9-3. 授業を受けよう(3)
『召喚術・初級』 の教室で、エルミアさんと俺に配られた砂絵セットの中身は、ごちゃごちゃと紋様ぽい何かが描かれたシール付きの台紙と、五色の砂、色鉛筆、それにカッターナイフ。
「砂絵は、この台紙をカッターナイフで切り取って、シールの付着面を出し、そこに色砂を撒いて貼り付けて作るのじゃ!」
ショータロー先生が狸の耳としっぽをぴょこん、と動かしながらしてくれる説明にあわせて、台紙を取り出して机の上に置いた。
台紙には、円の中に五角形が描かれて、さらにその五角形の中に、グニャグニャとした色んな模様が描かれている。
「召喚術用の魔法陣じゃ。
その中の模様は、切り取り方で様々な動物になるのじゃ」
ほら、こうすれば鳥、こうすればネコ、こうすればイノシシ…… と、ショータロー先生は、空中に色々な模様を出してくれる。
「そして、砂の色で召喚獣の属性が決まるのじゃ。その属性がない獣や、素人の術士で力不足の場合は召喚できないのじゃ。
ま、初級でするのは魔法陣の完成だけじゃ。
獣を呼び出すのはワシがしてやるでの、素人は有り難く見ておれば良いのじゃ!」
ふぅん…… 『属性』 だなんていかにも魔法っぽいな!
砂絵セットの中に入っていた、それぞれの属性と色の対照表を見ると、 『風=白、木=緑、火=赤、土=黄、水=青』 であるらしい。
「たとえば、タヌキを喚ぶとする。土属性だから基本は黄色の砂を使う……
しかし、『羽の生えたタヌキ』 を喚びたければ、ボディーは黄色の砂、翼の部分は白で彩らねばならぬのじゃ。わかったかね?」
何か質問は、と言われたので、「はーい、先生!」 と手を挙げてみる。
……現実の世界で、リモート授業の画面に向かって手を挙げるのとはまた違った感じで…… なんだかドキドキするなぁ……!
目の前のショータロー先生の耳に触りたくなるのも、ゲームの世界ならでは、だな!
「なにかね、ヴぇっちくん」
「羽が生えたタヌキっているんですか?」
「ふむ…… それはわからぬ」
「えーーっ!?」
先生がわからないって、どういうコト?
「……が、大体はおる」
「なんで!?」
ルミたんの質問に、これでもか、というくらいのドヤ顔を披露するタヌキ耳の見た目7歳児。
「召喚とは異界へ呼びかけ、そこの生き物を仮初めに招くコトじゃ…… 異界の数を知っておるか?」
「……100くらい?」
「ノーノーノー」
ちっち、と丸っこい人差し指をふってみせるのが、また、なんともいえず…… もしや、タヌキ型少年ならば、どんな動作も態度も許されてしまうのだろうかっ!?
「無数・無限じゃよ。人間の空想がある限り…… ヒトの持つ最も素晴らしい力…… それは火でも電気でも核燃料でもなく、『そうぞう』 の力なのじゃ……っ!」
言い切ったショータロー先生が、ふんっ、と鼻息も荒く胸を張るので 「おおー良いこと言うな、先生!」 と拍手すると、薄い胸がますますふんぞり返り……
「おっとっとっと」
「あぶないよー、ショーちゃん!」
「…………」
後ろによろけて、こける寸前で、ルミたんの寡黙なガイド犬に支えられた。
「と、とにかく!」
うぉっほん、と咳払いしてショータロー先生が号令をかける。
「召喚、はじめ……!」
こうして俺たちは、それぞれにカッターナイフと砂を手に、召喚術なるものを始めた。
どう見ても図工だが、そこは気にしないようにするんだ。それから ―――
――― 折角、やってみるんなら、カッコいいのにしよう……!
まずは色鉛筆で、カッターナイフで切り取る部分の輪郭を塗っていく。
俺が召喚獣用に使うのは、青と白……
色々使ってみたいけど、あまりやりすぎてもワケわからんものになりそうだしなー!
そして、残ったグニャグニャ模様を適当な色で塗り分けて、と。……ここを塗れとは言われてないけど、どうせやるなら、キレイなのを作りたいよね!
ステンドグラスをバックに召喚獣が浮かんでるイメージにするんだぜ!
「よっし、塗れた!」
次に同じ色の部分をカッターナイフで切り取って剥がし、残ったシールの部分に同じ色の砂を落としていく。
「輪郭をハッキリさせるには、指先で丁寧に端まできっちり砂を置くのじゃ」
「おっけー!!」
単純といえば単純な作業だが、集中できて面白いなー!
「よぉしっ、完成!」 「できたー!」
俺とルミたんがほぼ同時に立ち上がる。
「あたしの方が早かったよ!」
「いや、競争じゃないのじゃから……」
「じゃあ、あたしがいっちばーん♡」
ぐいぐいと押すルミたん。傍ではコリー犬が、申し訳なさそうな顔でゆっくりしっぽを振っている。
「あーいーぜ、ルミたんからで!」
「すまぬな、恩に着るぞよ」
ショータロー先生はエルミアさんの砂絵を受け取り、教卓の上に置くと、その周りを跳びはねながら、呪文を唱え出した。
――― 丸いお尻から生えた、やっぱり丸いたぬきの尻尾が、ピョコピョコ動くのが、なんともいえず、和むなあ……。




