83話 子供の育て方
視点変更あり
「そういえばシアンさん。石田達に送った手紙って何か返事とかあった?」
ある日、そう、なんとはなしに思い出したことを聞いてみた。
「いえ、同封したビーコンにて手紙が先日〈アルビオン〉に到着した事は分かっているのですが、その後の動きについては把握していません。」
「そうか、まあ移動は馬車だし返事があるにしてももう少しかかるのかな……」
と思っていたのだが、その後、待てども待てども返事は無かった。
その時の俺は知らなかった。実は有力者から一般人に至るまで勇者パーティーヘの手紙や贈り物などはかなりの量になり、さらに現地の兵士による検閲が入る。その結果、現地で俺の手紙は他の手紙の中に埋もれた上に重要度が低いと判断され、勇者パーティーの目につくこと無く処分されていた。
◇◇◇
「だ、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄る俺とレイリー博士、そうして手を貸してやると、それをつかんだ“ジェミニ”の2機は生まれたての子鹿のようにプルプルと足を震わせ何とか立ち上がった。そして発した言葉が――
『『おとーさま(おかーさま)、歩くという行為はどう行うのでしょうか?』』
……うん、歩き方を知らなかったんだ。
考えてみれば実際の体を持ち、“歩く”というのはこれが初めてだ。今まではハンガーに固定されて動くことは無かったし。
首から上は会話時に頻繁に動かしていたが……この様子だと腕や体の方も動かし方から教える必要がありそうだ。いや、今俺達の腕を掴んでいるのだから腕の動かし方など、多少は分かっているのか?
幸いにして、ギルド発表会まではまだ1週間以上ある。慣らし運転の期間のつもりであったが、教えることが増えた。
そうして会話で育てると言う他、体の動きも教えていくことになった。
なお、俺とレイリー博士の機体、〈モリオン〉と〈ラリマー〉では実は用途が異なる。
俺の機体〈モリオン〉は勿論、俺の意向を取り入れる形となる。つまり戦うロボットだ。え? シアンさん達も戦闘用だろうって? 聞こえませんな!
戦うロボットって男の子のロマンだよな。なので、一通りの知識を身に付けさせたら、彼女が持つ武器や装備品を作ろうと思っている。武装マシマシで乗せてみたい。
レイリー博士の機体〈ラリマー〉は、彼女の研究をバックアップする助手としての機能を求めるそうだ。元がワンオフ機(2機だが)で量産が困難である事。AIの能力が高く助手としての仕事も教えればきちんとこなせるであろう事。ロボットであるが故の精密、正確な物作りや処理能力を期待しての事だ。その他、出来れば家政婦的なこともやって貰おうという腹づもりらしい。レイリー博士、結構ズボラだし、大いに役立つことであろう。
今後のAIの学習状況によっては非常に優秀な助手兼メイドになることであろう。
◇◇◇
「立って歩くことを言葉で説明するのは難しいな。とりあえずやってみよう」
『分かりました。おとーさま。×××を貸してください』
「何だって?」
『肩を貸してください』
2足歩行は結構難しい。地球でも2足歩行ロボットは現在でこそ珍しい物でも無くなったが、出来た当時は非常に驚かれたそうだし。バランスとか重心の移動とか色々な計算をさせなければならないのだろう。それなら人間と同じようにトライアンドエラーで学ばせてしまった方がいい。〈モリオン〉に搭載されている自己進化型AIならそれが出来るだろうと俺は予想した。
最初はつかまり立ちで足をプルプルさせていたモリオンであったが数時間の内にコツをつかんだのか掴まらなくても何とか立つことが出来るようになった。そうして数日経過する頃には全く問題なく歩けるようになった。
やはり学習速度が段違いだな。一応精神的には0歳なのだが、思考もそこそこ発達しているし知識は学者もビックリレベル。人間の赤ん坊より飲み込みが早い。
その間、俺はその様子を見守りながら、彼女に積極的に話しかけるようにしていた。AIが完成してからなるべく時間を見つけ話をしてここまで育てたものの、やはり少し言動が幼い時があり、10代後半のボディーとギャップを感じるときがあるからだ。
「無理はしないようにな。異常がある場合はすぐに言うように」
『はい、おとおさま』
「ワンッ!」
歩けるようになると次は走り、Y字バランス、逆立ちなどを教えていった。一応戦闘用を目指すのに運動音痴だと間抜けっぽい。気分はさながらお受験ママと言ったところか。ところでオトオって誰? ……まあお父様と言いたいんだろうけど。
怪我をする――フレームが歪んだり、断線したりすると自己診断プログラムにより警告が出る。その場合、俺のスキル〈物体修復〉で修理する事になる。彼女はオートマタのため俺のスキルで治すことが出来るのだ。もっとも、そこまでの状態になったことは無いが。
ただ、頭部の損傷については不明だ。記憶(と言っていいのか不明だが)などにまで影響が及ぶ場合、〈物体修復〉で修復可能なのか分からない。
なので、なるべく無理をしないように声をかける。
今も片足で立ちながらバランスをとっているところだ。
その周りをネルソンがぐるぐると回っている。コイツ、いつの間にこの部屋に来たんだろうな。ちなみに俺達がいるのは工場のコンピュータールームだ。
俺は椅子に座り彼女に教えながらも彼女の装備品を製作していた。ただ、彼女の方を気にしながらなのでかなり進みが遅い。発表会には間に合わないだろう。まあいいんだ。外部装備は趣味みたいな物だから。
『それは背部武装ですか? おとーさま』
「うん、そうだよ。モリオンに装備するヤツ。」
バク宙でクルクル移動しながら、俺の後ろまでやってきたモリオンはそのまま俺の背に抱きついてきた。そうして肩越しに俺のやっている作業を見てくるモリオン。……メカ部分が当たってちょっと硬い。
モリオンはオートマタなので、どれほど運動しようと筋肉が増えたり力が強くなったりはしない。しかし体の動かし方から格闘技まで『技術』を覚えることは出来る。今行っているのはそういった意味合いを持っている。
そういえば彼女はボディーの設計は俺で、工場で製作。AIも俺(達)が育てた。と言う事は俺の子供のような位置づけなのか? 彼女も俺を“お父様”と呼んでいるわけだしな。
結婚などしていないので当然子供もいなかったけれど、子育てってどうやるんだろうな。
そんなことを考えながらも、モリオンの外部装備品を作成していく。プロキオンちゃんのサポートの元、コンピューター上で設計からシミュレートまで行えるのは便利すぎる。
『これは空を飛べるのですか、おとーさま?』
「ああ、格好いいだろう?」
背中から回り込んで俺の膝の間に座ったモリオンがそんなことを言う。背丈的に、目の前のモニターがモリオンの後頭部で隠れてしまう。
「……見づらいんだけれど」
確かに今制作しているのは空を飛ぶためのジェットエンジン搭載のフライトユニットなのだが魔法等を使用しているためかなり自由度が高い。風系統の魔法で空気自体を制御することにより吸入、圧縮などを行えるため、ジェットエンジンのファンが必要ないのだ。そのため魔法ジェットは円筒形では無く様々な形に出来る。と言っても円筒形が最も効率が良いのは変わらないが。ちなみにだがモリオンには背中や手足などに複数のハードポイントがある。平時はフタで覆われているが。
「この辺りでいいかな……」
所詮素人だ。航空力学を完全理解しているわけでもないし、そこに魔法が加われば正直半分も理解できているのか不明だ。
ちなみに武器は魔力レーザーを射出するカービン銃型の物だ。こちらは問題なく出来た。魔力ビーム砲についてはシアンさん達に資料を貰ったからそれを改造するだけだった。
じゃあフライトユニットもと思ったがシアンさん達の時代、地球と同じで航空機などはあっても、アイ○ンマンは無かった。小型のジェットエンジンなどはあったのでそれを同じように色々な所を改造して現在に至る。
機体のスペック的に問題なくともエンジンの出力と空気抵抗、機体強度のバランスなどを考慮すれば最高速度はせいぜい亜音速程度とジェットエンジンを使用しているにしては低い。旋回性能も7G以下に制御されている。所詮素人が1ヶ月程度で制作したものだ。既存のものを改造しただけといってもいきなりそんな凄いものが出来たりはしない。
役割としては戦闘ヘリコプターやCOIN機と言ったところだろうか? いや、違うな。機体が小さいので武装も小規模だし。
なお、外部搭載ユニットをモリオンに接続した場合、あらゆる漫画や映画であるように頭が前、足が後ろになって飛行する。そのため背中に接続するユニットは小さめに、スカートと脚部に接続する部分を大きめにしている。メインエンジンは腰下~太もも辺りの側面に装着する予定だ。
◇◇◇
「こちらにあるのが古代魔法文明関連の資料だね。この本棚に並べている。」
『分かりました。おかーさま』
彼女――レイリー=サンダルフォンは体の動かし方に関して一通り出来るようになると、自身の研究所(啓太達の隣の家)にラリマーを連れていき、家の資料や配置などを教えていた。
このそれが終わると、資料を本棚から取り出し、内容などを説明していく。
「これは魔導人形関連……この本はラリマーのコアユニットの元になった物の設計図だね。」
『そうなのですか?』
そう言ってレイリーは資料を見せていく。このまま学んでいけば、ラリマーは優秀な助手になるであろうとレイリーは予想していた。
ラリマーは自分の所属する研究所に制作をある程度任せた結果、量産が困難な物になってしまった。これを発表会で発表し、この関連技術で儲けようと思っていたレイリーの企みは脆くも崩れ去った。
しかし、ラリマーと話していて「この子はやれば出来る子だ」と思うようになった。自身の関わったプロジェクトである。レイリー自身もラリマーにある程度思い入れが出来ていた。
その他にも女性としてのマナーなども教えた。あいにくとレイリー自身はそういったことに疎かったため、大親友であるシアン達に助力を求めることになったが。
残念ながら未だシアン達の秘密はレイリーは教えて貰っていない。下手に深入りするつもりは無いが、やはり学者としては知りたいと思う。いつか打ち明けて貰えるのであろうかと思いながら今日も啓太達のいる家に行く。
「あ、レイリーじゃん、はろー!」
「やあ、えっとA214か。見回りかい?」
胸に書かれた番号を見ながら返事をするレイリー。
そういえばこの子達も謎であったなとレイリーは思い出す。全く同じ顔の番号で呼ばれる女の子。この研究所には彼女たちの他、A1で始まる子達もいる。
確か昔、人造人間と呼ばれる人間によって作られた生物がいたらしい。残酷な人体実験により誕生したそれらは、結局国により禁止されて今ではその製造法すら伝わっていない。そういった類いの物であろうかと思案するレイリー。
今、手に持っている黒い杖のような物もよく分かっていない。聞いたら武器だと言っていたのだが、それ以上詳しくは聞く機会が無かった。
「ラリマーもはろー」
『こんにちはございます。』
「あははー、変な言葉ー」
A214がラリマーにも挨拶をし、彼女がそれを返す。しかし変な言葉と笑われて何が可笑しいのか分からないラリマーは首をかしげる。
「あー、シアン君達はいるかい?」
「あー、今はいないかな……司令なら工場にいるよ」
地下施設にいるため地上の偽装家屋や工場にはいないことを伝えるA214。
「そうかい、ありがとう」
そういった会話を交わし、レイリーとA214は別れた。レイリーは地上の施設に関しては顔パスだ。
彼女たちももう慣れたもので、こういった軽いコミュニケーションなら交わせるし、各々が誰をどう呼んでいるかも覚えた。A2は啓太のことを“司令”と呼ぶなど。
レイリーはシアン達がいないことにがっかりしつつ、今日は啓太やモリオンと一緒に学習すればいいと思い偽装工場に向かうのであった
そうして、日が過ぎていった。




