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57話 トラブル

 さて、問題が起こっていた。

 ヴァーミリオンさんと一緒にお昼を取るために装甲車を路駐して店に入ったのだが、食事を終えて出てくると装甲車を何人かの人間が取り囲んでいた。一般人が興味で見ているだけならかまわないのだが、どうやら馬と装甲車をローブでつなごうとしている。

 まさかレッカー移動か。路上駐車はこの世界でも違反切符を切られるのか!?


「す、すみません。すぐ移動させますので。」


 慌てて、その人達の間に入っていき言い訳を述べる。ちょっと止めていただけだ。すぐに移動させるので勘弁して欲しいと。……まあ実際この言い訳は現実だと通らないのだけれどね。異世界だし一縷の望みを掛けて。


「む? 何だ、貴様。この魔導馬車の関係者か?」

「あ、はい。すみません。路駐マズかったですよね。すぐに去りますので」


 レッカー移動させようとする一団の中から一際太った人が一歩前に出てくる。豪奢な衣装、綺麗にカールした髪、チョビ髭、多分一番偉い人だろう。

 何とかご勘弁願えないだろうか。罰金程度で済むだろうか?


「ほう、貴様の。そうか、ではこの魔導馬車を私によこせ!」


 は? よこせとは何を言っているのだろうか?


「あの……どういった意味でしょうか?」

「察しの悪い奴だ。そのままの意味だ。この魔導馬車は珍しいな。ワシが有効に使ってやろう。」


 この人とは初対面のはずだが何というか馬鹿にされている気がする。ものすごく態度が大きいし。まあ相手の年齢を考えればこっちは若造なのだからこういった態度なのか?  もしかして貴族とか偉い人なのだろうか。


「あの、いきなりよこせと言われましても……失礼ですが、どちら様でしょうか?」

「なっ! き、貴様、ワシを知らんのか!」


 誰か聞いただけなのにいきなり真っ赤になって怒り始めた。もしかして有名な人なのか? しかしこの街もこの国も、さらにはこの世界も初心者の俺である。この世界の有名人など知りもしない。


「申し訳ありません。もしかして有名な方ですか? 何分この街、と言うかこの国に来たのは最近でして……」


 相手がどの程度の有名人なのか知らないので、トラブルを避ける意味も込めてかなり下手に出る。


「冒険者か? フンッ! はやり無知な者達なのだな。まあいいだろう、私はワルター=アックダイ伯爵だ。」

「はあ……伯爵様でしたか。えっと……その魔導馬車が欲しいとのことでしたが、申し訳ありません。私達の移動手段ですので他人に売ることは考えていないのです。」

「売るのでは無い! よこせと言っているのだ!」


 目の前のアックダイ伯爵が声を荒げながらそう言う。言葉通りの意味だった。よこせって他人の物だよ。さすがに無理だよ。アックダイ伯爵がどの程度偉いのか知らないが、そんな無法が通るとでも思っているのだろうか? それともこの世界では普通に通るのか?


「申し訳ありません。譲ることも考えておりません。……さすがに伯爵様ともあろう者が平民の持ち物を強奪するなどと言うことは無いと思いますが。」

「こっ、このっ! 下手に出ておれば調子にのりおって! おい! コイツを拘束しろ!」


 いきなり周りの人間に俺を拘束するように言う伯爵。周りの――伯爵の部下だろうか。同じような服装を身に纏った数人の男達が俺を囲むように移動し始める。


 え? マジで?


 さすがに俺も遅まきながらヤバいことに気付いた。貴族制のある世界の貴族ってそんなに権力を持っていたのか。マズいな、どうしよう。穏便に納められるような言葉を探すがなかなか思いつかない。さすがに装甲車を譲る事はしたくない。お引き取り願うのにはどうすればいいか。


「えっと……どうするの? 殺そうか?」


 そんな俺にヴァーミリオンさんが近づいてきて耳元でささやいてくる。おふぅ、耳はだめぇ……じゃなくて、殺すとかさらっと言わないでください。怖いです。


「ん? おや? そこの女」

「ん、ボク?」


 そんなやり取りを見とがめられたのか、伯爵がまた声を掛けてきた。まだ解決策は思い浮かんでない。


「そう、お前だ。なかなか美しいな。ワシの側室にしてやろう。こっちに来い!」


 何か厄介事が増えた予感がする。ヴァーミリオンさんを見て側室。貴族が平民の女性を見初めて結婚するサクセスストーリー……では無いよなぁ。目の前の男性はメタボだし、かなり年上だし。悪徳貴族っぽい。


「あ、間に合ってます。夫がいるんで。」


 ヴァーミリオンさんはそう言って俺に腕を絡めてきた。


 ちょっ、おぉい!


 みるみるうちに眉がつり上がっていく伯爵。顔が真っ赤だ。……さっきから顔色がコロコロ変わっているが血管は大丈夫だろうかなどと現実逃避してみる。

 そういえば周囲が静かだが誰か助けてくれないかなと思いながら周囲を見渡すと、野次馬がちらほらいるが、皆気まずそうに遠巻きに見守るだけで声を掛けたり割り込んだりしそうな人はいない。


「なっ、き、貴様、一度ならず二度までも! おいっ! この男を殺せっ!」


 殺せの合図と共に周囲を囲んでいた男達が腰に付けていた剣やナイフを抜き構えだした。一応ここは天下の往来なのだが、本気なのか。切り捨て御免がまかり通る世界だったのか!? などとビックリする。


「落ち着いてください。ここは天下の往来です。しかも伯爵様の言い分を聞く限り、切り捨てられるほどの落ち度があったとは思いません。」


 なるべく丁寧な言葉で反論するが、相手は聞く耳を持っていないようだ。

 あいにくと俺達は腕っ節はともかく(ステータス的には平均よりちょっと上なので)、権力とは無縁だ。対応を誤ればこちらが悪い事にされるかも知れない。と言っても別にこれ以上下手に出ても同じだろう。となるとどうするか。ベルクさんが伯爵だったはずなので頼るか?


「何の騒ぎだ!」


 焦りながらどう切り抜けようか考えていたら、声がかかった。見るとこちらに近づいてくる数人の兵士(だと思う)。

やがてこちらにやってきた兵士が俺や伯爵を見る。


「これは……一体何の騒ぎですか!?」

「一介の警備兵など引っ込んでおれ! ワシはワルター=アックダイ伯爵だぞ!」


 やってきて事情を推察しようとする兵士にそう言い放つ伯爵。その名乗りを聞いて一瞬こわばる兵士達。しかし兵士は勇気を振り絞ったような表情で言い返す。


「いくら伯爵様であろうと、理由も分からず剣を抜いているものを見過ごすわけにはいきません! どうされたのですか!」

「くっ! この男がワシを侮辱したのだ! だから殺そうとした、文句があるか!」


「うーん、ムカつくね。殺そうか?」


 耳元で周りに聞こえないようにいってくるヴァーミリオンさんですが、すぐそうやって殺すとか言わないでください。


「侮辱とは?」

「その、私達が所有している魔導馬車をよこせと……あと連れの女性をいきなり側室にとか言い出しまして……」


 兵士がさらに事情を聞こうとするので、割って入り事情を説明する。兵士の人はそれをちゃんと聞いてくれた。兵士の方はマトモみたいだ。


「アックダイ伯爵様……さすがにそれは見過ごせません。ここはゴッドハート伯爵の治める街です。あまり勝手なことをされると、我々も領主様に報告せざるを得なくなります。」

「ぐぬぬ……」


 俺から事情を聞いた兵士達が取りなすが、アックダイ伯爵の顔は真っ赤で唸っている。


「クソッ! 覚えておれよ!」


 他の貴族の納める街で問題を起こすのがマズいのか、そんな捨て台詞を吐きながら伯爵様一行は去って行った。


「なーんか、諦め悪そうだね。あいつ絶対また来るよ。」


 ヴァーミリオンさんが不吉な予言をしているが、正直もう関わり合いになりたくない。おっと、兵士さん達にお礼を言っておかないと。


「ありがとうございます。おかげで助かりました。」

「いえ、この街の治安を守るのが我々の役目ですから…………アックダイ伯爵は少々悪い噂があります。ご注意を。」


 定型挨拶だけかと思いきや、去り際に兵士の人が小声で厄介なことを言ってくる。アックダイ伯爵はやはり悪徳貴族のようだ。戻ったら、シアンさん達にも気をつけるよう言っておこう。

 ベルクさんにも時間のあるときに面会して貰って相談してみよう。

トラブルのかほり

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