7-4. 学園祭スタート!(1)
シフトの変更は俺たちが屋台に戻り、書き換えた表を屋台の柱に貼ったとたんに有効になった。
どうやらNPCたちは、特に変更が告げられなくてもシフト表に従うようにプログラムされているらしい。
だが、ミシェルだけは…… 泣きまくった。
「おねえちゃんと、おまつりまわるの、たのしみ、だったのに……」
「ミシェル……っ」
「うっ、えぐっ…… しかっ…… しかた、ないんだもん…… がまん、する……もんっ」
いや俺がもう、がまんできない。
「待ってろ、ミシェル! 今、表書き直してやるから!」
エリザ、サクラ、ごめん……!
俺はやっぱり可愛い弟を、裏切れない!
「おねえちゃん、ダメっ」
俺を止めたのは、ミシェル自身だった。
「ぼくっ、ほんとは、わかってるから……! だいじょうぶ、だからっ……! みんな、なかよしが…… いちばん、だから……」
「ううっ…… つらい!」
うるうると潤んだ大きな緑色の瞳で見上げられると、胸が痛む…… 罪悪感とかわいそうさともったいなさが、心臓で生産されて胃に注ぎ込まれてごった煮になってる感。
せっかく、ヒラヒラのメイド服なんて着て、よけいにかわいくなっちゃってるミシェルなのに……
こんなせつない思いしか、させてあげられないなんて……!
「ごめん、ごめんな、ミシェル! 俺、姉…… いや兄失格だ……!」
「そんなことないよっ、おねえちゃん!」
ミシェルは俺に抱きついたまま首を横に振り、涙のたまった目でにっこり笑った。あまった涙がこぼれて、ふっくらしたほおを転がっていく。
「でもっ…… らいねんはぜったい、いっしょに、おまつりまわろうねっ、おねえちゃん!」
「ミ、ミシェルぅぅぅ! やくそくだ!」
俺はかわいい妹…… いや弟ぶんを、ぎゅっとハグしたのだった。
学園の時計台からいつもと違う華やかなファンファーレが鳴り響き、ドレスアップした小人たちがダンスを始めた。
いよいよ10時 ――
学園祭、スタートだ!
「いらっしゃい、いらっしゃーい!」 イヅナが屋台の外で、客寄せを始める。
「焼きそば&ドリンク! いまから火蜥蜴での点火式だ! みんな、あつまれ!」
ジョナスがぼやく。
「コンロに火を点けるなど、珍しくもないでしょうに」
「宣伝効果はあったみたいだよ、ジョナス」
エルリック王子の言うとおり、お客さんが少しずつ集まってきた。
メイド服のNPCヒーローたちに、さっそくスチル撮影申し込んでる子もいるな。宣伝効果、ばっちりだ。
「では、いくわよ!」
エリザがコンロの前に立ち、ルビーとダイヤモンドのついた杖を取り出す。
観客の注目が、いっせいに集まった。
太陽の光にきらめく杖の先が、火蜥蜴に向けられる。
凛とよくとおる声が、会場に響いた。
『火の神の小さき使い、
火の精なるサラマンダー。
汝が力を我に貸したまえ。
……点火!』
杖の先の宝石から、透明な炎がほとばしり火蜥蜴を包む。
手のひらサイズの竜の眠そうな目が、カッと開いた。
小さな口をいっぱいに開く。
ごぉぉぉぉぉっ……
青い炎が細い舌の奥から吐き出され、コンロの下に広がった。
「ふっ…… 無事、点火終了!」
「「「おおおおっ」」」
ギャラリーがどよめく。エリザ、学園祭に向けて杖を新調して、よかったな。
「では…… 焼きそば作りを始めるわ! ほしければ、おとなしく並んで待つことね!」
エリザはさっそうと屋台のなかに入り、コンロに向かって仁王立ちになった。
軍服の上からでもしっかり分かる胸をばいーんと張り、正しい姿勢で野菜と麺を炒めていく。
雄々しい手さばき。ビシッとスタイリッシュな白の制服と相まって、演武でも見ているような気分になる。
ほおっ、とお客さんたちからためいきが漏れた。
メイド服イケメンNPCたちにスチル撮影を申し込んでいたプレイヤーの女の子数人も、エリザに見とれているな。エリザ、さすが大将だ!
「あとで、一緒にスチル撮ってもらえますか?」
「あっ、わたしも!」 「うちも!」
ひとりが言い出すと、あちこちから声が上がった。
イヅナがエリザの隣に立つ。
「あとやっとくから、いってこいよ、エリザ」
「なにを言ってるのかしら」
エリザの細い眉が、きゅっと上がった。
コテを握った両手は変わらず豪快に動いている。
「このあたくしとスチルが撮りたいなら、終わるまで待つがいいわ!」
エリザのほおから耳にかけて、すでに真っ赤だ…… てれてる。
いつもの扇が、いまは焼きそば作りのせいで使えないからね。
俺たちからすれば、てれた顔が隠されずに見放題、っていう貴重な時間だ…… ついつい口もとが緩んじゃう。
「はい! いっちょあがり、でしてよ! 次!」
内心は恥ずかしさでいたたまれないだろうに焼きそばはきちんと作るところも、ポイント高い。さすが大将!
「おねえちゃん! コーラあじ、2つだって!」
ミシェルの声に俺は、はっとした。
―― そうそう、いまの時間、俺とミシェルはポーション販売の担当だったんだ。
(ちなみにサクラと王子は休憩タイム)
「へいっ、ただいま! …… うっ、冷たっ」
俺は氷水の中に手をつっこんでコーラ味の飲み物を取り出し、布で拭いてお客さんに渡す。
「はーい、2本で300マルです! お会計はあちらで!」
「ありがとぅっ。あなた、NPCさん?」
どくんっ……
俺の胸が高鳴った。
お客さんは、透きとおるような薄緑の髪と瞳のエルフのお姉さんだ。
もしや、ここで 「うん」 って答えちゃったら、デートの申し込みとか、されちゃうのかな (わくわく)
いやデートは高望みだとしても…… イヅナやエルリック王子みたいに 『一緒にスチル撮って♡』 って取り囲まれたりとか……? (どきどき)
良い! かなり良い!
見た目は百合カップルでも、俺はぜんぜん気にしないよ、お姉さんっ!
お姉さんも、期待した目で俺を見てる。
あとは 『そう! じつは俺、おとこなんです!』 って、本当のことを言うだけ……
「ほら、この屋台ってNPCヒーローはみんな、スカートでしょ今日?」
「あっ、そうなんですけど、俺はプレイヤーです」
……俺ってば。正直に答えちゃうなんて、ダメだろ……
ま、嘘ついても、足元にいるガイド犬でバレちゃうんだけどさぁっ……
「そんでもって、ぼくのおねえちゃんです♡」
ミシェルが走りよってきて俺に取りつき、腹にほおずりする。
「あははは、そーなんだー! かわいいね、ボク」
「ぼくは、もうっ、おとなだよっ?」
「うんうん、そーだねー!」
あああ…… なんか完全に、空気がかわってしまった。
ミシェル >> 俺 だよな、やっぱり……
「ほかの人たちのメイド姿も新鮮だけど、ボクはすっごく似合ってるねー! かわいすぎるー!」
エルフのお姉さんはカメラを取り出した。
「ねぇねぇ、一緒にスチル撮ろっ!」
「いいよ! おねえちゃんも、いっしょならね!」
チロルが、わぅ、と小さく吠えた。
【スチルを撮られた場合、1枚につき運営から10マルのボーナスが出ますよww】
な、なんと……!
【ちなみに、スチル用カメラは15枚どり500マルですw 購買所でお求めくださいw】
運営、相変わらずアコギな商売してんな ―― でも。
言われると俺もカメラが欲しくなってきちゃうよ!
「えーと、俺の所持金は1,620マルだから500マルはキツいけど…… 50枚撮られれば、プラマイゼロか! 買う!」
「ぅおんぅおんぅおんっ」 【まいどww】
「よーしっ! 今日の俺は、撮影オールオッケー! ミシェル、よろしく頼む!」
「うんっ、おねえちゃん! ぼくとおねえちゃんなら、だいにんき! まちがいないよね」
「はーい、じゃ、撮ろーねー!」
こうして俺は、エルフのお姉さん、ミシェルと一緒に記念すべき学園祭のスチル第1号におさまった。
―― このあと1時間で10枚くらいスチル撮影の申し込みがきてめちゃくちゃ忙しくなることを、俺はまだ知らない。
読んでくださり、ありがとうございます!
更新がウッカリ1日空いてしまいまして…… お待ちくださっていた方、誠にすみません。
子供たち夏休み中につき、これから8月いっぱいまで、予告なくポロポロ空いてしまうかもしれませんが…… なるべく更新するようにしますので、お付き合いいただければ幸いですm(_ _)m
ではー! お天気もいまいちなら、不安も多い昨今ですので、なるべく無理されませんように。
感想・ブクマ・応援☆、とってもとっても感謝しております!




