8-4. 後夜祭(4)
「まずは飲み物だな!」 「ぼく、いっぱいもつね、おねえちゃん!」
俺とミシェルは、飲み物の行列に並んだ。前にいるのは、若草色の髪に尖った耳の女の子。
エルフタイプか。ちょっと珍しいな……
眺めていると女の子が急に振り返った。ニコッと人なつこい笑顔。かわいいな!
「あ、焼きソバ屋台のヴェリノさんだー!?」
「おっ、もしかして、お客さん? 焼きソバ買ってくれて、ありがと!」
「いえいえー。軍服、カッコ良かったですよ!」
「あーそういえば一緒にスチル撮ったな! えーと……」
「ふふふー。通りすがりの一般人でーす」
て、手ごわい…… 名乗りたくないのかな?
こんなにニコニコしてて、フレンドリーなのに!
「ヴェリノさんのグループ目立ってましたよー! 一番じゃないですかー?」
「そっかな?」
「表彰式が、楽しみですねー!」
「俺たち、なにかもらえるの?」
「えーと、参加賞が全員でしょー? でもヴェリノさんたちなら、きっとほかの賞も、もらえますよー!」
「だといいな!」
わくわくしてきた。
と、列の前のほうから、俺たちに手を振ってくれる人影が…… あー、エルリックも飲み物に並んでるのか。隣にはジョナスが、相変わらず…… え? 目をそらされた? なんで?
心当たりがありすぎて、思いつかないよ!
「ヴェリノ、ミシェル! ここは私たちで間に合っているから、イヅナを助けてくれないか?」 と、エルリック。
「イヅナですから、心配いらないでしょう」 と、あくまで冷静なジョナス。
見ればジョナスの目線の先では、食べ物の容器に埋もれたイヅナが慎重な足取りでそろそろと移動している。
腕には唐揚げとポテトが山盛りのバケツ。片手に積み上げているのは、箱の形状からして、ピザ、おにぎり、サンドウィッチ、それにパスタ……
「あれ、大丈夫っていうか?」
「いわないとおもうよ?」
「おおっ、おでんにも手を伸ばした……!」
俺とミシェルは息を詰めてイヅナを見守る。
もちろん心配でもあるんだけど、こうなるとイヅナがどこまで積めるかも、気になるんだよね……!
「あの程度でバランスを崩すとしたら、そちらのほうが問題ですね」
ジョナスが細い銀縁メガネを中指でクイッと押し上げた。
「イヅナはスポーツマンタイプですから。もし、あの程度でバランス崩すとしたら、そちらの方が問題です」
「たしかにね」
エルリック王子は、ちょっとまぶしそうな表情になった。心の底から感嘆しているようだ。
「私では、あんなに持てないよ」
「持てるようには、お育てしておりませんので」
なるほど、NPCはタイプによって特技が違うのか。たぶん王子はオールマイティーに、なんでもそこそこできるタイプ。ジョナスは、裁縫とか料理だな。焼きソバ作りも実は上手かったし。
「とにかく、手伝う必要などないですね」
「そっか……? いや、やっぱ、俺たち行ってくる! 見た目が大変そうだし。な、ミシェル?」
「おねえちゃん、やさしいねっ」
ジョナスがいつもの不機嫌な感じで 「どうぞ、ご勝手に」 とメガネを押し上げれば、エルリック王子は 「よろしく頼むよ」 と手を振ってくれる。
ふたりに見送られ、俺とミシェルはイヅナのほうへと向かった。
歩きながら、ミシェルにも聞いてみる。
「ミシェルは、なんか特技とかあんの?」
「ぼくはねっ、すうがくと、かがくが、とくいだよっ」
「おおお! まじか!」
「いえのなかに、じっけんしつもあるよ!」
「へえ、本格的だな……」
えっへん。
胸を張るミシェルは、幼児にしか見えないのにな…… まさかの天才児とは。
そんな話をしてるうち、俺とミシェルはイヅナのそばに到着した。
いまは、積み上げた箱の上にさらに皿をのせ、おでんを盛っているところ…… いや、無理! いくらなんでも無理だから!
「イヅナ! それ、俺が持つよ!」
「おう、サンキュー!」
爽やかに笑いつつ、人数分の卵をひょいひょいと皿に入れている……
スポーツタイプNPC、半端ないな!?
「けど、気持ちだけでじゅうぶんだ! まかせとけって」
「いやいやいや…… 心配すぎるし、なにか手伝わせてよ」
「じゃ、スマンが、コンニャクと大根とガンモとジャガイモ、皿に入れて。んで、順番にコッチの腕に並べてくれるー?」
「なんの曲芸!?」
「いーから、いーから! 助かるぜ、サンキュー!」
「う……」
いやほんとそれ、人としてどうなんだ!? だが、観たい…… めちゃくちゃ観てみたい!
イヅナの、奇跡のパフォーマンスを!
「ほら、はやく! みんな待ってるぞ!?」
「よし、わかった!」
俺はついに覚悟を固めた。
「よし、いくぞミシェル!」 「うん、おねえちゃん!」
俺とミシェルは協力して、イヅナの腕に注意深くおでんの皿を並べていった。
さて、イヅナは、果たして……!?
俺たちが見守るなか、イヅナはすり足で移動を開始……
落ちない。というか、ぜんぜん、ズレさえもしない。
左手に積み上げた容器+おでんの皿も、右腕に並んだ4つのお皿も……!
「おおおおっ! すごい! イヅナ、すごいな!」
「ほんとだねっ、イヅナ、すごいね!」
俺とミシェルは思いっきり、この素晴らしいパフォーマーに拍手を贈った。
「まさに、国の宝……!」
「それはホメすぎ!」
いやいやいや。
こんな芸当してるのに、まだ余裕で照れ笑いしてるとか、もはや。
「もはや、神の領域……っ!」
「ホメるのうまいなあ、ヴェリノは!」
「お世辞じゃないよ! ほんとだよ!」
な、ミシェル?
俺は隣を見て、固まった…… いつのまにか、ミシェルがいない!?
まずい、迷子になっちゃったのか……!?
どこだ、ミシェル!?
俺は必死であたりを見回し、ミシェルを探す…… いた。
って、ええええ!?
ミシェルも、食べ物の箱で埋もれてる!?
俺はあわてて、ミシェルのほうに駆け寄った。
「ミシェル? 大丈夫か!?」
「ぼくも、すごいんだよ!」
大きな緑の目が、箱のふちから上目遣いに俺を見ている…… あきらかに褒めてほしいやつだな、これ。
「ぼくだって、バランスのけいさん、できるんだもんね!」
「おう! ミシェルもすごいな!」
「わあいっ! ぼくもすごいんだ!」
箱に埋もれた小さな身体から、無数のキラキラエフェクトが散った。
んんんんん! 反則だ!
かわいすぎるぞ、ミシェル……!
「アップルパイと、ピーチタルト、イチゴのケーキ、チョコケーキ。それに、シュークリームだよ、おねえちゃん!」
「おおっ、甘い物か! 気が利くな、ミシェル! それだけあれば、じゅうぶんだな!」
「えー、ちがうよ! まだ、アイスクリームとプリンとゼリーもあるんだよ!」
ミシェルは空いてるほうの手をうん、と伸ばす…… 短いな。かわいい。
「こっちの手に、のせてね、おねえちゃんっ」
「いやいや、俺が持つよ、それくらい」
「できるもんっ!」
緑の目が、一瞬で涙でいっぱいになる ――
「ぼくだって、できるんだから……っ!」
「尊い! いや、なんでもない! やるのか、ミシェル?」
「うん、やる!」
「がんばるのか!?」
「こんなのっ、ぜんぜん、かんたんなんだから……!」
「ううっ……! わ、わかった……」
俺は言われたとおり、ミシェルの手にデザートの箱を積み上げた。
「重くないか、ミシェル?」
「うっ、お、おもくないっ!」
「無理だったら、すぐ言えよ?」
「ぜんぜん、ううっ、へいきなんだから!」
泣いてがんばる幼児、かわいすぎか……
―― 俺は、生まれて初めて 『キュン死』 という感情を知ったのだった。




