閑話6~ピクニック前日(3)トリミング②~
サクラとヴェリノがトリミングに勤しんでいる、ちょうど、その頃。
「はぅわっ…… エリザ様…… 冗談かと思ったのに、まさかホンモノーっ!?」
「なぜ、このあたくしが、わざわざ平民相手に冗談を言わねばなりませんの?」
「だってだってだってー! ヴぇっちとお友達になれただけでも超すごいのに! エリザ様までーっ!」
嬉しすぎるぅ、とガイドのコリー犬にガバリと取り付く、若草色の髪に尖った耳のプレイヤー、エルミアさんをエリザは見下ろした。
苛立ちにうっかり歪んでしまいそうな口元は、半開きの扇で隠している…… その様子はまさに 『悪役令嬢』 に相応しいものだった。
なのにエルミアさんがどう見ても喜んでいることで、エリザの苛立ちはますます募っていた ―――
本日5月9日、サクラとヴェリノは、サクラの部屋で、ガイド犬のトリミングを行う約束をしている。
犬たちが、ピクニックで長い毛を気にせず遊べるように、という心遣いだ。
もちろん、エリザも誘われた…… だが、しかし。
以前にペットショップで、 『あたくしは美容室を使っているのよ!』 と宣言した手前、ホイホイと趣旨変えできず、『あたくしが? 庶民臭く自前でトリミングですって? な い わ ね』 と断ってしまったのだ。
そして、 『今頃ふたりで仲良くワイワイしてるんでしょうね。ふんっ、結構ですこと』 などと猛烈にモヤモヤしながらも、1人でログインしたところ。
更なる追い討ちがあった。
ヴェリノからの、手紙である。
――― そこには、能天気にこう書かれていた。
『☆エリザへ☆
すまん! 明日のピクニック、うっかりエルミアさんに誘いの手紙出しちゃったんだよな。
よく考えたら、エリザとサクラに先に聞かなきゃだったよなー?
てわけで、本当ゴメンなんだが、もしかしたら明日のピクニックにエルミアさん来るかも!?
実際に会ってみたら、楽しくてイイ子だからすぐ仲良くなれるよ!
悪いけど、ヨロシクな!
ヴェリノより』
初めてくれた手紙がコレとか、あり得ない。
「……謝ればそれで済むという、爛れた精神を、もっっのすごく、感じるわ……!」
ボソリ、と呟きつつ手紙を丁寧に畳んで封筒に戻し、宝石付きの保管ボックスに入れ……
どうしてこんなモノを丁寧に保管しなければならないのかしら、と己にツッコミを入れても納得できる答えが見つからずにフラストレーションに悩まされた、その挙げ句。
元凶への突撃訪問、と相成ったのだった。
(ガイド犬に直前に手紙を持っていってもらったので、正確には突撃ではない。そのはずだ。)
「ま、とりあえず、どーぞ上がって上がってー! わーん、こんなにお友達が増えるなんて! 幸せだよーっ、ナスカくんっ」
「入り口で結構よ」
眉をひそめるエリザの腕を、エルミアさんが両手でぐいぐいと引っ張る。
「まーまーまー! そんなこと言わないでっ! ほら! 今ちょうどお茶飲んでたところだし!
ひとりで寂しいなー、って思ってたところなんだよね。こんなタイミングで来てくれるなんて、エリザ様ったらマジ天使なんだからーっ」
ああコレか。
図らずも、エリザは納得してしまった。
――― ヴェリノとエリザは、似ているところがある。
押しに、弱いのだ。
「………… では、お邪魔させていただくわ」
「きゃーん、言葉遣いが美しいっ! さすが悪役令嬢の鑑ーっ!」
「ふんっ、当然でしてよ」
――― 一体、ヴェリノはエルミアさんに自分のことを何と言ったのだろうか……
そんなことが気になってしまう、エリザであった。
♡◆♡◆♡◆
ノーミスで、と張り切ったけど、バリカンの扱いは、なかなか難しかった。毛が全然刈れてない気がして、つい力を込めたりすると、チロルがすかさず 「わうっ!」 と鳴いて警告してくれる。
「おおっ、すまん!」
お詫びにオヤツ 『骨カルガム』 をあげて、部分リセットしてやり直し……の繰り返しだ。
それでも、段々と慣れてきて最終的には、なんとか、チロルのお尻の毛と足の毛をカットできた。
「おおおお…… めちゃかわいくないか!? チロル、かわいいぞ…… お尻が!」
そう、足回りをすっきりさせると、お尻の形がよりかわいく見えるんだ。
穴の周りの毛もきっちり刈り込んだから、真ん中にポッチリ空いてるのが、とっても見えやすくなって、それがまたなんとも…… ううう、何か差し込んでみたい…… けど、ダメだよな、うん。
「では、次はシャワー室に移動します」
「おお、ボディーの毛を刈る前にシャンプーするんだな」
「それもありますけど……」
サクラがトイプードルを抱っこして、優しく背中を撫でながら、相変わらずの優しい口調で言う。
「シャンプーの前に、肛門絞りですよ」
「…………!?」
まじまじと真のヒロインの顔を見つめる、俺。
――― えーと。
何を絞るんですって、サクラさんっ……!?




