39話 魔族
――!!
高速で飛んでくるのがスローモーションで見えるそれは、シアンさん達のいる方に向かっており――
「危ない!!」
俺は何も考えずに一番近くにいたレイヴンさんに抱きつき押し倒し、同時に腕を伸ばしシアンさんの腕をつかみ引きずり倒して――
ポフンッ!
――と言うようなイメージだったのだが、実際にはレイヴンさんの豊満な胸に受け止められて、シアンさんをつかんだと思った手はなぜか胸に…………これがラッキースケベという奴ですね。本当に有るんですねこういうこと。
ただ実際にやってみて思ったことがある。全然楽しめないコレ。やっべ、フォローどうしようという戸惑いの方が大きいです。ハイ。
というか割と強めに押し倒そうとしたはずなのに2人ともビクともしない。
「あ、主様!」
「おう、大胆だ――なっ!」
……あれ? 何も無かったように、シアンさんは赤面してびっくりしたようにこちらを見ており、レイヴンさんも少し赤面して……
「あ、あれ? 何か飛んできたと思ったんだけれど……」
そう思い周囲を見てみると、レイヴンさんが剣を俺の前に構えていた。そうして少し遅れて、ズズンッ! という音が反対側から聞こえてきた。
「攻撃を意図した物でしょうか」
「全く無粋な奴らだな」
この攻撃? についてシアンさん達はとっくに気づいていたようで、飛んできたのは魔法で作られた火炎球だったそうだ。直撃コースにいたレイヴンさんが剣で真っ二つにして軌道がそれた火炎球が後ろに着弾。
今聞こえてきた音はその着弾音だ。
結果として俺がレイヴンさんに抱きつきシアンさんの胸を揉んだだけになってしまった。
…………恥ずかしい!
「まあ、そういうのは後でだな。何か来るぞ?」
「す、すみません!」
あわててレイヴンさん達から離れる。レイヴンさんはもうこっちを見ておらず魔法が飛んできた方向――村の外周にある森の方を向いていた。
そうして火照った顔が冷める程度の時間をおいて森の方から近づいてくる人影が見えた。2人いる。1人はローブを纏っておりフードで顔もよく見えない――非常に怪しい見た目の奴。そうして少し後ろにいるのは、
「あれは……まずいですね」
「ああ、同感だ」
シアンさん達が視線を投げかけている、その後ろにいる人物は角の生えた女性だった。
◇◇◇
「おやおや、あの無能共はどうしたんでしょうかねぇ?」
やがてある程度近づいたその2名。そのうちローブを纏った方が声を上げた。声は若い男の物だった。後ろにいる女性は無言で佇んでいる。補足すると凄く美人です。
ローブを纏っている方の奴が周囲を見回して
「うーむ、こんな簡単なことすらできないなんて、これだから人間は……」
1人でブツブツと何か言い始めた。
「あの、失礼ですが、あなた方は?」
よく分からないが、先ほどの火球――おそらく魔法――が飛んできた原因が彼らにあるのだとしたら意図を探らなくてはならない。一発だけなら誤射かもしれない。もしかしたら関係ない民間人かもしれない。
こっちに向かってきたので村人とか行商人とか……大穴で吟遊詩人とか……
「おっと失礼。私、ザムザと申します。失礼ですがこの辺りにスケベマンさんという方がいらっしゃらなかったですか?」
ザムザ、それにスケベマンというとモロに盗賊関係者です。ありがとうございました。
ザムザってさっきスケベマンのさっきの言い方からして雇われ用心棒的な人だろうか。確か魔法使いとか言っていたよな。
シアンさんとレイヴンさんは相手を睨んでいるのでおそらく敵だと気づいている。
「盗賊の仲間ですか? 盗賊ならすでに全員倒しましたよ。投降することをおすすめします」
こちらが上なんだぞと、余裕ぶって言ってみる。周囲には盗賊の死体が転がっているし冗談を言っているようには聞こえないはずだ。投降してくれれば余計なことをしなくてすむのだが……まあ、盗賊は全員殺しちゃったので今更という気もしないでもないが
「フハハハ……投降、人間ごときが……ハハハ、笑えますね」
なんてことを考えていたら、向こうは突然笑い出した。
こっちを馬鹿にしたように笑っているが、周囲の状況は見えているはずで……よほど強さに自信があるのだろうか。
「いや、失礼。別に私は盗賊の仲間というわけでは無いのですよ。利用価値があったから利用したまでです」
そんな風に盗賊を馬鹿にしたような口ぶりで仲間ではないと言う。
「では、あなたは?」
仲間では内としても先ほどの言葉から協力関係にあったようだと推測できる。ならば一緒に討伐か捕縛かをしてしまった方がいいんだろう。
「ふむ……そうですね。人間相手に名乗るというのも面白いかもしれません。」
下を向きブツブツと言っていた用だったが顔を上げてこちらを見る。と言ってもフードで顔はよく見えないのだが。
「私はザムザ。魔王軍の幹部と言えば馬鹿な人間にも分かるでしょう!」
そう言いながら目の前の男はフードを脱いだ。目に映るのは人間のようでありながら人間では無い……青い肌。
「ま、魔王軍!」
魔王軍のことは知っている。と言うかこの世界に呼び出された理由そのものだ。教会でも時間をかけて説明された。
魔王、人類の敵
そして魔王軍、魔王が率いる軍勢
魔族。教会で学んだ限りでは魔王軍が率いる軍勢、その中でも人型の者をそう呼ぶらしい。特徴的なのはその青い肌。そして人間同様高い知能を持つ。ただし人間ほど統率はとれておらず、各々が好き勝手に行動する傾向があるという。ただし例外……それが魔王だ。王と名乗るとおり魔王がいれば軍勢として機能するほどに統率がとれるようになるという。
そして一番のポイントは魔族は例外なく人間に対し敵対的であると言うこと。今までの歴史の中で話の通じる魔族と言う者は存在したが、人間に友好的な魔族という者は存在しなかった。
ちなみにシアンさん達にも俺の最終的な目的――『地球への帰還』を話す際に、魔族についても触れているのだが、最初は2人ともよく分かっていないようであった。
理由は単純で古代魔法文明時代には魔族という存在がいなかったためだ。
シアンさん達にも魔物と同じように人間に対し敵対的であると言うことは教えてある。
「あなたが魔族ですか……」
「へぇ、コイツがねぇ」
2人とも見るのは初めてだろうからか、チラリと相手を見た目が少しだけ見開いた。
しかしすぐに興味を無くしたように視線を魔族の横にいる女性に向けた。隣にいる女性は先ほども言ったように美人だ。年の頃はシアンさん達と同年代程度だろうか。下品な盗賊のイメージなど無く、肌の色から魔族でも無い。角が生えているので以前に聞いた竜人族という種族だろうか。赤ともオレンジともとれるような髪の色をしており、そして…………どことなくレイヴンさんに似た顔立ちをしているように見えた。服装は安物の服といった感じの物を身につけてはいるが、所々破れている箇所からその下が見えている。だが地肌が見えているわけでは無く何か水着のような素材が見え隠れしていた。
「まあ、あの魔族はともかくとして、」
「そうだな、隣のヤツはヤベーな。お仲間だ」
何か知っているような口ぶりで顔を険しくする2人。それぞれが女性の方に隙無く視線を向けておりすぐに戦えるような構えもとっている。
「フフフ、どうやら盗賊達を倒していい気になっているようですが無謀というものですよ。なにせこちらには私と言う存在、そして古代魔法文明の兵器があるのですからね」
「古代魔法文明の兵器だって!」
古代魔法文明それは(ry
俺も古代魔法文明については少々詳しいんだ。なにせ、遺跡を見つけそしてそこからいろいろな物を発見している。
魔剣やらミスリルやらオリハルコンやら魔法のビーム銃やらファンタジーのオンパレード。そして何よりその集大成的な者がそばに2人ほどいるからね。
それにしても兵器だと! ……アイツが持っているのか。手を見るが特に何も持っていないような気がする。ローブに隠れているため小さい物なら持っていても分からないだろうけれど。
シアンさん達がいるため大した脅威にはならないかもしれないが、もしMAP兵器的な物だと今いる村を巻き込んでしまう。村人がいるので少しまずい。
そんな感じで俺は少し焦っていた。
「さあ、行きなさい〈ヴァーミリオン〉! その力を示すのです!」
目の前のフードの魔族――ザムザが手を前に振ると、隣に立っていた女性が腕を前に出し手に光が集まる。それは剣の形を形成してゆき、そして周囲には光の矢が何本も浮いている。魔法の一種だろうか、かなりの使い手であると思われる。
次の瞬間、ドンッ! と言う音と共に地面を駆けこちらに向かってきた。




