2話 ようこそ異世界へ
「よくぞいらっしゃった、勇者殿たちよ。」
気が付けば荘厳という言葉が似合いそうな大広間に俺を含め12人の人間が固まっていた。
そのうち3人は知っている。会社の同期だ。後の8人はさっきも見た高校の制服を着ているから地元高校の生徒だろう。よくよく見れば記憶が途切れる前、電車に一緒に乗っていたかもしれない顔ぶれだ。
足元には土足で上がっても大丈夫だろうかと不安になるほど綺麗な大理石製だろうかと思われる白い床、周囲の壁や柱も白一色だが、そこには緻密な彫刻がなされており、いま世界遺産の建物にいますと言われても信じてしまいそうだ。
俺たちの正面少し離れたところにはこれまた白を基調とし、青や金の刺繍の入った法衣のようなものを着た白い髭を伸ばした老人がいる。その頭には、ゲームの僧侶なんかがかぶっている妙に高さのある帽子をかぶっている。威厳たっぷりだ。おそらく地位の高い人なのだろう。その隣には着ている物は豪華だがでっぷりと太って台無しになっている毛の少なくなったおっさんがいる。このおっさんだけ衣服などの色合いや雰囲気などが周囲の景色から浮いているような気がするが、とりあえずおいておく。さらにその両脇を固めるように10名ほどのまた同じく白を基調とした法衣を着こんだ人々がいてこちらに跪いている。この人たちが着ている法衣は正面の老人のものより数ランクほど下に見える。それでもちゃんと洗濯などされているのかシミひとつないが。
なんだろうかここは。
「さて、皆様混乱されていることと思います。なので今から説明をしたいと思いますので部屋を移動しましょう。」
何が何だかわからないまま今いる部屋を出て会議室のようなところに案内される12人。会議室といっても、日本のように質素な大部屋に長テーブルが並んでいるだけとかではなく、非常に豪華だ。この部屋も白系統で統一されているが、壁には彫刻が彫ってあるし、中央にある大きなテーブルは大理石製と思われ重厚感と高級感にあふれている。片側の中央にさっきの一番偉そうな老人が座り、その横に同じく毛の少ないおっさんが座る。そして俺たち12人がもう片側に思い思いに座っていく。出入り口にはさっきは見なかった剣を携えた白い鎧を着た騎士みたいな人たちが2人ほど立っている。
「さてとまずは自己紹介を。私はここアーガス聖王国にて教皇の地位にありますリオ=デ=ジャネイヨと申します。こちらはこの国の国王でいらっしゃる――――」
そこから、一番偉そうなリオ何ちゃらさんが一方的に話していく。
そこで聞いた衝撃の事実。なんとここは日本ではないらしい。異世界にある国、アーガス聖王国の中にある聖統教会という宗教組織の教会らしい。
この国というかそれ以外の国でもだが、近年魔物と呼ばれる人間を襲う生物、そして人とは異なる魔族と呼ばれる種の動きが活発になってきており、人間側としては困っていた。
そしてさらに、最近聖統教会の巫女が神託を受け取ったことにより魔王の復活が明らかとなった。
そのため以前の魔王復活時に行われた異界より勇者を召喚する義を今回も行った。そこに出てきたのが俺たち12人だという事らしい。
なるほど…………信じられんな。
まずそもそもここが異世界なのかどうかが不明だ。なんせ俺たちがここに来てから建物の外には出ていない。外に出たら高層ビル群がありドッキリでしたー。なんてことがあるかもしれない。
百歩譲ってここが異世界だとしても、この老人がすべて本当のことを言っているとも限らない。
何か一人だけ「異世界キタ――――!!」とか言ってるやつがいるが、あれは大丈夫なのだろうか。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。」
男子高校生の一人が声を上げた。どうやら同じようにここが異世界など信じられないらしい。しきりに何か証拠を見せろと言っている。
対して老人は今この場で証明するのは難しいので、時間をかけて理解していってもらうしかないと言った。
まるで、時間はたっぷりとあると言わんばかりだ。もしそうなら、いきなりドッキリでしたなんてこともないだろう。そもそもドッキリにかけられるほど俺たちは有名人じゃない。それに、面識のない社会人と高校生が混じっているというのも、ある種ドッキリじゃないといっているようなものだ。
次に勇者召喚についてだ、さっきとは別の男子高校生が勇者というものについてまた、魔王という存在について詳しく聞いている。
勇者というものは、神が与える『称号』の一つであり、必ず一般人よりも高い『ステータス』を持っているらしい。このステータスについては後で測るらしい。どうやって測るのかは不明だが。
魔王というものは魔族と呼ばれる人間に敵対する種族の王であり、この魔王がいると魔族や魔物が組織的になったり活発化したりするらしい。
そのため、『勇者』が『魔王』を倒すというのがこの世界での常識らしい。そして前代の『魔王』がいた際に、異世界より勇者を召喚するということが行われており。今代もそれを行ったということだ。
魔王は人間の天敵ということだが、それならば、軍隊とか出して圧倒的な物量で攻め滅ぼせよ。とか思うが、どうやらこの世界にはさっき聞いた『ステータス』というものがあるらしく、これが上回っていれば、それこそ圧倒的に高ければ一人で千の軍勢でも相手にできるらしい。
「あの……元の世界には帰れるんですか?」
会社の同期の福田さんがそう聞いている。一番聞きたかったことだ。だが、それに対しての答えは否だった。呼び寄せる方法は知っていても返す方法は知らないらしい。そこでみんなが絶望的な表情になる。「ただ、」と前置きしてこう続けた。「前代の勇者は魔王を倒した後に元の世界に帰って行った」と
その言葉で幾分雰囲気が和らぐ。
「――ご理解いただけましたでしょうか。まあ、他にも聞きたいことは山ほどあるでしょうが、時間はまだあります。本日は頭を整理する意味も込めてもうお休みください。」
老人がそう言うと、会議室の扉から女性たちが入ってきた。服装は白でまとめられたシスターのような質素なものだ。
その人たちに案内されて俺たち12人はそれぞれ部屋へ案内される。どうやら一人一部屋をあてがわれているようだ。また先ほど案内してくれたシスター風の人が「何かありましたらいつでもお申し付けください」と言って鈴のようなものをテーブルに置いた。受付カウンターとかにおいて人を呼ぶ際に鳴らすやつだろう。
案内役の女性が出て行ってから部屋を見渡す。10畳ほどだろうか、わりと大き目の部屋に、ベッドとテーブル、椅子がある。絨毯もひいてあり、土足で上がっても大丈夫かと心配になってしまう。
今の俺の所持品を見直す。入社3日目ということでいまだ小綺麗なスーツに財布とスマホがポケットに入っている。所持金は3万円とちょっと、スマホは一応電源が入るが圏外となっている。靴は同じく新品の革靴。後、手に持っている通勤用に買ったカバンにはノートと筆記具、ポケットティッシュに折り畳み傘。以上が今持っているすべてである。
部屋に窓があったので外を見てみる。どうやらここは丘の上にでも作られているのだろうか、眼下に街並みが見えるが、どうもビル群ではなさそうだ。少し離れた場所に1階や2階、高くても3階程度の石や木で作られた家が立ち並んでおり、少なくとも日本ではなさそうだ。海外旅行はしたことが無いので、実際にこういった街並みがあるのかは知らないが、昔の欧州の街並みが一番近いだろうか。もちろん頭に「テレビやゲームで見る」という言葉がつくのだが。自分の知らない世界の名所みたいなものがあるのかもしれないが、正直この景色だけでも異世界だと信じてしまいそうだ。
この窓から脱出したらどうなるんだろうかとかも思いもしたが、地上3階程度の高さはあるのでやめておく。
色々とあるがとりあえずベッドに寝転びながら疑問点を並べてみた。
・ここが異世界というのは本当か。(もちろんこれが第一となる。以降の疑問点はこれを肯定した上でのもの)
・そもそも『聖統教会』とはどういった宗教組織なのか
・教皇を自称した老人が国王の紹介まで行っていたことから『宗教』が『国』の上にあるのか
・魔王、魔族、魔物とは具体的に何か。人間や動物との違いは。
・教皇は魔王他を倒すべき敵として話していたが本当か。実は人間が『侵略者』ということはないか。
・呼び出された人間は12人いたが、全員が『勇者』なのか。それとも『勇者』は1人だけで他は巻き込まれた可能性はないか。
・もし『勇者』でなかった場合どうなるのか
今思いつくのはこれくらいだろうか。とりあえず何一つわからない。誰かに聞いてもいいがここは俺たちを召喚? した『宗教組織』の中だからな。さっきのお偉いさんの意見以外のものが出てくるとは思えない。
すぐに差し迫った危険があるのならともかく、こんな部屋まで用意したんだ。いきなり殺されたりはしないだろう。となると時間をかけて精査していくしかないだろう。
そう言えばここ食事とかどうなっているんだろうかと思って、呼び鈴を鳴らして聞いてみると、すぐに運ばれてきた。
結局その日は食事をとった後すぐに寝てしまった。




