75話 元気の出し方
早朝、コロッサスに戻ってきた。
夜中に作戦を行い、終わったらそのまま帰ってきたためだ。報告のためだとはいえ村人達を夜中に起こしてしまったのは申し訳なかった。
そのままギルドの建物前につくと、シアンさんとレイリー博士は報告のため降りていった。俺は居残りだ。と言うかそういったことをする気力が無い。
原因は、帰路の最中、レイリー博士より日本への帰還方法が存在しないことを聞かされたためだ。確かに望み薄だったのかも知れないが、はっきりと“無い”と断言されたことによりかなりの精神的ダメージを負ってしまった。
その後、レイリー博士を自宅兼研究所まで送っていった後、俺達の自宅となっている建物まで戻ってくる。
「主様、大丈夫ですか?」
「おいおい、暗いな」
「あー、うん、悪いんだけどちょっと一人にさせて……」
家に入り自室に向かおうとした俺に、シアンさん達が心配そうに声をかけてくれる。しかしシアンさん達には悪いが今は返事をする元気も無い
そう言って俺は自室に戻りそのままベッドに倒れ込む。少し硬めのベッドは冷たく俺の心を癒やしてくれはしなかった。
「帰れない……」
改めて声に出してみるも事態が解決する訳では無い。
……これからどうするべきか。聞くところによるとレイリー博士はその筋では非常に優秀な学者らしく彼女が無いと断言したものを俺達が無理矢理見つけることはほぼ不可能だ。
諦めてこの世界で生きていくしか無いのだろうか。
「この世界で生きていくか……それもいいかもしれないな」
考えてみればシアンさん達のよき理解者が側にいて、お金も心配ない。日本のような社会保障制度こそないものの、それらは大体お金で解決できる問題だ。
以前に売ったオリハルコンなどの希少金属製武具であるが、需要の問題などで、最初に言われていた売値、約100億円を遙かに超えて、今現在1000億円以上の資金がウチに流れてきた。
では、反対に日本への未練というのは何だろうか?
ネットや漫画が見れないこと? それらは多少我慢すればいい。娯楽は生きていくのに絶対に必要なものでは無いからだ。
家族や友人達と今後一切連絡が取れないこと。おそらくこれが一番の問題だろう。元の世界では俺達はどうなっているのか。行方不明扱い? しかし考えてみれば事故死などで突然身内を亡くす人というのは一定数いるのも事実だ。そのような感じなのだろうか。両親には親不孝者と思われているかも知れないな。もう一生会えないと考えると急に会いたくなってくるから不思議だ。
対してこの世界にいることによるメリットとデメリットは何だろうか。
社会システム的には先に述べたように遅れているがお金があれば解決できる。水道、電気、ガスのインフラは多少不便だが致命的ではないし、慣れれば問題なく生活出来る。電気、水道に関しては魔法による代替手段もある。実際この家には水道が引かれており、電気では無く魔力で動く家電なども存在する。
それにシアンさん達のような美女/美少女達と同居中である。お金もある。家と車持ち。
「……あれ? 帰れなくても問題なくね?」
考えれば今の状況は人生の成功者と言ってもいいのでは無かろうか。人間関係が途切れた以外はむしろ良くなっている。
でもパソコンデータを整理する時間は欲しかった。そういえばシアンさんに渡したスマホに変なデータ入れてないよな……少し心配になってきた。
いやいや、話がそれた。
「……それほど難しく考える必要が無かったのかも知れないな。」
“帰れない”という事実だけを深く考えすぎたのかも知れない。こういったときは前向きに考えれば事態は好転するかも知れない。そして、現在俺の置かれている状況はこれ以上無いほど恵まれたものである。
「そうと決まれば、どうすればこの世界でより良く生きていけるかを考えないとな」
俺がそう割り切って考えていた際、不意に部屋の扉がノックされた。
◇◇◇
いま、屋敷の一室にマリオネット組が集まっていた。
「ねえ、ケータ、どうしたの? 元気なかったけど?」
「はい、実は――」
シアンが車中でレイリー博士より聞いている情報をレイヴン達に話し始める。
現状の人類の技術で啓太のいた世界への帰還は無理なこと。聖王国の勇者召喚とやらはどうやら自分たちの文明の技術を使って行われていること。魔王を倒した際に元の世界に戻れると言う話は嘘である可能性が大きいことなどだ。
それを聞いた皆は、
「あー、まあ何だ……それは残念だったな。」
「そうだね。」
「それで、あんなに暗い顔をしていたんですねー」
各々が納得する声を出す中、
「フフフ、多少精神面が心配ですが問題ないでしょう。一気にたたみかけ主様の元、我らの世界を取り戻すのです」
「あら、いいわねー。文明を再興するのね。」
シアンさんが暗い笑みを浮かべていた。そうしてそれに賛同するアークトゥルス。
それをヤバいものを見る目で見るレイヴンとヴァーミリオン。
「あちらはどうなっています?」
「【プロキオン】による惑星の調査はかなり進んでいるわよ。ただ痕跡については期待薄ね。」
「そうですか、残念です。さらなる地盤の強化が見込めるかと思ったのですが……」
シアンさんとアークトゥルスさんは啓太が残ることを前提にどんどんと話を進めていく。
それに付き合いきれなくなったレイヴンとヴァーミリオンさっさとこの場を抜けることにした。
「あー、その辺は任せる」
「そうだね、後で結果だけアップロードしてくれればそのときに確認するよ」
マリオネット組……シアンとアークトゥルスによる悪巧み? は続く。
◇◇◇
今部屋にレイヴンさんとヴァーミリオンさんがいる。先ほどやってきたのはこの2人だ。
なぜか手に酒瓶を携えていたが、どうやらシアンさんから俺の事情を聞いて慰めに来てくれたらしい。
「それで、シアンから大体は聞いたけど、マスターはこれからどうすんだ?」
レイヴンさんがさっさと自分のグラスにお酒を注ぎちびちび飲みながら聞いてくる。
「あ、ボク、ワインね。」
ヴァーミリオンさんも一緒に慰めに来てくれたのだが、同じようにお酒を早々に自身のグラスに注いでいる。その後、俺のグラスにもお酒を注いでくれる。
どうしよう、徹夜だったので少し横になりたかったのだが。まあ、注いでくれたんだしとグラスに口をつけると甘い味がした。アルコール低めの果実酒のようだ。
「これからですか? ……特に考えてなかったですね。帰れないっていう可能性も考えておくべきだったんでしょうけど。まずは、石田達に連絡をとった方がいいでしょうね。その後は……この世界で暮らしていくことになるんでしょうか?」
「石田ってたしか一緒に召喚されたっていう勇者クン達だよね。」
「そうですよ。向こうは向こうで魔王退治なんて厄介なことをやっていますけど……そういえば今どこにいるのか全然知らないなぁ」
そういえば石田達はどうしているのだろうか。魔王が倒されたのであれば噂ぐらいは聞いても良さそうだが、そういったことが無いと言うことはまだ倒していないのであろう。皆元気でやっているだろうか。
「その辺はシアン達に任せとけよ。人手の余裕もあるし連絡要員ぐらいやってやるよ。で、マスター自身はどうするんだ?」
「俺かー。……このままここで暮らすというのもいいかもしれないですね。特に不自由ないですし。」
そう言いつつお酒をちびちび飲む。うん、美味しい。
あと、真面目な話だからだろうか、レイヴンさん達とは割と打ち解けたはずだがついつい丁寧な話し方になっている。
「何だ、もっとヘコんでるかと思ったけど割と大丈夫そうだな。そういえば前もこんな話したっけ?」
「ああ、ボクのいた艦でだっけ」
「そうですね。帰るって言う事だけ考えて、何のために帰りたいのかとか考えたら別にいいかなって。目的と手段が入れ替わっていたってヤツですかね。それでもちょっとはヘコんでますよ。ただまあ、無理なものをどうこう言ってもしょうが無いかなって……吹っ切ったら割と楽になりましたよ。」
そうだよな。無理なんだからこれからのことを考えるべきだよな。
「そうか……まあ、オレ等的には帰らない方がいいんだろうけど、変に精神にダメージを負うのは望ましくないしな」
「シアンとレイヴンはマスターが居なくなっちゃうからね。帰らないで~ってね」
ヴァーミリオンさんがそう言いながら少しおちゃらけた様子で話す。
「いやいや、そこら辺はちゃんとするつもりでしたよ。」
確か主人権限を解除したり出来る機械があるとか以前に聞いたし、それが無くともちゃんとした人に託して行くつもりだった。と言っても、もうそんな必要は無いのだが。
「……吹っ切れたって言っても、完全とは言ってないみたいだな」
「うーん、ちょっと心残りがある感じ?」
俺は割と軽い感じでお酒を飲みながら話していたのだが、彼女たちはどうやら思った以上に鋭かった。
「まあ、心残りと言えば……もう一生、家族と会えないのは少し寂しいですね。」
「あー、肉親か……後兄弟とか?」
「血のつながりとかは、ボク達はよく分からないからね。」
「でもアレだろ、確か父母って元々他人同士だろ。それで子作りしてつながるわけで……血を分けたウンタラ――」
「子作りとか……生々しいですね」
レイヴンさんやヴァーミリオンさんが血のつながりとか言い出したので、苦笑を浮かべながら会話に加わる。
「まあ、アレだよ。深く考えるなって。いいじゃん、この世界も」
「……そうですね」
そう言ってレイヴンさんとヴァーミリオンさんがグラスを置いて立ち上がった。もうお開きにするのかなと思い俺もお酒の入った飲みかけのグラスをテーブルに置く。
そうして立ち上がって、扉まで見送ろうと思っていたら、レイヴンさん達が手で制して、こちらに寄ってきた。
「まあ、アレだ。今日はマスターが落ち込んでいるんじゃ無いかと思っていたわけだが、そこまででも無かった。だが吹っ切ったと言うにはもう一息足りない」
「そこでボクらが理由を与えてあげようと思ってね、来たんだよ」
俺の両脇まで近づいてきたと思ったら、がしっと両腕を捕まれる。
「どうしたんですか? 理由って?」
なんとはなしに返す。そのまま後ろに引きずられているような気がするがお酒が入っているからだろうか? とぼんやりと考える
「まあアレだよ……落ち込んでると思ってたマスターへのサービス?」
「子作りはともかく、夫婦ゴッコは出来るよね?」
ん? そのまま俺は自室のベッドに押し倒された。いや、実際はトンと押された程度だが。
「え? あの……」
レイヴンさんとヴァーミリオンさんが倒れた俺にゆっくりと近寄ってくる。
「え? あの? もしかして、あ、あっ、あ――――っ!!」
その日、人間の三大欲求に性欲が含まれている真の意味を知ることになる。
ヤ っ て し ま い ま し た な ぁ !!




