8-7. 後夜祭(7)
エルリック王子は真剣な瞳をエリザに向けた。
「跪いて、ヴェリノに愛を……?」
いや、いらない、いらない!
俺が指で✕印を作ってジェスチャーしても、誰もみてない。
「……そんなことで許してもらえるのか……?」
「ふんっ、まさか!」
エリザは腰に手を当て胸を張り、エルリックを見下した。エルリックのほうが身長あるのに 『斜め上から』 感がすごい。
「このあたくしのプライドと名誉を傷つけたのよ? 許すわけがないでしょう!?」
おーい、エリザ。
君は逆ハーレムが見たいだけの人じゃにったのか……?
俺はそう思ったが、エルリックはもちろん、そんなことは知らない。
ガックリとうなだれるさまは、見ていて悲しくすらなるな
「その通りだ…… ヴェリノに愛を誓うなど、むしろ本望…… なのに、そんなことで許してもらおうなどと……」
いや、本望いらんって!
おーい、見ろよエルリック!
俺の渾身の指先✕印を!
しかし誰も見ていない……
「でもね」 エリザは一転して優しい口調でエルリックに語りかける。ノリノリで悲劇の優しいヒロイン演じてるな、エリザ。
「王子がもし真実の愛を見つけられて、それを大切になさりたいとおっしゃるなら…… あたくし、応援して差し上げたいの」
「……! エリザ……!」
「だって…… 王子は大切な方、ですもの……。だから、さぁ……!」
エリザが白い頬に健気な微笑みを浮かべた。ツンデレだけじゃなく、そんな表情もできるのか。すごいな、エリザ。演技の幅が広い!
会場の皆さんは、エリザの演技にすっかり呑まれている。
「エリザさん……!」 「うっ……!」 「ううっ…… ぐすっ」
そこここからもらい泣きが聞こえちゃってるよ。
会場だけじゃない。
<<……ううう。なんというっ、美しい心掛けでしょうかっ>>
ステージの端っこでも司会のピエロがハンカチで涙を押さえているし、俺の隣ではイヅナが号泣している。
「エリザぁぁぁっ! これまで 『身分を鼻に掛けた偉そうなやつ』 と思っててスマン……!」
いやそれ、わざわざ言う必要あったのかな、イヅナ。
そしてエルリックまでが涙ぐんでいる。
「エリザ……!」
感動に震える声。
おーいエルリック、エリザのそれ演技!
俺の逆ハーが見たいだけの、ただの演技だ!
俺の心の声は、エルリックにはもちろん聞こえていない。
「ありがとう……! 私は幸せ者だ……!」
「ええ、王子の幸せを、一番に願っておりますわ。頑張ってくださいませ、王子……!」
えーと ―― つまり俺、今からみんなの目の前で、攻略対象No.1から、跪いて愛を誓われるってことなんですかね!?
エリザもサクラも司会も観客も、皆、納得してるっぽい、この流れ。
いや俺は納得してないからね!? 全然、まったく、100%!
だいたい、エリザが許してエルリックがその気でも、王子サマの腰巾着のクール眼鏡、すなわちジョナスが許すまい……!
そうだ、ジョナスが止めてくれたらいいんだ! 頼む、ジョナス……!
俺はジョナスに必死にジョナスにアイコンタクトを送った。
「エルリック殿下」
ジョナスがすっと王子に近寄り、その肩に手を置く。いいぞいいぞ。
王子殿下が平民の俺に…… なんて、ジョナスが耐えられるわけないもんね!
ジョナスがエルリックに顔を近づける。
―― よし、そのままエルリックが跪くのを阻止するんだ、ジョナス!
「どうぞ、お心のままに」
…… はい?
あれ、ジョナス? どうしちゃったの?
そこは王子を諌めるところだよ?
「エルリック殿下の威信を汚さぬよう、この事態は単に 『エリザ様を納得させるためのイベント』 として処理させていただきます」
えっ、何言ってんのジョナス?
ちょっと意味わかんないよ?
「すなわち……」
ジョナスが中指で眼鏡をクイッと押し上げた。
「私もエルリック殿下と一緒に、そこの平民女に愛を誓わせていただく所存!」
「いらないよ!」 あっ、つい。
「心配しないでください、ヴェリノ。これは、ただのイベントです。エルリック殿下もこの私も、貴女のごとき平民に真実の愛を誓うことなど、断じてない……!」
「いや、僕は」 何か言いかけたエルリック王子が、急に凍った。
―― なんかしたね、ジョナス?
だがまあ、よくやった!
あくまでイベントなら、俺も気がラクだもんね!
と、ここで。
小さな影がぴょんと跳ねた。ミシェルだ。
精一杯、手を上に伸ばして小さくジャンプを繰り返している。
「ボクも! ボクも! ボクも、いっしょにやる! おねえちゃんに 『しんじつのあい』 ちかうんだもん!」
ミシェルはいつも、かわいいなあ。
ミシェルになら 『しんじつのあい』 を誓われてもいいと、俺も思う!
さて、とすると、残りはイヅナなわけだが……
イヅナは確定でサクラ推しだが、ここで 『真実の愛』 イベントからひとり外れるのも勇気がいるはずだ。
イヅナ、どうする?
俺たちの視線が、いっせいにイヅナに集まった。
イヅナは、ポリポリと頭をかいてそっぽを向く。
きっと葛藤してるんだろうなあ。
サクラへの真実の愛か、仲間との協調かで!
「えーと。じゃあ、オレも一応……?」
イヅナは、協調をとった。
さすがスポーツマン。
サクラとエリザの表情が、パァッと花ひらくように輝いた。
ふたりとも、ほおにやや赤みがさし、目に生き生きとした光が差している。
そんなに嬉しいか、この 『イベント』 逆ハー状態が……!
司会のピエロがびっくり仰天、というように手を広げ、宙返りを決めた。
<<こっ、これは……! 世にも珍しい光景が見られそうです……! 皆さん、スチルカメラの用意はいいですか!?>>
「はい、もちろん!」
サクラがスチルカメラをかかげて見せ、ニッコリとした。
そして ――
4人のNPCヒーローたちが、俺の前にずらりと並んだ。
金髪碧眼の正統派美人なエルリック王子。
光の粉をまぶしたような紺色の髪に藍色の瞳、氷の美貌を誇る魔王 兼 腰巾着のジョナス。柔和な微笑がより怖い。
柔らかな鳶色の髪と鮮やかな緑の瞳、お子様にしか見えないミシェル。真性の天使。
ツンツンとワイルドな緑の髪に、黒い瞳の爽やかスポーツマン、イヅナ。
「私、エルリックは、ヴェリノに永遠の愛を誓う……!」
「………………」
無言のまま、視線を床に落とすジョナス。
その唇と手がワナワナ震えてるから、エルリックの告白がよっぽど許しがたかったんだろうな…… どんまい、ジョナス。これは、ただのイベントだ。
「ボクも! おおきくなったら、けっこんしてねっ おねえちゃん!」
ミシェルが、俺に向かって両手を精一杯伸ばす。……くぅぅぅっ、可愛いな……!
そして、イヅナは。
「ヴェリノ! サクラの次に愛してるぞー!」
と、明るくウィンクを繰り出して、ほかの3人に軽く睨まれたのだった。
<<さてさてさてぇっ! ヴェリノ嬢の返事はぁぁぁっ!?>>
司会のピエロが煽ってくるが…… えええ……?
これって、返事しなきゃ、ダメなやつ?
俺はそっとサクラとエリザの表情を確認してみる ―― あーだめだ。
期待されちゃってるよ、返事。




