10-4. ピクニックに行こう(4)~ピクニックに行こう②~
「ここからは馬車だよ」
「おおっ、至れり尽くせり、って感じだなー!」
自然公園最寄りの桟橋で降りた所に迎えに来てくれていた馬車には、左下にライオン、右上に鷹がついた盾の形の紋章がついていた。
エリザいわく 『王家の紋章』 だそうで…… すっかり勘違いしてウッカリお礼を言ってしまった俺に、「当然のことだよ」 と高貴な微笑みを振り撒くエルリック王子である。
「自然公園は王立だからね。サービスの定期送迎馬車やバスは、みんな王家の紋章入りだよ」
「バスもあんの?」
「街から出てるのは、バスだよ。桟橋からの方は馬車。帰りはバスにするかい?」
「おおっ、バスも乗ってみたいぜ!」
エルリック王子の説明によると、馬車は桟橋の送迎用と、園内周遊用だという。
わぅ、とチロルが小さく吠えた。
【バスも馬車も、昔の記録から予想できるものと比べて、ニオイや揺れをかなり抑えていますのでwww 安心して乗ってくださいねww】
そんなわけで、桟橋から俺たちは4頭だてのオープン馬車に揺られている。
座席はかなり広めで、5~6人が並んで向かい合って座れる。
で、自然と女の子とNPCに別れる、俺たち。
ちなみに、俺の肩の上にはカホールが、膝の上にはミシェルが、それぞれちょこんと腰を下ろしている。
両側に田園風景が広がる道を、カタコトと走っていると…… ふわっと漂う草の匂いと、暖かな太陽の光と、緩い振動が気持ち良くて、次第に眠くなってくるな……
「お、俺…… もう…… ダメ…… かも」
あくびを飲み込んで目をこすっていると、エリザが上から目線で 「お子様ね」 と言ってきた。
「船ではしゃぎすぎるからよ」
「だって…… 帆船だったし…… あふ……」
「口許くらい隠しなさい。拳入りそうな程開けるとは、みっともない」
チェックを入れてくるのは、ジョナスだ…… と。
カホールの口先でちょいちょいとつつかれていたミシェルの頬が、ぷう、と膨れた。
「お姉ちゃんに無茶なこと言わないでください!」
「ありがとなー、ミシェ…… あああ……」
言ってる途中で、またあくびが出てしまう。そういえば、今朝はかなり早かったもんなー…… 眠くて当然、かも……
ふと隣を見ると、サクラはすでにうつむき加減に目を閉じて、静かな寝息を立てていた。 …… お人形みたいだな。
「ふぁぁぁあ…… あたしも眠いー」 とエルミアさんが言い出し、サクラをニヤけ…… いや、温かい眼差しで眺めていたイヅナが、 「寝てていいんじゃないか?」 と提案してくれた。
「ついたら起こしてやるよ!」
「おー…… サンキューな……」
俺の意識は、そこで、途切れたのだった。
…… おーい…… 起きろよ……
…… をんっ♪
…… 着いたよ……
…… お姉ちゃん…… 起きて……
…… やーん…… ヴぇっちったら、寝すぎー
…… オキテ…… オキテ……
…… とりあえず、スチル撮りましょうよ。…… きゃうんっ♪
夢の途中で色んな声を聞いて、半分くらい目が覚めた時。
めちゃくちゃ冷酷そうな声が、耳元で響いた。
「やめなさい。こんなダラけた寝顔は、スチルカメラの無駄遣いです」
「可愛いですよね?」
「それは、学生食堂の外のナマケモノを可愛い、というのと、同じ感性から発された言葉ですね」
「ナマケモノも寝てるヴェリノさんも、可愛いんですよね、本当は?」
「何の心当たりもありませんが」
…… この声…… この台詞……
もしかしなくても。
「おぅわぁぁっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
やっと、パッチリと目を開いた俺は、その瞬間にまず叫び、次の瞬間には謝り倒すことになった。
なんとなれば。
俺はなぜか、ジョナスの肩にもたれて爆睡していたのだ……!
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ…… でもさー、そこ、エリザじゃなかったの?」
「あたくしだったけれど」
服の上からでも分かる、マシュマロ的な胸の先端あたりをハンカチで拭きながら、エリザが顎をツン、と持ち上げた。
「あなたが全力でもたれてきた挙げ句にヨダレまで垂らかすから、ジョナスが代わってくれたのよ」
「えええっ!」
エリザの胸を枕にしてたのか、俺!?
そんな美味しい状況なんて…… 無理でも覚えておきたかった…… !
「最初はエルリック様が代わろうとされたのですが、まさか王子に薄汚いヨダレをつけるわけにはいきませんから、ねえ?」
明らかにキレてるらしい、冷たい笑み……
いや。それはわかる。
だって、ジョナスの高級そうなシャツの襟の下あたりが、明らかに液体っぽいもので光ってるから。
(吸湿性の良い素材じゃなくて良かった……!)
ほかの可愛い女の子ならともかく、そして寄っ掛かられるだけならともかく。
これは、どう考えても、いやだよなー!
しかもジョナスってめちゃくちゃ潔癖そうなのに。
「すみません、すみません、魔王様!」
「ああ、触らなくていいです。後で消毒しますので」
「うっ……」
もっともな措置ではあるけど、地味に凹むなぁ…… というか、そもそも。
「ゲームとしては、ヨダレまで再現しなくてもいいんじゃ……?」
【NPCがそれで喜ぶ場合もありますからwww】
チロルの解説に、ゲーム開発側に変態が1人はいることを、確信する俺であった。
そんな薄汚い (ううっ) やりとりはさておき、馬車を降りると…… そこは。
広がる大草原! 森! 咲き誇る季節の花! だだっ広い池! あひるボート! 丘では芝すべりとやらができるらしい!? そして、土産物屋 (カフェ併設) に、なぜかお化け屋敷とサイクルモノレール。
王立自然公園入り口の、地図つき案内板をざっと見れば、期待してた以上に、めちゃくちゃ楽しそうだ!
「サイクルモノレールってなに?」
「2人乗りの屋根付き自転車でね。空中に造られたレールの上を漕いで、園内を一周できるんだ」
「おおっ、空中散歩! やってみたい!」
「時間的には、先にお弁当の方が良いと思います」
サクラが時計を確認しながら言えば、エルリック王子もうなずく。
「まずは適当に散策して、お弁当の場所を探そうか」
「ボク、お姉ちゃんと行く!」 「あたしも!」 「カホール モ……」
俺の両腕に抱きついてくるのは、ミシェルとエルミアさん。カホールは俺の頭の上だ。
「えーと…… 皆で行こうなー!?」
「当然よ!」
「だよなー!」
「そうですね。せっかくなので」
「をんをんっ♪」 「きゅうんっ!」 「きゃんっ! きゃんっ!」 「…………」
エリザとイヅナとサクラがうなずき、それぞれのガイド犬も尻尾を振って同意してくれる。
そして、ジョナスも。
黙って俺の頭に手を伸ばして…… ぽん、とする前に、カホールにしっぽで叩かれたのだった。




