72話 依頼2
俺は待機でもよかったかもしれない。
矢継ぎ早に指示を出した後、そう思いもしたがまあいいだろう。戦場での素早い判断はベストでは無いかも知れないがベターだとかなんとか。
夜道をフラッシュライトを付けて進んでいく。どうも逃走しているゴブリンはライトの光を完全に無視しているようだ。つけられている事に気付いていない。
俺はA1ちゃん達に挟まれる形のため迷わず何とか追えていると言ったところ。
森の中であるが、どうもよく見ると獣道らしきものがあるようだ。オーガやゴブリン達がいつも利用していた道だろう。
ゴブリン達は小柄なので走って逃げると行ってもそのスピードはたかが知れているが、この森の中だと小走りでもかなり怖い。ライトは前方を照らしていて、足下が見えないので躓いたりしないか不安だ。とはいえ追跡を止めるわけにもいかずそのままゴブリンを追っていく。
しばらく追っていると木々が途切れた空間に出た。
先頭にいたシアンさんが止まれの合図を出す。
周囲を見渡すと、ぽっかりと開けた空間で前には崖があり、そこの壁面に洞窟だろうか、穴がぽっかりと空いている。
「主様、ゴブリンはこの洞窟に入っていきました。巣穴で間違いないかと。」
シアンさんが報告してくれる。後、周囲に残っている足跡などからも、ほぼこの洞窟が奴らの拠点で間違いないそうだ。
村人の話ではゴブリンは12匹、と言う事はこの洞窟の中に9匹はいることになる。
「シアンさん先頭行ける?」
「問題ありません」
「じゃあ、シアンさん先頭でA1101ちゃん、俺、A1102ちゃんの順、A1103ちゃんは万が一に備えて出入り口で待機して」
「了解」
「「「……(コクリ)」」」
そう言ってライトで前方を照らしながら、シアンさんがゆっくりと洞窟の中に侵入していく。
俺も拳銃をすぐに撃てるように持ち、続いて入っていったA1ちゃんの後に続く。
洞窟の大きさは縦横2,3m程度と人間なら余裕を持って歩くことが出来る。さらにこの洞窟は奥に深く続いているようだ。
壁や天井はゴツゴツした岩肌が露出して天然の洞窟である事を物語っているが、逆に地面は長期間使っているのだろうか踏み固められている。
シアンさん達もいるし、かなり光量のあるライトもつけているため大丈夫だとは思うが、不意打ちに気をつけて進んでいく。
そうして警戒して歩くことしばし、前を歩いていたA1101ちゃんが止まったので俺も止まると、直後、さらに前方――シアンさんの方から連続した銃声が響いた。
ダダダダッ!! と、しばし連射か単射かは不明だがかなりの弾数を撃っているようだ。
「ギャァァ!」
「ギピィィー!」
「きゃぁぁぁ!!」
うん? きゃぁぁぁ?
いま、ゴブリン達の悲鳴に混じって女性のような高い悲鳴が聞こえてきたような……だが、銃声が五月蠅くて聞き間違えたのかも知れない。
やがて銃声がやみ、少し経つと洞窟の奥の方からシアンさんの声が聞こえてきた。
「クリア、ゴブリン9匹の死体を確認しました。ここは問題ありません」
声を張っているようでかなり奥の方から聞こえてきた。どうやらシアンさんだけでかなり進んでいたようだ。
俺たちも歩みを再開させて歩き出すとすぐに開けた空間に出た。
「ここは……?」
かなり大きな空間であるが、天井があるので洞窟の中なのだろう。
直径10m以上ありそうな半球状の空間だった。
「主様、ここが洞窟の最奥であり魔物の拠点であったようです。敵生物は全て排除しましたので、ランタンをつけても問題ありません。」
「あ、うん、分かった。」
腰につけていたランタンを手に取り魔力を流すとすぐに明るくなる。フラッシュライトほどの指向性は無いが全周囲をくまなく照らしてくれるのでこのランタンはありがたい。
そうして照らしたところは、先ほどの予想通り大きめの円形の空間であった。少し向こうにはゴブリンが倒れている。血を流しピクリとも動かないので死んでいるのだろう。数を数えると9匹だった。
その空間には、ゴブリンの死体の他、薄汚れた布が地面に敷いてあったりした。ねぐらとしてはかなり不潔だ。
「あちらに一名の生存者と、死体が一体、それと横穴らしき物がありますが、外にはつながってないようです。」
シアンさんの指さす方向を何気なく照らす。
「ひぃぃぃ」
そこには手足を縛られた女性がいた。
「……え?」
何でこんなところに女性がいるのであろうか? 手足を縛られているところからして自主的にいるわけでは無いだろう。誘拐か何かか? そういえばゴブリンは人間の女性をさらって性的に襲ったりしていると聞いたことがある。
そうしてランタンで照らしている彼女の隣にはピクリとも動かない女性。手足が変な方向に曲がっているし一部エグい状態になっている。
さっきシアンさんはなんて言った? 死体が一体……アレがそうか? 隣の女性は生きているようだが動かない方は死んでいる?
とにかくここで立ち尽くしてゴチャゴチャ考えていても仕方ない。慌てて駆け寄る。シアンさんも止めなかったので問題は無いだろう。
「大丈夫ですか!? A1102ちゃん、この人の介抱をお願い!」
「へ? ……あ……人間……はぁ~よかったぁ~……」
駆け寄ったはいいが、もしかしたらゴブリンにアレな事をされているかもしれないと、ふと頭の中をよぎったため、すぐにA1102ちゃんを呼び彼女に対応させることにした。
俺はいったん離れる。そうして部屋? の中央辺りにランタンを置き周囲を調べることにする。
まず倒れている方の女性。こちらは近くで見ると一目瞭然で、死亡していた。衣服の類いは身につけておらず体の至る所に暴行の形跡があるので多分アレなことがあったのだろう。残念だ。
辺りを見回すが寝床にしていたのだろうか布が敷き詰められた一角があり、かなり汚い。あと、一部動物の骨などが固まっている場所がある。ゴミ捨て場だろうか。
そして……
「シアンさん、さっき言っていた横穴というのは?」
「あそこです」
そうして差したところ、洞窟の少し奥まった位置に小さな穴があった。近づいてみてみるとどうやら斜めになっていて、下の方に向かっている。
「この穴ですが、見たところ使用した形跡がありません。センサーにも反応は無く魔物等はいません。空気の流れからも奥がありそうですが、外にはつながっていないかと。」
かがんだ状態で何とか通れるといった程度の小さな穴で、ゴブリンであれば使用できそうな物だがシアンさんの見立てではこの穴の奥にゴブリンが隠れている等と言うことは無いようだ。どこにつながっているのかは不明。
壁面は湿っているのか少し光を反射している。
やってきたA1101ちゃんものぞき込むがすぐに首を引っ込めた。
「……(ふるふる)」
「ごめん、分からない」
A1101ちゃんが首を振る動作をしているのだがそれだけだと何も分からないよ。
改めて穴の中をのぞき込んでみる。湿気のような物が感じられる。そして少しひんやりしている。
ズルッ!
「おうぁ!」
そうしてのぞき込んでいた俺は手を滑らせてしまった。そのまま倒れ込んでしまったのだが、何この穴! と言いたくなるぐらい滑る! 穴の中は湿った泥では無くて滑りやすい岩などで構成されていたのか、そのまま頭から穴の中にずっぽりと入ってしまう。
そしてこの穴、斜め下へと向かっているため俺の体重でそのまま落ちる形になっていく。
ガシッ! と誰かがそのまま滑り落ちそうになった俺の足をつかんでくれるのだが、止める力が無かったのか一瞬の抵抗感の後、又、落下を再開した。
壁面がなめらかだったのが幸いした。出っ張り等で怪我をすることも無く俺はそのままなめらかな岩面を滑り落ちていき、
スポーン! ズザざぁー! ドポンッ!
頭から水の中に突っ込んだ。
気分はさながら夏のウオータスライダー……じゃねぇ!
「ガボォァ!――
ドゴッ!
――ガボォ!」
慌てて立ち上がると同時に何かがぶつかって来た。かなりの重量感があり、そのせいで再度水の中に沈むことになってしまった。




