54話 コロッサス3
扉を開けたのはセバスチャン。
開いた扉から壮年の男性と、クリスティーヌさんが部屋に入ってきた。がっしりした体つきで年の頃は40代程度だろうか、クリスティーヌさんと同じ金髪なので関係者、と言うかおそらく家族だろう。
彼女たちはそのまま俺たちの対面の――上座に座る。そうして壮年の男性が口を開いた。
「さてと、我が家へようこそ。私はこのクリスティーヌの父親でありこの都市の領主も務めているベルク=ゴッドハートという。」
「ご丁寧にありがとうございます。私はケイタ=アキヅキと申します。冒険者をしております。」
「同じくシアンと申します。」
「レイヴンだ…です。」
「ヴァーミリオンです。」
クリスティーヌさんの父親――ベルクさんが椅子に座りながら自己紹介して軽く会釈をしてきたため、俺たちも同じように返す。
「クリスティーヌより話は聞いた。まずは娘を救ってくれたこと感謝する。」
そう言ってベルクさんは頭を下げた。
「頭を上げてください。たまたま通りかかっただけですから。それに亡くなった方もいますし」
慌てて頭を上げるように言うのだが、未だに頭を下げたままだ。
「それでもだ。娘が無事でいるのはあなた方のおかげだ」
「私からも改めて感謝を。」
そう言ってクリスティーヌさんも頭を下げてきた。正直こういった場合、どうすれば良いのか分からないので困る。
「いえ、それについては報酬を頂くことで納得しておりますので、そこまで感謝して頂く必要は……」
そう言うとクリスティーヌさん達は頭を上げて俺たちを見る。
「おお、そうだったな。確かこの都市で家を探しているのだったか。娘の命の恩人だ、勿論それなりの便宜を図るつもりだ。」
そう言い出したベルクさんだがその横からクリスティーヌさんが言葉を挟んだ。
「お父様それだけではありませんのよ。」
そうして視線をセバスチャンの方に向けると、扉の側にて待機していたセバスチャンがその意をくみ、布に巻かれた何かを持って来てテーブルの上にそれらをそっと置いた。
まあ、俺たちが譲ったお土産(オリハルコンの剣)だろうけど。
ベルクさんはそれを見た後、クリスティーヌさんを見て何やら目で通じ合ったのか、その何かの布をいそいそと取る。
中から出てきたのは、予想通りオリハルコンの長剣と短剣だった。
「これは?」
ベルクさんはそれを掲げたり様々な方向から観察しながら尋ねる。それに答えたのはクリスティーヌさんであった。
「これはオリハルコン製の装飾剣ですの。冒険者であるケイタ様より譲って頂きました。お父様への贈り物としてどうかと思いまして」
「お、オリハルコンっ!」
おーお、何というかアゴがはずれそうなほどビックリしているよ。クリスティーヌさんの方はしてやったりと得意顔だ。
「セバスチャンに鑑定もして貰いましたし間違いありません。ケイタ様達は何でも古代魔法文明の遺跡などを冒険なされたそうなのですよ。」
「な、なんと…………貰っても良いのかね?」
そう恐る恐る俺たちの方を向き聞いてくるベルクさん。しかし瞳はキラキラと輝いており、手に持った剣と俺とを行き来している。
「ええ、クリスティーヌさんにも申し上げましたが、貰って頂ければと」
「そうか、そうか! 不動産を探しているんだったな。確か中心に近い貴族邸が売りに出されていたはずだ。勿論資金は立て替えよう。どうかね? おい! 紹介状を持ってこい、一筆書く!」
先ほどまでのダンディーというか威厳のある姿勢はどこヘやら、やたらとハイテンションでセバスチャンが持ってきた紙にサラサラと――紹介状だろう――書き始めた。
そうして書き上げた紹介状を折りたたみ慣れた手つきで封をして俺に渡してきた。
「物件紹介の件であるがこれに記載している。この建物の隣にある行政庁舎に行き見せれば優先的に対応してくれるであろう。かかった資金も全額こちらで精算する旨書いてある。」
「ありがとうございます。」
お礼を言いその封がされた書類を受け取る。
「いやいや、礼を言うのはこちらの方だよ! なんせオリハルコン製の剣をいただいたのだからね。これで一族3代は安泰だよ!」
本来の目的は観賞用で屋敷に飾っておくだろうが、もし困ったら譲ったり売却すれば莫大な後ろ盾や金が手に入る。俺達にその伝手は無かったが貴族ともなると当てがあるのだろう。3代が遊んで暮らせるというのもフカしでは無い。
……伝手か。アゲアゲさんは良い人だったのだが所詮は一介の商人だ。別の伝手は確保しておいても良いかも知れない。そんなことを受け取った紹介状をポケットにしまいながら考えた。
「あの、実は冒険者として活動しているのはご存じであるかと思うのですが、我々はベルク様にお譲りした物以外についても古代魔法文明時代の品を入手しているのです。もしよろしければ売却先の伝手などご紹介頂ければと思うのですが……」
俺が恐る恐る伺うとベルクさんは再度驚いた顔をした。
「な、なんと! 他にもあるのかね。確かにそういった伝手という物は一介の平民には難しい物があるだろう。高価な物をホイホイと持って行けば怪しまれるかもしれんしな。出来れば私が欲しいところだが……そこまで資金に余裕があるわけでも無いし……セバスチャン! 紹介状を! ちなみにどういった物があるのかね?」
またしてもセバスチャンが持ってきた紹介状に書き込みながら聞いてくる。
「基本的には先ほどお譲りしたような武具類となりますね」
「そうか、武具類なら武器屋なのだろうが古代魔法文明産となると装飾店などの方が良いか? いや、この街にある研究所なども高く買ってくれるだろうな。――っとこれが紹介状だ。この街であればどの店であってもこれを見せれば無碍にはされないだろう。」
「ありがとうございます。」
そう言って両手でもう一つの紹介状を受け取る。そうしてそれも上着の内ポケットにしまい込んだ。2通の紹介状は大きさや紙の色が異なるので混同しないだろうと同じポケットにしまい込んだ。クシャクシャにならないよう注意しなければならないが。間違えて洗濯に出すとかね。
「ちなみに古代魔法文明というのは――」
「ケイタ君のパーティーメンバーは見目麗しい女性ばかりのようだが、冒険者という稼業は――」
その後はベルクさんも俺たちの冒険譚などを聞きたがったようだが、クリスティーヌさんにしたようにそこまでたいそうな冒険というのはしてない。
パーティーメンバー――シアンさん達については冒険者と言われても信じられないぐらいに美しいと言うような褒め言葉を何度か聞いた。「もちろん妻が一番だがね」と言うのろけの言葉と共に。
話している間、ベルクさんは終始ニコニコとしていた。貴族と言うから恐縮していたが思ったより柔和な感触であった。勿論真面目なときは威厳があるのだろうが。
「ところでそちらの女性は竜人族かな。私も何人か会ったことがあるが、少々角の特徴が違うようだが」
会話の中でふとベルクさんがヴァーミリオンさんを見ながらそう言ってくる。
…………あ、忘れてた。
レイヴンさんには人前に出るときは角などを収納するように言っていたのだが、ヴァーミリオンさんには言っていない。そもそも彼女と会ってから俺達しかいない旅だったので気にしていなかったからだ。別に竜人族だと思われても良いのであるが(この世界では人間と同じような扱いで人権もあるので)、実際には違うので妙なところでボロが出るかもしれない。結局曖昧な返事をしてごまかすことにした。
一応、ヴァーミリオンさんにも後で隠すように言っておこうと思いながら。
余談だが竜人族は珍しい種族ではあるが、コロッサスは非常に大きく人口も多いので、少なくない人数が暮らしていたりする。なので、慣れない者にとっては、多少目に止まると言った程度でもある。
そうこう話している内に日も暮れてきて、是非泊まっていってはどうかと誘われた。俺たちもこんな夕暮れから宿探しは難しいと感じたのでお言葉に甘えた。
夕食はデカいテーブルでベルクさんとクリスティーヌさんに俺たちがそろって食べた。メイドさんが出してくれるのは洋食のコース料理のような物であった。非常に美味しく食材も料理人の腕も良いのであろう。さすが貴族様だ。お金持ちなのだろうと思わされた。
ネルソンも床で肉がのせられた皿が目の前に置かれている。お利口なことに、こちらが食べ始めるまで“待て”をしている。
そしてこの屋敷にいて思ったことだが、人間に混じってかなりの数の魔導人形が働いているようだ。
「驚いたかね。私は魔導人形の収集を趣味にしていてね。一体一体それぞれに動作や外見の違いがあり――」
食事の途中にベルクさんが魔導人形収集癖について話す事があった。動きがなめらかなのは○○研究所のものだとか、○○先生が外見を人間に近づけようと試行錯誤しているとか、コロッサス内の魔導人形事情についても詳しいようだ。お酒も入って口が良く回る。趣味のことだからなおさらだろう。
俺たちがウンウンと聞いているとベルクさんが唐突に古代魔法文明について言及しだした。
「そういえば知っているかね? 古代魔法文明時代には人間と見分けが付かないほど精巧で多機能な魔導人形があったそうなのだよ。オートマタという名前では無かったそうだが……実はこれを入手するのが私の夢でね。ケイタ君達は古代魔法文明の遺跡を探検したのだろう? 何か知らないかね?」
口に入っている物を吹きそうになった。それってアレですよね……マが付くヤツですよね。俺の横でメシ食っている奴らですよね。
「それは何の事を言っているのでしょうか?」
あれ? シアンさんがとぼけましたよ? 自分の正体を明かすつもりは無いと言うことだろうか。
「古代魔法文明時代には人型という物は複数の用途、名称で作成されています。遺伝子改造による強化人間から、完全な機械技術による物まで、様々です。現在我々が確認しているのは人型戦闘機ですが」
シアンさんがなおも言葉を続けるがマリオネットという言葉を出してしまった。逆に正体を明かすのだろうか? まあ、別に絶対に正体を隠さなければならないと言うことは無い。面倒事に巻き込まれなければであるが。
「おお、色々な物が存在したのか! その一種類が『マリオネット』というのかね。是非見てみたいものだ!」
ベルクさんは手がかりが入手できたと言うことでテンションが高くなってきた。て言うか、今あなたの目の前にいるのですがね。
まあ別にいいけどね。俺は目の前にあるメインディッシュの肉料理をナイフで切り、口に運ぶ。うめー。何の肉だろう。A5ランクの国産和牛……は食べたことが無いがこれくらい美味いのだろうか。
「それでしたらある意味達成されています。私達がそれですから。」
「ん、どういう意味だね?」
ベルクさんは分からない風に首をかしげている。
と言うか正体バラしてしまうんですね。俺は口を動かし必死に美味い食事を味わいながら耳を傾ける。このサラダもウメー。ドレッシングがピリ辛で合うね。
「いえ、ですから、私とレイヴン、ヴァーミリオンはベルク殿の仰るところの古代魔法文明時代の魔導人形――人型戦闘機です。」
「…………ん? 聞き間違いかね? 君たちが……」
「私達は人型戦闘機と呼ばれています。人間ではありません。」
「…………」
あら、ベルクさんと隣で食事を取っていたクリスティーヌさんもポカーンとしているよ。何を言われているのか理解するのに時間がかかっている様子。
「あー……セバスチャン……」
「はい……シアン様、〈鑑定〉を掛けてもよろしいでしょうか」
「問題ありません。ただあまり大声で喧伝するようなことは控えて頂ければ」
「承知しております。――――確かに、……人間ではございません。人型戦闘機とあります。」
〈鑑定〉を使った数瞬後に目を見開き驚くセバスチャン。そうしてその言葉を聞いて驚きそして目を輝かせるベルクさん。
「お、おお、本当に……君達が古代魔法文明時代の……魔導人形だと……」
「まあ、お姉様方が……」
食事の手も止まり、目を輝かせながらシアンさん達を見ているベルクさん達である。
もう俺は口を挟めないので食事を楽しむことにした。ネルソンも皿にのった肉料理をガツガツと食べている。豪快に食べているように見えて周りにこぼしたりはしていない。行儀の良いヤツだ。
なお、シアンさんたちが自分の正体をバラしたのは単純にそうしても問題ないと考えたからのようだった。貴族であり、一都市の統治者であるということで口が堅いのは確かあろうし、下手にペラペラしゃべるような地位にいる人物でもない。最悪自分の上司――国の要職に就く人や国王(公国なので公爵?)などに話す可能性はあるだろうが。
それ以上に、自分たちの正体を隠していた場合、何かの拍子でバレた時に起きる面倒ごとのほうが厄介だと考えたらしい。そもそも今までもこれからも戦闘に関してはシアンさん達頼みだ。それを隠し通すとなると出来ないことはないのかもしれないが、果てしなく面倒くさい。
なら、最初から味方とまではいかなくとも秘密を共有する仲にしてしまったほうがいいという考えだった。
――そして、最悪の場合はシアンさん達であれば力に訴えることができる。この文明レベルであれば軍が出てきたところで問題ない。……らしい。
「こ、ここまで人間に近い物なのか……ちなみにではあるが所有者などの決定はどうなっているのかね」
「こちらのケイタ様を主人として登録しています。」
「ゆ、……譲って頂くことは?」
「無理です。」
一瞬俺の方を見たベルクさん。所有者情報云々の話であるが、俺に伺うような視線を向けられてもどうしようも無い。シアンさんも即座に否定したし。
否定の言葉に落胆したような気配を一瞬漂わせたベルクさんであるがすぐに気持ちを切り替えたのか、今度は俺達に色々聞き始めた。
「人型戦闘機というのはどういった物――」
「今後、他にも同じような魔導人形が見つかる可能性は――」
「あの魔導馬車も古代魔法文明の――」
それに対してメインは俺が回答している。一応シアンさん達の主人という事になるわけでまたリーダーでもある訳なので。と言っても古代魔法文明時代については俺よりシアンさん達の方が詳しいんだよね。たまに助け船を出してくれるし。
食事終了時にはベルクさんはホクホク顔だった。古代魔法文明時代の遺産、自身の趣味である魔導人形を直接目に出来たからだろう。
街の有力者とお近づきに。テンプレっぽいですね。




