30話 疑問
そう言えば、シアンさんもレイヴンさんも10代後半の見た目をしているが、マリオネットというのは女性しかいないのだろうか。
ギルドを出て、宿へと帰る道すがら聞いてみた。
「そうですね。初期のころは男性型や子供型などもあったそうですが、遺伝子工学や人体工学など様々な観点から女性の優位性が示されたこともあり、一部の特殊作戦機以外はすべて成人女性のタイプに置き換えられたと記録しています。」
すべて女性型なのか。確か生物は女性が優位だとかなんとかTVの動物番組で見たことがあったがあれと同じ感じだろうか。
逆に、「I’ll be back」とか言いそうなグラサンの似合うマッチョマンが来られても困るけどな。
まあ、それはこの際置いておいても、なぜ二人ともボンキュッボンのナイスボディーなんだろうか。正直グラビアモデル顔負けの体付きであり、更に顔も整っているという完全無敵の美女である。
そこらへんも聞きたかったのだが、うまい聞き方が思いつかなかった。変に聞くと欲情していると思われそうだ。まあ思われても気にしないかもしれないが、俺のささやかなプライドである。
なお、今も道を歩いているだけなのに周囲からチラチラと視線を向けられている(主に男性から)。
「で、この街の拠点に向かってるんだよな? その後どうすんだ?」
レイヴンさんが道すがら声をかけてくる。ギルド登録とかテンプレとかで忘れていたが、これからの事を全然話していなかったな。
あと、どうやら竜神族は注目を集めるらしいので、角も収納してもらった。そういうアクセサリーだと言ってごまかす手もあったが、せっかく収納できるんだからと言う事である。
「え~、角もかよ……めんどいな」
「すいません……でもあまり注目を集めたくないんです」
「分かったよ、と言うかそう言う謙った態度はしなくていいぞ」
「あ、はい」
などと言うやり取りがあった。
「この街のギルドの書庫は確認したから他に本のある場所――書店なんかを探してみようと思っているんだけれど……あとは魔法に詳しい人に話を聞くとかかな。」
「ん? それは何の意味があるんだ?」
「そう言えば言ってなかったですね。主様は異世界から召喚されたので、元の世界への帰り方を探しているのですよ」
そう言えば、レイヴンさんには俺の旅している目的を話していなかったな。一応、そのあたりをシアンさんが今噛み砕いて説明している。あれ? 俺より事情に精通してそうじゃないか? と思わなくもない。それぐらい彼女の説明がわかりやすかったということにしておこう。
そうして聞き終えたレイヴンさんが一言、
「ふーん……無理じゃねぇの?」
…………え?
何か知ってるの? と視線をシアンさんの方に向ける。
「レイヴン、主様を不安にさせるようなことを言う物ではないですよ! 主様、ご安心を、私たちの時代には無理だったというだけです。」
古代魔法文明時代には異世界の存在は認知されていたらしい。この世界の他に無数の世界が存在すると。
そして、その世界から物を呼び寄せる技術、送り込む技術もあった。
しかし何でも都合よくはいかない。他の世界の位置が分からないのだ。
3次元空間では、x,y,z軸の位置が分かれば空間上の座標を確定できる。この地上においては空気抵抗、重力、地磁気、太陽風など様々なファクターを加味し座標を決定する。しかし他世界においてはその計算すら些事に思えるような複雑かつ膨大な要因が絡みこんでくるため、結果として当時最高を誇った電子/魔力計算機ですらその1%も解明できなかった。
異世界から物を持って来るのは何が来るのかわからない。送り込むのはそもそもどこに送り込んだか分からないし連絡も取れないという有様であったそうだ。
結局それらの技術は実用性に乏しく、実験と称して数えるほどの回数が行われたのみであったという。
……え? いや、どう考えても今より古代魔法文明時代の方が技術が進んでるよね? その時に無理だったということは今でも無理ではないだろうか。
シアンさんがいた時代には異世界の存在と言うのは確認されていたらしいが、特定の世界を往来する方法は無かったらしいし。
まあ、異世界の存在が周知されていたおかげで、俺が別の世界から来たと言った時、シアンさんはそれほど疑問を抱かずに信じてくれたわけだが。
いやいや、希望を捨てちゃだめだ。こちらに呼び寄せることができたんだから、帰る方法もあるはずだ。――と自分に言い聞かせる。
「と、とりあえず。そういった魔法や文献が無いか探して旅をしているんだよ。」
「そうなのか……まあ、そんなに落ち込んだ顔すんなよ。大丈夫だって、何とかなるさ!」
そう言って背中をバンバンと叩いてくる。ちょっとしんみりした空気になってしまったので盛り上げようとしてくれているのだろうか。
あと痛い。
「ちゃんと移動手段もあるんだな。」
宿屋に到着して、受付に向かう途中にそんなことを呟いているレイヴンさん。一応移動中にシアンさんを見つけた施設にて装甲車や武器類を確保している話をしながら歩いていた。
宿屋の親父がこちらを見て、一瞬ぎょっとした顔をしたが、すぐに態度を改めいつものムスッとしたような表情に戻る。一応受付なんだからその顔もどうかと思うのだが。
そう言えば、最初にシアンさんと来た時も同じような反応だったな。
「おかえり」
「おじさん、今とっている部屋を一つ、二人部屋に変更してもらいたいんだけれど、大丈夫ですか?」
「ああ、構わないが」
「レイヴンさんは二人部屋で問題ないかな?」
「ああ、マスターと二人か? お盛んだな」
「違うよ! シアンさんと二人だよ!」
「冗談だよ……まあ問題ないが、3人部屋じゃ駄目なのか? 無駄遣いじゃないか」
そう言う冗談はやめてほしい。あとその手の動きも。
俺の女性関係の無さがあからさまになるし。3人部屋もダメだ。美人さん2人と同じ部屋とか俺の精神が削られる。
「そうです。主様はその様な人ではありませんよ。とてもお優しい方なのです。」
「ふーん。俺は別にいいんだけど? なあ、マスター。」
「マジですかっ!」
そう言って肩を組んでくるレイヴンさん。そしてそれに食いつく俺。
あ、腕にオッパイあたってる。
「ゴホンッ! 主様……」
シアンさんにめっちゃ睨まれた。いやだって、据え膳食わぬはって言うじゃん……はいゴメンナサイ。
「そう言えばシアンさん、ここで不自由とか無いかな?」
「いえ? 特に問題ありませんが」
そうかな? 俺は風呂に入れないことが不自由だと思うんだが。この世界の一般人は水やお湯で体を拭くことで汚れを落とす。王侯貴族になれば風呂はあるらしいのだが、こんな一般の宿屋にそんなものは無い。
教会では普通に風呂が用意されていたが、教会を旅立った後は風呂に入っていない。
後はベッド少し硬いというかゴワゴワしているし。
まあ、店主のいる前で言う事では無いか。
夜になると急に不安になってきた。……レイヴンさんの言った帰る方法が無いということが地味に心にのしかかっているのだろう。
しかしだからと言って、あきらめるわけにもいかない。何のために教会から出てきたというのか。それに東雲君たちも頑張っているはずである。俺だけ諦めてしまっては申し訳ない。
うん、そうだ、希望が無くなったわけじゃない。あきらめないぞ俺は。――といってもそれほど元の世界に戻る必要があるのだろうか……
……ウジウジ……ウジウジ
……ウジウジ
「あー、やめやめ! もう寝よ!」
結局、考えるのをやめて布団をかぶって寝ることにした。現実逃避とも言う。




