65話 アキヅキ研究所始動
いつの間にか俺たちの住んでいる屋敷の少し離れた場所に倉庫のようなものが制作されていた。大型機材搬出口の擬装用建築物らしいのだが、その土地も買い取って研究施設の一部とするらしい。土地購入費用は以前売り払った武具類のお金が少しずつ手元に入りつつある。ちなみに以前に聞いた約100億円を大きく上回りそうだという。
倉庫は木造の簡素なものだがこれで一応の体裁が整ったと言う話で晴れて技術研究ギルドへと申請しに行った。
そうしていつの間にか『アキヅキ研究所』と言う名前の研究機関が俺たちの屋敷の敷地内に出来ていた。
アキヅキ研究所……俺の名字から取ったのだろう。命名規則等はないので自由に付けられる。そのため勇ましい名称を付けて名前負けしている研究所や講義などが結構存在する。
研究内容は対魔族用の大型兵器の開発をメインとしてギルドへと提出していると言う。ギルド側はバリスタや投石機のような物を想像していることだろう。
ちなみに研究所はあくまで偽装なので職員の募集などは行っていない。地上の施設は人がほとんどおらず地下の兵器を何台か倉庫に移動させて偽装している程度だ。一応完全武装のJC14ちゃんが数名、見回りをしているので他人が侵入することは無いと思うが。
その際見たA1ちゃんはアメリカ製、A2ちゃんはドイツ製アサルトライフルを持っていた。装備類はA1とA2で異なる物にするのだという。可潜艦ミューラーから見つかった銃火器の解析が終わって量産しているのだが、アサルトライフルについては2種類見つかっていた。ドイツのヤツはA2ちゃんに、アメリカのヤツはA1ちゃんに持たせるそうだ。どっちが良いとかは個人差になってくるのだろうが、この世界は実弾兵器の運用ノウハウがないため、どちらも使わせて経験を積み重ねていくらしい。又拳銃、サブマシンガンや対物ライフルは1種類しか見つかっていないが状況に応じて投入するそうだ。俺のスマホのデータも合わせればJC14の体格などに合わせた武器も作れるだろうと言っていた。
そうしてシアンさん達が活動している間に俺も独自に活動していた。図書館は言うに及ばずシアンさんに集めて貰った研究者のリストを確認し尋ねていった。有名な方はなかなか会って貰えず今のところ細々と研究している人が中心となっている。しかし帰還の情報どころか「異世界へと渡る技術」の情報すら未だ得られていない。
なお、今日は以前お誘いのあったドットカール博士の研究施設に訪問させて貰う日だ。この世界の研究施設という物がどういった物か興味がある。現代の研究所とはかなり違うだろう。魔法もあるし想像できないような場所だろう。
「ワクワクするね」
「そうですね」
「…………ところで、なぜいるの?」
当然のように横にいるシアンさんに問いかける。今日はお出かけ用なのかメイド服ではなく女性格闘家みたいな服装であった。しかしその服装でもスタイルの良さは隠しきれていない。メイド服を盛んに勧めていたのはシアンさんだと思ったのだがそこは良いのだろうか。
あと、確か家を出たときは1人だったはずだけれど、
「……ご迷惑でしたでしょうか」
「いやいや、迷惑なんかじゃないよ。ただ気になって」
シュンとしてうつむくシアンさんに慌てて気になっているだけだと言うと、顔をすぐに上げぱあっと明るい表情になる。すぐに気を持ち直したようだ。良かった。
「記録を取るために来ました」
そう言って小さな箱を見せてくる。タバコの箱程度の大きさだが、よく見ると円形のレンズがついているのが確認できたので、おそらくビデオカメラのような映像記録機器だと推測する。
それを胸のポケットにセットする。某おっぱいチャレンジみたいになっているが口を出さないでおこう。
そうして歩くことしばし、見覚えの有る建物が見えてきた。以前職員に塩対応された建物だ。あの時は入り口で受け渡しをしたので中には入っていないんだよね。
研究所の正面玄関から入り、歩いている研究員を呼び止めドットカール博士に会いに来た旨を伝える。最初は訝しんでいた職員であるが一応招待されているので確認して欲しいと伝える。
そうしてしばらくすると
「やあ、よく来たね」
奥から白衣を纏った紳士――ドットカール博士が自らやってきた。
「お久しぶりです。本日は研究されている物を見せてくれると言うことで、ワクワクしていますよ。あ、こちら友人のシアンと言いますが一緒でも良いでしょうか。彼女も興味があるようで」
「ああ、もちろんだとも。是非見ていってくれ。そういえば君も研究所を開設したんだって? 冒険者だと思っていたのでビックリしたよ。」
「本業は冒険者なんですけど、身内に研究者気質の者が居まして。俺はほとんどタッチしていないんです。」
「そうなのかい? 研究者同士有意義な意見交換などが出来ればと思っていたのだがね。」
ハハハと笑いながら、ドットカール博士の案内の元ついて行く。研究所は一部を除き石造りで強靱に出来ている。事故のなどの時のためだという。
そうしてかなり広い部屋にやってきたが、机の上には本が山積みになっておりさらに室内には何人かの白衣を着た人達がいた。そうしてその人達が視線を向けている先に今まさに開発中ですと言わんばかりの魔導人形がいた。
オートマタは机に寝かされた状態で各部が分解されているようだ。以前見たように白いマネキンなのだが内部は何か分からない配線のようなものや金属の棒――骨格だろうかが見えている。
「これが今作っているものでね――」
そう言いながらその寝かされて分解中のオートマタを紹介してくれている。驚いたのはこの世界には、魔力を流すと堅さや長さが変化する素材があるそうだ。人工筋肉や皮膚の伸び縮みを再現できるらしい。珍しい魔物からとれる素材を加工したものでかなりお高いらしいが。
オートマタを動かしているプログラムは魔法由来で胴体胸部に魔方陣などと共にユニット化されて納められているとか。それを今見えている配線のようなものを通じて魔力信号として各部に伝えるらしい。
コアユニットはさすがに企業秘密なので見せてくれなかったが、見ても分からないだろう。
オリハルコンは魔力絶縁体として配線の集中する部分などに使用する他コアユニットにも使用されているらしい。が、今まではオリハルコンが手に入らず性能の劣る代替素材でまかなっていたそうだ。
「どうかね? なかなかのものだろう?」
ドットカール博士が目をランランと輝かせながらそう言ってきた。自身の研究成果と言うことで熱が入っている。
「そうですね。私としては人間の皮膚に当たる素材が存在する事が驚きました。」
なかなか面白い話であった。以前の会話も含めオートマタについて詳しくなった。ソフトウェア、ハードウェア共に現代科学のロボットほど複雑な機構ではないようだ。
ソフトウェアについては魔法の専門知識が必要なので正確なことはいえないが先駆者の作った魔法を(適宜改良を加えながらも)使い回しているらしい。ロボットは二足歩行が困難だと知っているのでその体で会話をしたら、「何言ってんだコイツ」と言う目で見られた。魔法というものが生物と親和性が高いと言うこともあり二足歩行を行う魔法などは比較的早く開発されたようだ。オートマタの他にはゴーレムという全て魔法で作る人型が存在する。これも生き物のように動くようなのでこの世界は人間以外の人型生物に対して寛容的なのだろう。
ハードウェアについては難易度高めのプラモデルを製作できるのであれば作れるのではないかという程度だ。こっちは素材が魔法由来のものがあるが、組み立ては物理的なので俺も完全に理解できた。
「素材の統合を行えば、外装自体が皮膚と筋肉の機能を両立できるのでは?」
「何!? それは考えたことがなかったな」
ドットカール博士は人間の体の仕組みから皮膚と筋肉、骨格に当たる部分をそれぞれ作ったらしい。人間を元にしているのだから人間に近づくだろうと言う考え方のようだ。
「――関節機構自体に先ほどの伸縮機能を持つ素材を使用すれば――」
「――人間を参考にしていると言う割には頭部がスカスカじゃないですか?――」
その後、俺が色々と思ったことを言っていくが、ドットカール博士は嫌な顔一つせずにそれらをウンウンと言いながら聞いていた。ただ周囲の空気はあまり良くない。白衣を着た研究員の一部から厳しい視線を受けている。「素人が知った風な口を」と言う事だろう。
そうして一通り意見を出したところで一息ついたのだが、ドットカール博士は唸りながら考え込んでいるようだ。
「ま、まあその、所詮素人意見ですし、あまり深く考えなくても……」
ドットカール博士がものすごく真剣に黙考しているので少々口出ししすぎたかとも思い、そんなことを口にする。そうするとドットカール博士は顔を上げて、
「いやいやそんなことはないよ。素人だとしても消費者目線の意見というのはありがたい。この歳になると同じ研究を延々とやっていることもあって頭が固くなってしまうからね。」
そう気にすることも無いと言ってくれる。以前会ったときから丁寧な物腰の人だと思っていたが、改めて研究熱心でいい人だなと思った。
「よし、早速今の意見を取り入れてみよう! さあ、忙しくなるぞ!」
どうやらこれから先ほどの俺の思いつき程度の意見を試すらしい。ドットカール博士の研究所見学会はその場でお開きになった。
「今日はありがとうございます。とても有意義でした。」
「いやいやこっちこそ。」
「時間があればウチの研究所も案内したいです。と言ってもウチは出来たばかりで見せるところはまだ無いですが」
「ハハハ、そうだね。楽しみにしているよ。」
ドットカール博士はわざわざ出入り口まで送ってくれてそんな会話をしながら別れた。
帰り道、シアンさんが口を開いた。
「なかなか良い人でしたね。」
「そうだね。素人の意見もちゃんと聞いてくれるし、物腰も丁寧だし、あんな年の取り方をしたいね。そういえば記録は出来たの?」
「はい、ちゃんと記録しています。と言っても技術的には非常に稚拙なものであり記録の必要性があったかどうかはまた別ですが。核心部分のコアユニットについては未公開のようでしたし。」
「ハハ、まあそう簡単に複製されたらあの人達も仕事がなくなるだろうしね。」
「ガワだけなら簡素ですしダミーとしてアキヅキ研究所に並べておいても良いかもしれません。」
「その程度だったら俺がやろうか? プラモデル程度なら作ったことあるし」
「プラモデル? ……ああ、模型のことですか」
そんな会話をしながら我が家への道を歩いて行った。
辺りも暗くなり、通常の店が閉まり代わりに酒場などが活気づく時間帯、シアンさんがふと何かを思い出したように俺たちの家のある方向の空を見上げる。
「そういえばそろそろですよ」
「何が?」
と言いつつ、俺も同じようにシアンさんが見ている方向を向く。すると――
轟音を立てながら2発のミサイルが俺達の家の方角から打ち上がっていた。
「綺麗……まるで世界の終わりのようですね……」
そう色っぽい声を出しながら腕を絡めてしなだれかかってくるシアンさんであるが、俺はそれどころではなかった。




