55話 物件探し
一晩お世話になった俺たちは朝食までご馳走になった後、ベルクさん達にお礼を言い屋敷を後にした。ベルクさんはシアンさん達ともっと話したかったようであるがさすがにこれ以上長居する気は無い。
「いつでも訪ねてきてくれてかまわない」と言うような言葉を掛けて貰ったが、この街の代表者だし社交辞令だろう。
元の世界に帰る方法など調べないといけないし。この件についてはまったく進展していないからなあ。
そういえば元の世界に帰る際にはシアンさん達の保護者が必要になるんだったな。ベルクさんに頼んでもいいかもしれない。いい人そうだし。
でも魔導人形を“物”として収集するのが趣味なのでシアンさん達の扱いがどうなるのか分からない点が問題ではある。
そうして俺たちは装甲車に乗って出発……と言っても隣の建物に行くだけなのだがね。
隣の庁舎はお役所だ。車庫に装甲車を止めて建物の中に入っていく。車庫と言っても馬車用の空き地だが。ここでも物珍しそうな目で見ている人達がいた。
この世界や国の不動産事情がどうなっているのか詳しくは知らないが、この街では行政が管理しているようだ。
正面入り口玄関を入るとかなりの人で賑わっていた。お役所なのでまあ当然と言えば当然なのだろうか。年齢層も老若男女様々だ。
雰囲気はギルドよりも上品な感じだろうか。勿論、現代日本の役所とはまったく違う。
正面にあった受付と思われるカウンターにいた女性に訪れた理由を話し、窓口の場所を教えて貰う。
そうして不動産関連の窓口まで行くと担当だろうカウンターに座っている男性に声を掛ける。
「すみません、この都市で家を探しているのですが」
「あ、はい、ようこそ。資料を持ってきますので少々お待ちください」
「あの、こういった物を持っているのですが」
そう言って席を立とうとした担当男性にベルク伯爵からの紹介状を取り出し渡す。
ソレを見た男性は表を見て、裏を見て、その後封の紋章に気付いたようでビックリして顔を引きつらせたあと「少々お待ちください!」と言ってダッシュで席を立ってどこかに行ってしまった。
そして少々待っていると、さっきの男性戻ってきて個室の方に連れて行かれた。いわゆるVIP用の商談を行うための部屋だ。
そうしてまた少々待っていると、扉を開けて入ってくるさっきの男性ともう一人、貫禄のある中年男性が入ってきた。おそらく上司だと思うが。
「ゴッドハート伯爵からの紹介状を拝見させて頂きました。この都市で物件をお探しとのことですが」
「はい、ですがこの都市には来たばかりでして……何分土地勘が無いのです」
「そうでしたか、ちなみにご希望などは――」
そう言って持ってきていたコロッサスの地図を机の上に広げる。
コロッサスは昔は円形の都市であったが、都市の拡大と共に形が崩れていき今ではアメーバのようによく分からない形になっている。
この円形の中心が今いる役所と伯爵邸である。ここを街の中心という。
なので、例えば外縁部の安い家を買おうとしても位置によって街の中心から遠かったり、そうでもなかったりする。
俺の目的は地球への帰還方法だ。なので、大きな図書館であるとか、有名な魔法研究所であるとかいった位置を確認していく。分かっていたことだが、大規模、有名なものは基本的に中心部に近い部分にまとまっている。他には魔王関連の研究をしている所であったり、空間を移動する魔法を研究している所であるが、さすがに小規模なところまでは男性は把握していなかった。資料は保管しているので調べれば分かると言うことであるが時間がかかるらしい。
どうした物か。中心に近いところにするか。お値段は高いが費用は伯爵様持ちである。一応地球への帰還を目指す俺としては、終の棲家では無いのだから利便性だけで決めてしまっても問題は無いかもしれない。
「申し訳ありませんが、少々よろしいでしょうか。この辺りについてお聞きしたいのですが」
今まで黙っていた、シアンさんがここで言葉を挟んできた。指さしているのはこの街の北東の外れだ。中心からは少し遠いため家もポツポツとしか無い。地図を見る限り境界線が引いてあり、土地としては広いので庭が大きい家があるのだろう。
そこに何かめぼしい物件あるのだろうか。それともシアンさん達なりのこだわりがあるのか。
「そこって……ああなるほど。そういやそうだったな」
レイヴンさんもなぜか納得している。何かしら示し合わせていたようだ。
「こ、こちらですか。こちらは、その……あまりお薦めが出来ませんが? 地下に固い岩盤があり井戸が掘れないのです。岩盤のせいで水はけも悪く。地下室も1階分しか確保できません。解決策は水路を引くなどですが、街から少し離れていますので、そのための資金が馬鹿になりません。」
「なるほど、それは思った通りです」
「ビンゴ! ってやつか」
やっぱり何か示し合わせていたんだろう。シアンさん達が納得している。まあ別にシアンさん達も住むわけだし彼女たちの意見を蔑ろにする訳にはいかない。こういった物に関しては男の俺が妥協すべきだろう。
街には確か街馬車という街を巡回する馬車があったはずだし、この集団の中での稼ぎ頭は俺では無いのだ。
と言うか考えてみれば、俺って冒険者だけれど、仕事はあまりやっていないし、シアンさんの貯金を食い潰している……“ヒモ”ってヤツじゃ無いか?
……悲しくなってきた。せめて自分の食い扶持ぐらいは稼ぐ程度に冒険者稼業をやってみようか。でもそうすると帰還のための調査が遅れることになるんだよなぁ。
「ではこちらは誰も住んでいないと」
「はい、大きな屋敷を建てたのはいいのですが水回りなどが非常に不便でしてなかなか……」
「地下室があるのはこれらの内どの物件ですか?」
「一応、ほぼ全てにありますが」
「分かりました。ではこちらから見てみたいのですが今からでも可能でしょうか?」
なにか、俺が落ち込んでいる内にドンドンと話が進んでいく。
最終的に、北にある建物を今から見学に行くことになった。
現地には役所保有の馬車で行く。どっちにしろ契約のためにもう一度ここに戻ってこなければならないと言うことで、装甲車は置いていく。
「ボク留守番しているよー」と言う言葉と共に、ヴァーミリオンさんとネルソンが装甲車で留守番に。
あれよあれよという間に俺たちは馬車で現地に。かなり広い街、しかも歩行者のいる道を行くのでそこまで速度が出ず、そこそこかかった。
もうシアンさん達マリオネット組で何かしらの意思疎通が完了しているようだ。こういったとき男は我慢だ。じっと耐え、女性が満足するのを待つのだ。自分の金で無いのだからなおさら。
行きの馬車の中で邪魔になっているという地下岩盤の大きさなどを確認していたが、役所の人もあまり詳しくは把握していないらしい。
そうして現地に到着した。
周囲を見渡すと高級住宅と言ったところだろうか、現地には広大な庭に屋敷と言っていい規模の建物が建っている。現在、人が住んでいないと言うことであるが、手入れ自体はちゃんとしているとのこと。
お隣の家がメチャ遠いんですけれど。誰が建てたのだろうか?
ゴゥン!!
「うぁ!」
「なっ!」
俺が周囲の建物を見回しているといきなり地面にしゃがみ込んだシアンさんが地面に向けて衝撃波のような物……魔法? をぶっ放した。いきなりのことに俺と役所のオッサンが驚く。が、シアンさんとレイヴンさんはマイペースで会話を続けている。
「観測しましたか?」
「ああ、バッチリ。中心と土地割りから考えて、あっち。右隣の家だな。」
「そうですね。失礼、あちらの家を見せて頂きたいのですが?」
「え、あ、ああ、はい」
何だろう。ものすごく置いて行かれている。シアンさん達は何か、今いる隣の家を見せてくれと言っている。隣と言っても敷地が広い屋敷なので結構な距離がある。
急に声を掛けられたオッサンが少しビビっているな。
そうして隣の家を見せて貰った。ここもさっきと同じような規模の家だ。広大な庭と大きな屋敷。
この辺りは高級住宅街として整備していたのだろうか?
「ふむ……主様、独断となってしまい申し訳ありませんが、この物件がよろしいかと思います。必ず主様にとっても良い結果となるでしょう」
「ヒヒヒ、そうだな。」
シアンさんが俺に最終的な確認を取ってきたのだが、ここを指定した意図が分からない。確かに大きな屋敷で不自由はしないだろうが。水回りなど多少不便だという話だ。街の中心からも離れている。
あと、レイヴンさんが何か面白がっているんだよな。多分何かしら理解しているのだろう。だが話すつもりは無いようだ。問いかける視線を向けてもニヤニヤしたままだ。
「分かった。シアンさん達も住むんだし別に決めてもいいよ。俺は……別に文句は無い」
「ありがとうございます。では、こちらの屋敷と両隣の敷地を購入したいと思います。」
「ファー!」
え? この家だけじゃ無かったの? 両隣って3件分買うの? え? どういうこと? 費用ベルクさん持ちと言ってもさすがに……
と言うかどういった意図があって……
「あの、シアンさん。なぜそんな広大な土地を?」
「……必ず主様の役に立つでしょう。今はご納得ください」
シアンさんは目でチラチラと訴えてくる。おそらく他人に聞かれたくないのだろう。ここには役所のオッサンもいる。
後で聞けばいいか。なぜか手遅れな気がする。
「わ、分かりましたでは書類を作成しますので一度役所の方に戻りましょう。」
オッサンの言葉で来たときと同じように馬車に乗って戻っていく。
そうして役所に戻り書類一式を作成する。
シアンさん達が求めた土地はかなり広大だったようだが、元々固い岩盤が邪魔をして少々不便であり、また人が住んでいないところ、街の中心からも遠い場所だっため相場よりはかなり安かった。
と言ってもあくまで「相場よりは」と言うだけで広大な土地――東京ドームぐらいあるかもしれない――は目玉が飛び出る値段だった。ベルクさん大丈夫かな。苦情が来たりしないだろうか。追加でオリハルコンやミスリルの武具を奥って置いた方が良いだろうか。
など悶々と考えている間に書類の作成が終わり、俺がサインするだけになった。
「はい、確かにいただきました。ではお買い上げになられた家屋の鍵となります。維持管理はコロッサス行政府が委託して行っておりましたが本日をもって、ケイタ様方に管理が移りますので停止します。また――」
サインした書類を確かめながら、屋敷の維持管理の注意点など色々と話し始める。
また別の男性が購入した家の鍵を持ってきて俺の前に置いていった。
「終わったぞー!」
「ほいほい、じゃあ向かおうか。運転はボクがするの?」
「いえ、ヴァーミリオンは場所を知らないでしょう。私がします。途中昼食も必要ですし。購入したからと言ってすぐに屋敷が使えるわけでは無いので。物資も心許なくなってきていますし補給も行います。」
契約書類に屋敷の鍵などをもって俺たちは装甲車で待っているヴァーミリオンさんに合流。その後、昼食と不足してきた物資の購入のため商店に寄り道することになった。
「で、何であんな広い土地をほしがったの?」
走る装甲車の中なら部外者は誰もいないので早速聞いてみた。あんな利便性とは無縁なところをほしがるなんて何か理由があるのだろう。シアンさん達にしか分からない理由が。俺はお世辞にも頭が良い方では無い。なのであれこれ突っ込むのはやめておいたのだが、
「はい、あそこは在アヴニル・スルーズ連邦軍基地があった場所です。――主様達が古代魔法文明と呼ぶものです。地中探査の結果大きな損傷も無く原型を止めていることが確認されました。おそらく生きている可能性があるかと。」
「……(呆然)」
「イヒヒ、『必ず主様の役に立つ』だったけ。確かに立つだろうな。いろんな意味で。」
レイヴンさんがニヤニヤしながらこちらを見ている。
お、お、おのれぇぇぇぇ!!!! 計ったなぁぁぁ!!!!
どんどん増えるよ~




