でこの火山のありように好奇心丸出しだった。普段でも持ち歩いてるスコープで山を計測してはその大きさに驚きを隠せない。ヒマヤラの高い山でも1万mに達しない、その8倍はある!
「全く、どういう星なんだ。ここは。こんな高さの山なんて存在自体おかしいだろう」彼のこれまで学んできたこととあまりに矛盾している。
そしてどの山も、山頂から爆発が繰り返され、溶岩が流れ出している。
山の姿が噴火と溶岩の赤い光によりどす黒く映し出されている。その中の火山群に向けて船は急降下していくのが分かった。幸いにも火口に向かわないで、火山と火山の間に降りていくようだ。船の高度は巨大な山の頂よりも低くなり、赤く火に照らされて横に見ていた噴煙をいつのまに仰ぎ見るようになる。
荒々しい山肌を横目で観察すると、火口や山腹からは溶岩が何本もの流れ出しており、そのすそ野には溶岩の赤い湖が出来ている。
「地上に激突するぞ」誰かが大声で警告する。
このままだと船が急降下して墜落してしまう。人々はあわてて席に戻り安全ベルトを固定した。このスピードで落ちたら船は大破して乗員の生命さえ脅かされる。全員が衝撃に身構える姿勢で待っていた。
1分、2分、3分。経過したが、何も変化がない。人々はいつまでも衝撃が起きず、安堵しつつ不安に感じながら、互いに怪訝な表情で隣の人と見合わせている。モニターにはただうす暗い赤に染まる火山だけが大きく映し出されているだけだ。さっきまでの船が下降している様子ではない。
これを船外から見ている者がいたら、船は墜落直前に地面より10mほどのところでぴたりと止まり、その船の真下に巨大な穴が開き始めていることが分かっただろう。
その穴に船は吸い込まれようとしていた。
「一体、船はどうなったんだ」だれともなく口に出た。
すると、皆が注目している操縦席側のモニターとは反対の最後部で、空気が揺らいで人物が現れた。
「その疑問は私がお答えします」それが第一声だった。
声のしたほうを皆が振り返ると1m85ぐらいの中肉中背、言葉同様、優しい顔つきで、笑みさえ浮かべている男が立っている。ニットのように体ぴったりの服を着て、髪はきれいに整い、ひげは見えなかった。スーツ姿で町を歩けば、まず銀行員か公務員で通るだろう。
「皆さん。始めまして。ヴルムにようこそ。私の名はロブです。どうかよろしく」
にこやかな口ぶり、笑みさえ浮かべている。
『船にこんな奴乗ってなかったよな?』
『いつからいた?』
『この人は誰、どっから入ってきたの?』
『まさか、もしかして宇宙人?』
『ヴルムてなんだ』
誰もが見知らぬ人物に不審な目で見た。
「君は誰だ、どうやって船の中に入ったんだ。」船長もあっけにとられて問いただした。
「私は瞬間移動で来ました」あっさりと答えが返ってきた。余りの予想外な答えに皆、唖然として静まり返った。が、そのあと、不信が船の中全員に沸き起こりだした。皆、席を立ちロブに向かって詰め寄りだした。
「一体お前は誰だ!」
「何だって、俺たちをこんな遠くに攫ってきた!」
「ここはどういうところだ!」
「私たちを何故連れてきたのよ!」
「火山で吹き飛ばすきか!」
質問と言うより、自分たちを勝手にこんなとこに連れてこられたことにいらだち、つかみかかる勢いだ。
「待て、まずロブの話を聞こう」船長が中に割って入る。
「船長、ありがとうございます。ここは、先ほど言いましたようにヴルムという世界です。火山だらけみたいですが、この地下に居住空間が広がっています。」あくまでもロブは口調穏やかだ。
「私は皆さんを、これからこの世界にご案内するためにきました」落ち着きはらい淡々と話を進めようとしている。




