89話 テロリスト
侵入してきた20名は一糸乱れぬ移動にてアキヅキ研究所内を移動中であった。彼等がこの場所に侵入したのはただ単に移動経路上に有り、この研究所を突っ切った方が早いからである。そもそも彼等に人間が定めた土地の所有権など何の意味も無いのだから。
「おい、こっちで良いのか?」
「ああ、人間共は今祭りの最中だ。狙うなら今だ」
侵入者達が言葉を交わす。彼等は一様に同じマントとフードをかぶっており誰が誰であるか判別が出来にくいが当人達はそれらを判断できていた。
そのフードからチラリと青い肌が覗く。――そう、彼等は魔族であった。
「人間共の大きな生息地だ。しかも前線の後方、下等種共の慌てふためく様が今から目に浮かぶよ」
「今日のために偉大なる先祖達の遺産も持ってきたんだ。しくじるワケがない」
そう言って一人の魔族がそれを見せる。曲線で構成されたそれは生物的であったが、れっきとした武器である。先祖の遺産――遙か昔に高度な技術を持っていた魔族達が作り上げた物だ。それを今日のために各々装備してきた。
魔族は人間より個の力が大きいが数が少ない。そのため、この世界――中世の人間側のように物量による戦闘と言う方法をとることは少なく、正面戦闘こそあるものの、その他にテロやゲリラ戦なども多い。今回も人間達の領土で大きな催しがあり大勢が集まると聞きテロ活動にやってきたのであった。
彼等が装備しているのは言ってしまえば銃火器の類いである。エネルギーを塊にして投射する武器である。一発当たりのエネルギー量は大きいが連射性に難のある代物であった。とはいえ中世レベルの人間にしてみれば強力な未知の兵器である。彼等は今回のテロ活動は成功すると確信していた。その時――
「前から何か来るぞ!」
一人の魔族が発した言葉により全員が前を見て銃を構えた。
「何だ、あれは?」
「人間か? 飛んでいるぞ!」
「おいっ、速いぞっ!」
魔族達が見る方向からは高速で接近する2つの物体があった。
モリオンとラリマーは時速100ノット程度と(飛行機としては)かなり遅い速度で地上を匍匐飛行していた。速度的に翼による揚力を十分に得られず魔法による補助と機首(頭部側)を50度近くまで持ち上げることで飛行での移動を可能としていた。地上スレスレを匍匐飛行しているのは対象が地上を移動しているため戦闘を行いやすいようにということであり、戦闘ヘリのような隠蔽効果は期待していない。そもそもこの辺りの土地は起伏がほぼ無いため近づくと丸見えとなってしまう。
『モリオン、対象を目視で確認』
『ラリマーも』
モリオン達は啓太達の乗る高機動車を発進の後、わずか数十秒で魔族達を目視できる位置にやってきた。今も(地上車両よりは)高速で移動しながら目標の魔族達を確認する。
彼女たちの瞳が不審者達を分析する。魔族である事は監視カメラの映像からアークトゥルスは理解しておりモリオン達にも伝えていたが念のため各自でも確認するように通達していた。ちなみに、データリンク機器については設計段階でプロキオンが組み込んでおり、啓太は知ってはいるが使い道がよく分からず積極的に使おうとはしていない。
さて、対象の不審者であるが、億が一にでもただのコソ泥であった場合殺してしまうのは正当防衛を主張すれば現地法的に問題ないがイメージが悪い。
『青い肌を確認。魔族と確認しました。敵と判断します』
『武装類を確認、エネルギー砲の類いと判断します』
モリオン達は各自で魔族であると確認、また武装している事も確認した。
ちなみに人間が武装していた場合コソ泥では無く強盗になるので殺しても全く問題ない。
『『攻撃を行います』』
モリオンとラリマーの腕に付けた制御板――兼盾兼ブレードが赤く発色し出す。ブレード部分は魔法と電磁振動により光速の1%の速度で振動する刃になる。さらに振動による大気との摩擦により高温にもなるためピカイチの切断能力を誇る武装となる。超音波振動とか目じゃないぜ!
同時に制御板内に仕込まれた魔力砲の銃身を対象――魔族に向ける。
「うわっ!」
「なにっ! ぐっ!」
魔族達は近づいてくる2つの物体を障害として排除しようとして銃口を向けたが、モリオン達の弾がわずかに早く魔族達に着弾する。それを受けて体勢を崩す魔族達。
『モリオンより、敵生物群は魔力銃の攻撃を減衰させる防御手段を有しているもよう』
『ラリマー、確認した』
モリオン達の銃撃は小さな口径だが人間を殺す程度の威力は十分にある。だがそのエネルギー弾が対象――魔族への着弾前に大きく減衰する様が見られた。同時に何か空間が波打つように光が偏向していた。これを確認したモリオン達は防御魔法の類いであると解析しアークトゥルス達に報告した。
「何だ! あいつらも飛び道具を持っているのか!」
「怯むな! こっちは魔法対策もバッチリだ! 撃ち返せ!」
魔族達が今回、テロを起こすに当たって持ってきたのは銃のみでは無かった。最も貴重なのは銃であるが、その他にも魔法対策を施したマントなどを身につけているし、魔法使用のための杖など複数の貴重な道具類を各々持ち込んでいた。
事実、モリオン達による銃撃は魔族側の防御手段により大きく威力を削られ射殺にまでは至らなかった。
自分たちに中途半端な魔法など通用しない。そう考える魔族は構えた銃で狙いを付けると引き金を引いた。
銃身から安っぽい音と共に発射される魔力の塊。エネルギー法の類いであるがその威力は大きく射程も長い。しかし、弾速は遅い。しかもセミオートである。
『対象より銃撃を確認。回避する』
魔族達の構えた銃から発射されたエネルギー塊を確認したモリオン達は回避運動に入りつつ銃撃を続けた。
「おい、当たらないぞ!」
「速すぎるんだ! 何だよアレは!?」
モリオン達と魔族達の距離は徐々に詰まってきており、お互いに銃撃するが決め手に欠けていた。
モリオン達の銃撃は威力が減衰し魔族の魔法対策のマントを突破できない。
対する魔族の銃撃は目視照準で弾速も遅いため、高速で移動するモリオン達を捉えられない。
そうして距離が詰まって――
「横だっ!」
「なにっ! ぐ――」
匍匐飛行を続けたまま、互いの距離が近づいたところでモリオン達は銃撃をやめ、腕に装備した刃を振り抜いた。そしてそのまま速度を落とすこと無く通り過ぎる。
交差した際に、1体の魔族をマントごと2つに分断した。
「なっ! ミスリル繊維を編み込んだ特殊魔導具だぞっ!」
魔族達の身につけるマントは魔法による防御力だけで無く物理防御に関しても一級品であった。それが紙のように切り裂かれるのを見て驚きの声を上げる。
「後ろだ!」
「なにっ! ぎゃっ――!!」
「撃つなっ! 同士討ちになるぞ!」
モリオンが魔族達の懐に入り込んだため魔族達は混乱した。陣形もなにも無くただ個々に相手を捉えようとする。
銃を撃ち続ける者。銃撃を止め杖を取り出す者。
それら魔族を翻弄するかのようにモリオン達は速度を落とさずに急激な方向転換を行いつつ駆逐していく。
「クソッ! 範囲攻撃だ! 点だと躱される! 面制圧をしろ!」
「分かった!」
魔族達は銃撃を諦め魔法による攻撃を行ってきた。威力は低いが広範囲に効果のある攻撃魔法を使用する。
効果はあったようでモリオン達の速度は落ちた。
魔族達はそれを好機と捉えた。攻撃魔法により手傷を負わせたのだと。
だが実際には少し違う。
範囲攻撃――その中に水魔法の類いが混ざっていた。モリオン達が装備しているジェットエンジンは大量の水が入るとよろしくないだけで、ダメージは全く受けていなかった。慎重になっただけだ。
「クソッ! コイツでっ!」
一人の魔族が剣を抜く。彼の持つ剣は銃と同じで昔の技術で作られた物だ。それは非常に高い硬度を持っていた――のだが所詮それだけだった。
基礎となるスペックが違うのだ。
「おらぁっ!」
一撃目でモリオンの刃を受け止めることが出来た。横から同じ武器を持った魔族が大声を出しながら打ち込んでくる。勿論声を出した時点で不意打ちにはならない。正面の魔族は2撃目で剣を弾かれ、3撃目で足がおさらばする。4撃目で首が飛んでいった。側面から斬りかかった魔族はお粗末な剣戟を片手でつかまれ、そのまま剣を砕かれた。
「なんだよ! コイツ――ぐぁっ!」
その様子を見ていた魔族が悪態をつくがそんなことをやっているうちに次々と味方が討取られていく。彼自身も視線をそらした一瞬でラリマーに上から勢いよくのしかかられ地面に叩きつけられ死亡した。ラリマーは降下した勢いのまま近くにいた魔族に蹴りを放っていた。魔族はくの字になって飛んでいった。
結果として魔族側20名は10分と持たずに全滅と言っていい状態となった。
そうして啓太達の乗った高機動車がようやくやってきた。戦闘現場から数十メートル離れた所に止まった高機動車からA201が素早く降りて銃の照準を生き残っている魔族に向ける。
「クソッ! にげ――ギャッ!」
「な――ブべッ!」
彼等の防御用魔導具は魔法に対しての防御力こそ高いがただの運動エネルギー弾には効果が無い。さらにモリオン達により混乱し動きが止まっている状態などオートドールにとっては絶好の的であった。啓太たちとともに到着したA201はアサルトライフルで残った魔族達の頭部や胸部を正確に撃ち、次々と沈めていく。
そうして20名の侵入者――魔族は殲滅された。




