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58話 あなたの名は

 少々トラブルに見舞われた俺たちだが、予定は消化して夕方前には帰ってくることが出来た。

 購入したのは寝具だ。これで屋敷のベッドで寝ることが出来る。

 生鮮食品も購入してきた。屋敷にはキッチンがあり大型の機材等は残されたままだったのでそこで料理をすれば保存食では無い出来立てが食べられるだろう。問題は誰が料理をするのかだが……俺は簡単なものしか作れない。ヴァーミリオンさんに聞いてみたが「料理? やったこと無いねー」とのことだった。彼女たちは元兵器なので料理なんてしないのだろうか。


 庭に装甲車を止め、荷物を持ち屋敷に入ると……誰もいなかった。あれ、シアンさん達は?

 購入した物をそれぞれの場所に置いてきた後、屋敷内を探していると、地下室へと続く扉に『工事中』との張り紙があった。ここにいるのだろうか。


 扉を開き地下室への階段を降りていくとそこには改装中のビル内部のような景色が広がっていた。

 おおう! 凄い改造しているな。文明レベルお察しの地下室なので暗くてジメジメした感じを想像していたのだが、いい意味で期待を裏切られた感じだ。

 石壁では無く打ちっぱなしコンクリートによる無機質な部屋の奥にはエレベーターと思われる開閉扉がある。あれが地下施設へのアクセス扉だろうか。照明もランタンとかじゃ無くて謎光源によるかなり強い光が周囲を照らしている。


 少し周囲を見ていると、奥の扉が開いた。やはりエレベーターだったようで両開きでその奥は2畳程度の部屋――昇降箱がある。

 そこからシアンさんとレイヴンさんが出てくる。


「主様、お帰りになられたのですね。」

「ああ……凄いリフォームしているね」

「ええ、完成までには後1日程度いただきたいと。明後日には地下施設へご案内できると思います。」

「そ、そう……頑張ってね」


 もう何をやろうと驚かないし、下手に口を出さない方が良いだろう。シアンさんにはシアンさんの考えがあるのだろうし。願わくばそれが俺の心の平穏とつながっていることを願う。


「そういえば夕飯は? 材料を買ってきたから一緒に食べようよ。」

「そうですね」

「おーし、メシだ。」


 全員で地下室を出て、屋敷のキッチンに向かい食事をする事になった。

 なお、食事はシアンさん達も一応料理は出来るそうで皆で分担した。料理の経験は無いが料理のレシピはいくつか知っていたそうだ。

 俺が作った物は普通だった。切った材料の大きさもバラバラだし、味付けも感覚に頼る事が多いので。

 だが、出来立ての食事というのはやはり良い物だ。保存食などよりも美味しく感じる。あれはあれで悪くないのだが。


「そうそう、シアンさんこれを」


 夕食中、ふと思い出した。そうして差し出したのは俺のスマホだ。バッテリーが切れてから鞄の奥にしまったままになっていたのだが、この屋敷に来て荷物整理をしている際に出てきた。


「これは?」

「俺のいた世界にあったスマートフォンって言う通信機械。電気で動いているんだけど、バッテリー切れで動かなくなったんで忘れていたんだけれど、もしかしたら何かの参考になるんじゃないかと思って。良かったら持っていて。」


 充電できないこの世界だとただの荷物だからな。別に渡しちゃっても良いだろ。最悪壊してもいい。


「分かりました。解析してみます。」


 そうしてスマホをシアンさんに渡した後、食事を取り終え、就寝となる。別に何かやることも無いので。

 対してシアンさん達に今度はヴァーミリオンさんも加わり食後に地下室の改装作業を少し進めるらしい。俺はいても何も出来ないし、作業完了まで出番が無い。いや、その後も出番はないのだが。


 それは翌日になっても変わらない。予定では今日地下室の改装が終わり、明日地下室のお披露目と地下施設の本格的な調査が始まる。


 朝食後、マリオネット組は皆地下室の改装へと向かってしまった。


 俺は一人……ネルソンもいるな。一人と一匹は暇になってしまった。早速、日本への帰還のための調査を初めても良いのだが、それよりも先に冒険者ギルドへと言っておこうと思い立った。

 俺は最低ランクなので1ヶ月依頼を受けなければ再登録だ。別に不都合があるとかじゃ無いが面倒くさいし、多少ではあるがお金も取られる。

 とりあえず前回ギルドに言った際から1ヶ月は経っていないが放っておくことも出来ないし今のうちに行っておこうと思う。

 あ、でもヴァーミリオンさんがステータスカード持ってなかったよな。一緒に行った方がいいのかとも思ったが、忙しそうなのでまた今度個別で行って貰おうと思い、肩掛け鞄に必要な物を入れて家を出る。そうしてネルソンを連れて街の中心部に向けて歩き出した。

 ネルソンには、旅の途中にシアンさんに作って貰った赤い首輪をしている。首輪にはプレートが付いており名前が彫り込まれている。カッコいい。


 今日はヴァーミリオンさんがいないので徒歩でコロッサスの街を移動しているのだが、かなり大きい街なので時間がかかる。街の景観はヨーロッパ風で長時間見ていても楽しめるのだが。たまに馬車が走って行く。その中には馬がおらず箱馬車だけが走っているものもある。別にブレーキをかけ忘れて暴走しているわけではなく、あれが魔導馬車という物だ。外見はそのまま屋根付き馬車だ。魔導機関は床下にあり御者台部分が運転席だ。知ってはいたが、この街に来てはじめて見た。ついつい目で追ってしまう。尚魔導馬車の運転方法は基本的に馬車と同じで運転席に手綱のようなものが伸びておりそれで操作するらしい。やったことはないので実際の使い勝手などは不明だ。


 治安面は良いと聞いているが、なるべく大きくて人通りの多い道を選んで歩いている。この世界基準だと帯刀して歩いていても何も言われないし。俺も小ぶりのナイフを鞄に入れている。ただこれは武器と言うより万能ツールとしての役割が大きい。

 後、腰に下げたホルスターに拳銃を携帯している。これはヴァーミリオンさんのいた艦にあった物で、弾薬の補給が可能となった際に俺も練習して使えるようになった。こういった物は大好きで練習にも身が入って、静止目標であればまず当てられるようになった。移動目標はちゃんと狙う時間があれば当たるといったところ。ただ発射音が思いのほか大きく注目を引いてしまうためあまり人前で使用したくはない。


 そうして歩くこと数十分、ようやく街の中心部に近づいてきた。


 この街の冒険者ギルドの位置を知らないので、移動中に通行人に聞いている。すると、思った通り中心部、壁の中だという。以前に行った行政庁舎の近くだという。あと、街が大きいため簡易の出張所のようなものも街の外縁にあるらしくそちらでも手続きなど出来るらしい。

 とりあえずそっちは今度行くとして、今日は街の中心にある方に向かう。


 街の中心に向かいつつ、道を聞き、経路を修正し何度目かの聞き込みによりようやく冒険者ギルドにたどり着いた。

 確かに出張所が必要なほど中心寄りにある。ここだと街の外の依頼などは移動だけで手間がかかりそうだ。


 かなり大きく小綺麗な建物だった。扉は開かれているので、中に入っていくと中もかなり綺麗だ。建物内にいる人も皆身ぎれいというか文官というような感じの人が多く、戦いで生計を立てたりしているようには見えない。以前行ったことのあるギルドは柄の悪い人やガタイのいい人などがかなりいたのだが、ここはほとんどいない。


 まあ俺にとっては絡まれる心配が減って良いことなのだろう。


 まずは受付に向かう。カウンターに座っているのは10代に見える青年だった。


「すいません。こちらでステータスカードをいただくことは出来ますか?」

「はい、登録ですか? それともステータスカードのみと言うことでしょうか?」

「ステータスカードのみです。連れが持っていないとのことでして……」

「そのお連れ様はどちらに?」

「あ、えーと、今は別行動中で……」

「申し訳ありませんがご本人がいないとお渡しすることは……役所の方では事情のある方のために訪問も行っておりますのでそちらをご利用してみてはいかがでしょう?」


 ヴァーミリオンさんのステータスカードを貰っておこうかと思ったが、本人がいないとダメらしい。一応身分証代わりになる物だしな。当然と言えば当然か。役所の方では特殊な事情(病気で寝たきりなど)の人のために訪問する制度もあるそうだがギルドの方ではやっていない。仕方ない、ヴァーミリオンさんには当初の予定通り自分で作ってきて貰おう。


 その後、簡単に受けられる依頼は無いかと、受付の横にある掲示板――この辺りは共通なのだろう――に向かう。

 そうして内容に目を通していく。


 どうも張り出されている依頼のほとんどは街中の依頼のようだ。街の外の依頼という物がほとんど見られない。これは兵士が仕事をしていると言うことか、それとも出張所とか言う所に別に依頼があるのか。

 まあ、今の所は街からあまり離れる気は無いので、どっちでも良いことだと思い、再び掲示板に視線を戻す。


 街中の依頼と言っても色々だ。「新魔法の被験者募集」やら「期間研究助手募集」などはこの都市ならではの依頼だろうか。

 その中でふと目に止まった物がある。「オリハルコンの入手」と言う依頼だが依頼用紙は端が変色しており、かなりの期間放置されているのだろうか。しかし気になったのは依頼者だ。「ドットカール博士」……ベルクさんが言っていた魔導人形を作っている人だった。

 少し興味があるな。魔導人形。ベルクさんの家で見たが魔法で二足歩行ロボットが作れるのはどういった原理なのだろうか。

 ちょうどオリハルコンも持っている。シアンさん達の指示の元、着衣に仕込んでいる。

 他のファンタージ作品の扱いがどうなのか知らないが、この世界のオリハルコンの特性として魔力を完全に遮断するという物がある。つまり魔法に対する絶対の盾として機能するのである。そのため対魔法防御用に上着の胸ポケットなどに仕込んでいるのだが……そもそも今は街中にいるのだし魔法を撃たれることなど無い。


「あの、すいません。これを受けたいのですが」


 その依頼書を剥がして受付に持って行くと怪訝な顔をされた。


「え? これですか?」

「ええ、そうですが」

「……オリハルコンなんて希少な物、あてでもあるんですか?」

「え? ああ、少し……これ必要な量が書かれていないですけど、どの程度持って行けば良いのですか?」

「ああ……それは多分どれだけでも良いと言うことですよ。」


 俺の顔を胡散臭そうに見てくる。この世界の今の時代だとオリハルコンの希少性は金の比ではない。一介の冒険者がそんな希少品などと縁があるわけがないと疑っている顔だ。

 そんな受付にジャパニーズ愛想笑いで返す。

 受付は親切な人だと注意する程度はしてくれるが依頼を受け付けないという権利はないので疑わしそうな顔をしたままだったが受け付けてくれた。

 必要量が書かれていないのはそもそも入手が困難なのであるだけ持って来いと言うことだろうと言うことだった。

 そうして、俺が受けた後職員はその紙を又掲示板に貼りに行った。あるだけ持って来いというのでいわゆる常設依頼と同じ扱いなのだ。依頼書がボロボロなのも何度も貼ったり剥がしたりしているからだった。


 そうして俺はドットカール博士の居場所――いつもはドットカール研究所と言う所にいるらしい――を聞いて出発した。

ネルソンが空気になってる……癒やし系ペット枠としてもっとシーン多めのはずだったのに。

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