8-5. 後夜祭(5)
「おーい、サクラ、エリザ! 見て! すごいだろ!」
「わぁ、ごちそうですね!」
「こんなに食べられると思ってるのかしら? ……ま、運んだことは褒めてあげてよ!」
俺たち ―― 俺とミシェル、イヅナ、エルリック王子にジョナスは、みんなそれぞれに食料や飲み物をかかえてテーブルに戻った。
次々とテーブルに広げていく…… ぜんぶ、のせられるかな?
俺が不安になったとき、ふっと、目の前をフワフワした光が横切った。 フェアリーだ!
「なんか、テーブルがちょっと大きくなった!?」
「ぅおん、ぅおんっ」
【フェアリーの魔法です】
なんじゃそりゃ。
チロルの解説に目をぱちくりさせる俺に、サクラがにこっと笑って説明してくれる。
「エリザさんが呪文で集めてくれたんですよ、灯りとテーブル拡張機能のあるフェアリー」
「あっ、そ、それは! たまたま、知っていただけでしてよ!」
なにしろあたくし、天才だもの!
エリザは、扇の陰に全顔隠してゴニョゴニョと自賛している ―― つまり、これは……!
思わず顔がにやけてきちゃうのをおさえ、俺はなるべくサラリと言ってみた (エリザの扱い方その3)。
「そっか。後夜祭のために、呪文、わざわざ調べて練習してくれたんだな、エリザ」
「なっ……! あ、あたくしは、べべ別にっ」
「いや、ありがとうエリザ! さすが大将! えらい! 素敵! 最高!」
あんまり褒めすぎると、きっと照れちゃう。
そうは思ったけど、このエリザの気遣いと努力は、褒める価値がありまくるよね!
だってこんな、活用範囲の限られてるマイナーな呪文、調べて覚えるだけでも大変だよ?
俺は、ほめたい。どんなに恥ずかしがられても!
「ちょ、ちょっと! あたくしは天才だから、たまたま、こんな呪文も知ってただけだって言ってるでしょ! なによ!」
扇の陰で反論するエリザの耳が、どんどん赤みをましている。奥ゆかしくてカッコいいなあ。好き。
―― ん? あれ? 俺、いま、なに思ったのかな?
あれ? あれ? あれ……?
ちょっと混乱しかけた俺を助けてくれたのは、NPCヒーローのみなさんだった。
「ありがとう、エリザ」 と、エルリック王子がキラキラエフェクトをばらまく。
「エリザさん、すごいねっ」 と、ミシェルが拍手し。
「おさすがです。高貴なお方は、気遣いも完璧であられますね」 と、ジョナスが……
ジョナスが言うと、ほめててもなんか嫌みったらしいんだな、うん。
そして、イヅナが明るく笑いながら、エリザにトドメを刺した。
「いっやぁ、いまさらだけどさ! じつはイイ子だな、エリザって!」
「ここここ、このっ、ぶぶぶっ無礼者!」
まだエリザの顔を隠してる扇が、ぶるぶる震えてる。ちょこんとのぞいている耳は、もう真っ赤だ。
いや可愛いな、エリザ! 好き!
―― んんんんん!? 俺、いったい、どうしちゃったのかな!?
再び混乱しかけた俺を、今度はサクラが救ってくれた。
サクラは手際よく全員のグラスに飲み物を配り、自分のグラスを品よく掲げてみせたのだ。
「とりあえず、みなさん。せっかくですから、乾杯しませんか?」
「そうだね! 乾杯しよ!」
俺もすかさず乗っかる。なんか知らんが、とにかく助かった感……! サクラありがとう!
「では」 とエルリック王子がグラスを手に立ち上がった。
しゅわしゅわと泡がはじける。
「色々あったが、まずは、みんな! お疲れ様だったね…… では、私たちの焼きソバ&ポーション屋台の成功を祝って!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
俺たちは声をそろえて、グラスをふれあわせた。澄んだ音が、ランタンと星とで彩られた夜の空に響く。
なんかいいなあ、こういうの。
それから俺たちは、たくさん飲み食いして
「おっ、これ、おいしい! 食べてみて、ミシェル!」 「わーい! あーん!」
「エリザも!」 「けっこうよ!」
「サクラも!」 「ほんと。おいしいですね」
「ヴェリノ…… 私も、あーんしてほしいのだが」 「どうぞ、エルリック様」
撮ったスチルを見せあって、おしゃべりして
「ふっふーん。俺の自慢の1枚。どう?」 「どれ……」 「ええっ!? ジョナスが、こんな顔すんの!? 知らなかったぜ、オレ!」
「…… ユニコーンのたてがみは不可抗力といえましょう」
ステージの演奏に、拍手を送った。
忙しくて楽しい時間が、あっというまにすぎて、テーブルの上の料理がきれいに片づいたころ。
ひゅるるるる どっぱーんっ!
ひゅるるるるるる…… どっどーん!!
華やかな花火が、次々と上がり、夜空いっぱいに広がった。
花火大会、いよいよ開幕だ。
たしか並行して、表彰式もあるんだったっけ…… おっ、司会がステージに上がったぞ。
<<でっはぁぁぁぁっ!>>
司会はノリよく3回転を披露したあと、こぶしを上に振り上げた。
<<こっれからぁ、表彰式を行いまぁっすぅ!
まずは、個人表彰からぁっ!>>
大輪の花火が、また、ぱーんっ、と開いた。
―― 学園祭もいよいよ、ラストか……
ちょっと、しみじみしてしまう。
だが、そんな俺の感慨を吹き飛ばすように、賑やかなファンファーレが響いた。
<<まずは! 参加賞っ! だだだだだだんっ! 参加賞は、なんと! ぜ・ん・い・んんんっ!>>
わぁぁぁ……!
あちこちから歓声があがる。会場が拍手で包まれた。
<<記念ボールペン進呈っ! 後で持ち物を、是非とも、チェックしてくださいぃっ>>
司会が、指の間にずらりと記念ボールペンを挟んだ両手をクロスさせて掲げた。
へえ…… デザインは同じだけど、色は5種類あるんだな。俺はレインボーカラーがいい!
「去年もボールペンでしたね」 「運営、手抜きね」
サクラとエリザがボソボソと意気投合しているけど、ふたりとも、毒舌の割には表情が明るい。
やっぱ、もらえるだけでも、ちょっと嬉しいもんね!
さて、次は……
<<ベスト料理人賞ぉっ!>>
10名程度の名前が、続けて呼ばれる。
<<……さん! サクラ・C・Rさん!>>
おおっ、サクラだ!
「おめでとう、サクラ!」 「さすが、焼きソバ師匠!」 「ふっ、まあ、認めてあげないこともないわね!」 「サクラは本当、すごいなあ!」
立ち上がったサクラに、俺たちは手が痛くなるほど拍手を贈った。
記念品は、菜箸。
ここからはフェアリーたちが受賞者に届けてくれる仕様らしい。
「ありがとうございます」
フェアリーの身長の数倍はある菜箸をサクラが受け取ったときには、もう次の賞の読み上げが始まっていた。
<<ベスト・コスチューム賞ぉっ!
この賞は、学園祭当日にコスプレをしかつ、スチルを撮られた枚数上位者に贈られますぅっ>>
―― 俺、俺かな!? けっこう撮られたよね、俺!?
<<……さん! ……さん! ……エリザ・テイラーさん! 以上です!>>
おお、エリザだけか…… いや、まあ、エリザはカッコいいし可愛いからな! 好き! (んん!?)
「おーほほほほっ! お気の毒さま!」
エリザが扇で半顔隠しつつ、立ち上がった。
ああ、これは…… 絶対に 『あたくしだけなんて、そんな! 申し訳なくってよ!』 と内心でうろたえちゃってるパターン!
大丈夫だ、エリザ!
俺は、スチルを取り出し、エリザに見せる。雄々しく焼きソバ作りしてる、軍人コスのエリザだ。
「やっぱ、エリザはカッコ良かったしね! 受賞は納得! てか、受賞しなきゃおかしいよ!」
「まっ…… いい、いつのまに、こんな……!?」
「ふっ…… 撮ってないと思う方がどうかしてるわね!?」 (←エリザの真似)
「ま、まあっ……! そんなの、ぜんぜん、似てなくってよ!」
エリザの顔がまた、扇の陰に全部隠れてしまった。もう、照れ屋さんだなあ、エリザは! 好き! (あれれれ?)
俺は別の焼きソバ作りスチルも出して、みんなに見せた。
「サクラのも撮ってるよ! ほら、こっちがミシェル! エルリック! イヅナ! ジョナス!」
みんなが同じ画面に入るように、アングルを工夫した自慢の一枚だ。
「サクラは何を着てもかわいいなあ」 とイヅナがデれ、ミシェルが 「おねえちゃん、大好き!」 と抱きついてくれる。
エルリック王子が 「私も」 と俺の手を握ろうとしたところで、ジョナスが阻止してくれた。
「恐れながら、平民の手を軽々しく握るものではありません、エルリック様」
グッジョブ、ジョナス。
またしてもフェアリーたちが受賞者に賞品を届けているあいだに、表彰は団体賞に移った。
団体賞も個人賞と同じく 『なるべく多くの受賞者を出そう』 精神で選ばれているらしい。
<<ユニーク賞ぉっ!>>
<<エンタメ賞ぉっ!>>
<<売上賞ぉっ!>>
次々と屋台の出店をしたグループが呼ばれていく…… が、俺たちはまだだ。
―― うーん?
俺たちだって、けっこうユニークだったし、けっこうエンタメだったと思うんだけどな?
エリザやサクラの軍人コスはもちろん、NPCヒーローたちのメイドコスだって、すごくウケてたし。
それに、売上だってかなりのものだと……
<<それでは! いよいよ! ベスト屋台賞ぉぉぉっ! の発表、でぇぇぇっす!!>>
おお!? こんな賞もあったのか!
もしかして、俺たちが呼ばれる? それとも、呼ばれない……?
うわああ…… ドキドキするう!
<<まずは、奨励賞から……>>
入ってなかった。10コくらい呼ばれてたのに…… ガッカリだ。
い、いや…… でも! 3位とか? あるかも!?
<<3位! 『豪華賞品! 射的でGO!』 のみなさん!>>
ううう、違った…… 2位、2位は?
<<2位! 『アート飴細工のおみせ』 のみなさぁん!!!>>
うそ…… また…… もうダメか……
まさか、1位なんてことは…… いや、ないない…… ないよな……?
<<1位ぃぃぃっ! 『悪役令嬢エリザの焼そば屋台』 のみなさぁんっっ!>>
「ぃやったああああ!」
気づいたら俺は、叫んで立ち上がっていた。勢いよすぎて、椅子がガタッと倒れた。
「みっともなくってよ!」 と俺をにらむエリザも。 「やりましたね」 と俺とエリザ、両方と握手するサクラも。
エルリック、ミシェル、イヅナも、みんな。
顔が、くしゃくしゃに笑っている。
なんとあのジョナスでさえ、唇の片端が上向きにピクピクしているぞ!
(そこは素直に笑えばいいと思うんだけど)
<<さあ、みなさん! ステージに、どうぞっっ!>>
俺たちは、みんなでステージに向かう。
チロル、アルフレッド、りゅうのすけ ―― ガイド犬たちも、もふもふのしっぽをめちゃくちゃに振りながら、弾むような足取りでついてきてくれる。
ステージに立つと、光の渦が目にとびこんできた。
会場のみんながライトを振って祝ってくれてるんだ……!
みんな、ありがとう、ありがとう、ありがとう! もう全員にハグしに行きたいよ俺は!
<<おっめでとぉぉぉっ! トロフィー贈呈っっっ!>>
司会が宙返りをしてスタッとエリザの前に立ち、トロフィーを捧げる。
「あああ、ふっ、ままま、まあ、もらってあげないことも、ななな、なくってよ!」
トロフィーを受け取るエリザの顔は、やっぱり真っ赤だった。
<<賞品はぁっ! 『ミラクル・リゾートの旅』 3人分ですーっ!>>
あれ? 『ミラクル・リゾートの旅』 ってたしか、ジョナスから射的の景品でもらったやつ。
ということは……! もしかしたら、夏休みに、みんなでいけるかも!?
わくわくしてきた!
<<でっはぁぁぁ、勝利者のみなさんから、ひとことずついただきましょう! まずは、王子殿下、どうぞ!>>
司会からマイクを渡されたエルリック王子が、一歩前へ出る。
「このたびは、大変に名誉な賞をいただき……」
いきなりコメントを振られても、スラスラと安定感ある対応。さすがはエルリックだ。
こういうとこ、やっぱ王子だよな。
「紆余曲折はありながらも、私たちは、この屋台出店経験を通し、いっそう絆を深めることができました……」
うんうん。そのとおり。
おかげで、エリザとサクラも仲良くなったしね。俺も、エリザとサクラはもちろん、エルリック、ミシェル、イヅナの…… ジョナスもちょっとだけ…… それぞれの良いところ、たくさん知ったよね ――
しみじみとしながらエルリック王子の演説を聞いていた俺の耳に、ヘンな台詞が飛び込んできたのは、その時だった。
「私ことエルリック・クレイモアは、ここに、公爵令嬢エリザとの、婚約破棄を宣言する――!」
えええええ!?
いや、ちょっと待ってエルリック!
それは、ここで言うことじゃないよね……!?




