49話 未だ森の中
さて、ヴァーミリオンさんの修理も終わり、そのあと弾薬製造機の使用方法などをシアンさんから確認していたら夕暮れになった。
なお俺たちは未だ主要街道に戻れておらず、未だに道なき道を走っている。車両にはライトもあるし夜通し走ることも出来るのだが、さすがに休み無く運転して貰っているレイヴンさんにも悪いし今夜はこの辺りで野宿することにしよう。
「とりあえず休もうか。どこかに停めて」
「別に夜通し走ってもいいんだぜ?」
「さすがに疲れるんじゃない? それに事故とかも怖いし」
「分かった」
そう、ここは未だ森の中。明かりなど装甲車のヘッドライトしか無い状態だ。月明かりは木々に隠れてほとんど無いし、街道に出てもこの世界に街灯など無いのだが、事故って身動きがとれなくなっても困る。
と言うわけで、比較的開けた場所を見つけたので、装甲車を停めて今晩は野宿することにする。
ここで役立つのが以前、村の猟師さんに貰った虫除けの薬だ。これは固形薬品で別に火を使うわけでも無く蓋を開けて適当なところに置いておけばいいらしい。するとビックリ、地球の虫除けスプレーよりも効果があるのだ。虫が嫌う匂いを出すらしい。
後部ランプドアを開き外に出てみる。
木々の間から見える夕暮れ空は綺麗で雲はほとんど無い。おそらく今夜は雨の心配は無いだろう。
周囲にある枯れ木や落ち葉を集めてさっと組んで持っているライター(っぽい魔導具)で火を付ける。たき火の完成だ。何度かやっているうちに慣れてしまい今ではそこそこ手際よく用意できるようになった。
そうして積んでいた干し肉やパン取り出して食事の用意だ。保存用のパンは非常に固い。と言うかカチカチでそのままではまず食べられない。一緒に購入したスープの素(と言うほど上等な物でも無いが)を薪で湧かしたお湯で戻し、そこにパンを浸して数分間放置する。それで何とか食べられるようになる。干し肉の方はビーフジャーキーみたいな味だが少々塩気が強い。つまみ程度なら最適なのだが……。今はそれに加えて輸送艦で手に入れた保存食がある。基本そのまま食べられるし濃い味で腹にたまる。非常に技術格差を感じるものだ。ただしこれは今後補給できないので、昼食として車内で取るときにして朝、夕食はこの時代の保存食をとっている。
さて、夕食の準備をしている内にヴァーミリオンさんには着替えて貰っている。以前のスーツのままではさすがにまずいだろう。
食事の準備よりも早く着替え終わったヴァーミリオンさんが出てきたが……なぜかメイド服だった。
「えっと、ヴァーミリオンさん、その服は?」
「いや、シアンちゃんに聞いたらこれしか無いんだって」
……いやいや、シアンさん。なんでメイド服なの。他の服は? まさか買ってないの?
そのまさかだった、俺の服は自分で買ったので把握しているがシアンさん達の方は任せていたので把握していない。聞いたら、全てメイド服だった。
「これ以上に私たちにふさわしい服があるでしょうか、いえ、ありません!」
そんなことを力説していた。
さて、結構な頻度で野宿をする羽目になっているのでもう慣れた物だ。
日本にいた頃には将来車を買ったらそれでキャンプにでも行ってみたいと思っていたが、存外悪くない物である。と言うか、この世界、宿のベッドの質もそこまでよろしくないので車中泊でもあまり気にならなくなってしまった。
食事を終えたらテント設営となるが、この世界のテントなんて結構雑な物である。
アンカーなど打たなくても、装甲車と付近の木にロープを張りそこに布を張って雨風をしのげればそれでいい。
「主様、何もそんなところで寝なくても」
「さすがに女性と一緒に寝るわけにはね」
この前の二の舞にはなりたくは無い。
「なら車内で――」
「何かあったら頼りにするんだし、シアンさん達が使ってよ」
「は、はい! 勿論です。頼りにしてください!」
そう、車内の方が居心地がいいのであるがシアンさん達3人にそちらを譲っているため、俺は車外で寝ることになる。テントも張ったし、寝袋もあるので問題ない。事前にシアンさん達に大型動物が付近にいないことも確認済みである。
魔物もこの辺りにはあまりいないそうだ。小型のものは移動中などにたまに近くに寄ってきていたりもしたらしいが、別に襲いかかってくるようなことも無かった。単純に装甲車の大きさにビビって出てこなかっただけだが。
「おお、悪いな。何かあったら大声を上げろよ」
「お言葉に甘えるね」
レイヴンさんとヴァーミリオンさんは比較的簡単に納得してくれたしシアンさんも上手く丸め込めた。
地面の固い場所で寝ることにあまり苦は無い。ちゃんと寝袋もあるし。
と言うわけでお休み~ すぴ~
翌日、再度森の中を進んでゆく、光を遮るほどにうっそうと茂る木々、地面の様子を鉄壁の防御で隠す雑草や落ち葉。視界はそこまで悪くは無いのだが、地面の状態はわかりにくいためスタックなどが心配だ。
現状、現在のおおよその位置から【コロッサス】の街の方角に向けて一直線に進んでいる。
シアンさん達の魔力感知機能によると違う方角にも反応があるのだが、反応の大きさから人間の場合は3~50程度の集団……つまり小さな村のようだ。今のところ補給物資などにも困っていないし、そもそも目的地と方角が全然違うため無視してまっすぐ進んでいる。
余談ではあるが、現在使用しているのはレイヴンさんと出会った街で購入した地図である。輸送艦ミューラーやシアンさんがいた地下施設などにこの大陸の地図データは存在した。非常に詳細な物で各種データもそろっていたのであるが、いかんせん3000年前の物である。大陸大移動などは無いがそれでもかなり変化している箇所もあるだろう。最も問題なのは現在の各国の国境線や街の位置が記されていない事である。そのため少々いい加減ではあるが街の位置関係ぐらいは正確であろうと思い現在の地図を使用している。
朝食は野営後で軽く摂り、昼食は車内で軍用レーションを食しながら。俺は昼食時ぐらい小休憩してもいいと思うのだが、シアンさん達は別に疲れていないらしいし。となると俺だけ泣き言を言うというのもはばかられる。ただでさえ運転は任せっきりなのに。
さらに、朝も少し遅めの出発となっている。どうやら、俺が疲れているらしいと言うことでシアンさん達に気を遣わせてしまった。
そうして本日も退屈な日中移動だった。何せ俺はすることが無い。この手の大型車両の運転経験など無いし、周辺警戒もシアンさん達がやってくれる。移動中の装甲車の中なので出来ることなど限られている。
さて本日も野営である。森を抜けるにはもうしばらくかかるかも知れない。上手くいけば街道などと合流できるかも知れないが、地図を見る限り街へと着くのはもう少し先だろう。
さて野営と夕食の準備であるが、移動中は車内に缶詰だったので、体をほぐす意味でも少し駆け足気味に張り切って準備をする。と言ってもすることは変わらないが。
適当な大きさの石を積み上げて三方を囲み風よけとし、その中に枯れ木を集めて、着火。なるべく乾いている木を選んでいるつもりであるが、火が着きにくいな……落ち葉を多めに混ぜて着火。
上手く火が着いたので、ヤカンでお湯を沸かす。この世界は【ウォーター】の魔法があるので旅人も飲み水を持ち歩く必要が無いのは便利だ。船旅とかも楽なのでは無いだろうか。
夕食のメニューは前日と同じだ。と言ってもドライフルーツや食べられる野草などで味付けを変える他、パン自体に味を付けたものもあるため結構味が変わる。と言っても美味しいかと言われれば微妙ではあるが。
「主様、反応は小さいですが、こちらに何かが向かってきます。」
たき火を中心に食事をとっていると、ふと皆が茂みの方を向いた。そうしてシアンさんが報告してくれる。ただ皆立ち上がったり武器を手に取ったりしないので、そこまで警戒するほどでも無いのだろう。反応は小さいと言うことはネズミとかリスなどだろうか。たき火の明かりにつられてやってきたのかも知れない。
しばらくして皆が見ていた方向にある茂みがガサガサと揺れたのだが……揺れ方が思ったより大きい。
やがてそれは姿を現した。




