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神崎鈴羽は、せんぱいに構われたい。  作者: みゅう
第二部 第七章 神崎鈴羽は伝えたい。
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第35話 憧れ

 ここ最近、鈴羽(すずは)の様子がおかしい。

 格好もそうだが、言動の端々(はしばし)になんとも言えない不自然さを感じる。


 何かあったのか? でも、一体何が……?


「うーん」

「相変わらず朝から(うな)るのが好きだね」

千里(せんり)


 背後から肩を叩かれ振り返ると、そこには千里の姿が。その顔には、からかうような笑みが浮かんでいた。


 こういう表情を向けられても、千里の場合、全く嫌みに感じないから不思議だ。

 人柄、だろうな。千里は性格がいいから、表情以上のものを見る者に感じさせないのだろう。


「おはよう、隆之(たかゆき)

「おう」


 そのまま二人で校舎へと歩き始める。


「で、まだ君は、後輩からの告白に悩んでるのかい?」

「いや、まぁ、それもあるけど……」

「けど?」


 俺の言葉に、千里が首を傾げる。


「ここ数日の鈴羽、どう思う?」

「あぁ。確かに、鈴羽らしくない格好をしてるなとは思ったかな。なんというか、女の子女の子した格好というか……。いや、似合ってないわけではないのだが、どうしても今までのイメージとのギャップに違和感を覚えてしまって……」


 やはり千里も、鈴羽のあの格好には違和感を覚えるらしい。

 俺の感性がおかしいわけでなくて良かった。


「それ以外に気になった事は?」

「それ以外……? いや、特に私は何も気にならなかったが」


 という事は、俺の思い違いか、あるいは俺に対してだけいつもと違う対応をしてきているかだが……。


「何がそんなに気になるんだい?」

「急にゲーセン行こうだなんて言い出してきたり、弁当の中身がやけに色鮮やかだったり、ふいに物憂(ものう)げな表情を浮かべたり、スキンシップの感じがいつもと違ったり――って、なんだよ」


 会話の途中、ふと何やら感じ何げなく視線を向けると、何か言いたげな笑みを浮かべた千里の顔がそこにあった。


「いや、それだけ出てくるって事は、日頃からよく鈴羽の事を見てるって事なのかなって」

「なっ」


 何か言い返そうと口を開くも、その言い返す言葉が出てこない。

 つまり、そういう事なのだろうか。


「君は、誰かと付き合うつもりはないのか?」

「なんだよ急に」


 千里の話題転換が急なのはいつもの事だが、それにしても今日はぶっこんでくる。


「告白してきた後輩にしても、鈴羽にしても、君の場合、周りにそうなり得そうな女子が現にいるわけじゃないか。その辺のとこ、どう考えてるのかなって」

「その時その時の気持ちもあるかもしれないけど、少なくとも今は考えてないかな」

「それはどうして?」

「……」


 正直、その質問に対する説明は難しい。感覚的なところって事もあるが、自分自身よく分かっていないというのがその一番の理由だ。


「すまない。答えづらいならいいんだ。無理に聞きたかったわけじゃないから」


 そんな俺の反応を違う意味に取ったらしく、千里が気遣(きづか)うような表情を俺に向けてくる。


「いや、そういうんじゃなくて。お前に話した事あったか忘れたけど、俺は一度失敗してんだよ。喧嘩(けんか)別れとかならそっちの方が良かったんだけどな。それすらも出来なかった」


 そもそもあれは、付き合っていたと言えるのか。肉体による接触の有無でそれを判断するなら答えはイエス。けど、精神的な繋がりでそれを判断するなら答えはもちろんノーだ。付き合い始めてからも、俺達の間に友達だった時以上の感情は芽生えなかった。


「だから、誰かと付き合う事にどうしても消極的になっちまうんだ。次付き合ってみて、前と同じ事になったらって」


 まぁそれも、自分の中にある漠然とした感情を無理矢理言語化しただけで、本当のところはどうなのか自分自身よく分かっておらず、だからこそ説明が難しいわけで……。


「そういう経験のない私が言うのもなんだが、隆之は付き合うという事を難しく考え過ぎなのでは? 付き合いたいと思ったから付き合う。別れたいと思ったから別れる。実際は、それぐらいシンプルに考えてもいいんじゃないか?」


 そんな事は分かっている。けど、こればかりは理屈ではどうする事も出来ず、結局しけったマッチのようになかなか火を()ける事が叶わないのだ。


「まぁ案外、その時になったら急に気持ちが変わるかもしれないし、特に深く考えず過ごすよ」

「そうか。隆之がそういうなら、それが一番なのだろう」


 千里はまだ何が言いたげだったが、俺の心境を考えてくれたのだろう、それ以上踏み込んでくる事はしなかった。


「ところで隆之は、鈴羽の最近の格好についてどう思ってるんだ?」


 必要以上に真面目な話が続いたからか、千里が務めて明るい口調で、そう新たな話題を振ってきた。

 いや、この場合、戻したという表現の方が正しいのか。元々はそこから発生した今の話題であり、俺がその話題を千里に振った事がこの会話の始まりだった。


「どうって……。さっきお前が言ったように違和感は覚えてるよ。いつもと違うなって」

「そうではなく。可愛(かわい)いとか似合ってるとか」

「……」


 こいつは俺に何を言わせたいんだ?


 千里の思惑はよく分からないが、仕方ない、あえて乗ってやるか。


「可愛いとは思うし、似合ってないとは思わないかな。日頃着ない格好だから違和感を覚えてるだけで、見慣れたらそれも次第に薄れてくだろうし」


 意外、と言ってはあれだが、鈴羽にはあの手の格好が合う。

 ()み合っているかと言われれば決してそうではないが、逆にそのミスマッチ感がいいというかなんというか……。とにかく、変とは思わない。


「そうか。聞かれたらそう伝えておくよ」

「は? なんだよそれ」

「どうせ二人共、自分からは言わないし聞かないのだろう? 安心しろ。聞かれなければ、私も自ら言う事はしないから」

「……」


 それを聞いて、何をどう安心したらいいのやら。


「大体、お前はあいつのなんなんだよ」


 千里のよく分からない言動に、思わず俺の口からそんな言葉が飛び出す。


「私にとって鈴羽は、友人であり後輩であり、憧れかな」

「憧れ? あいつがお前の?」


 逆ならまだしも、千里が鈴羽に憧れる要素がどこにあるというのだ。


 現に鈴羽は、千里に対し憧れを抱いているような事を口にしていた。というか、大抵の女子が千里に対して似たような感情を抱いている事だろう。

 成績優秀、運動神経抜群、スタイルはよく、顔も整っている。性格は落ち着いており、声を荒げたところを見た事がない。本人はこういう言い方は嫌うだろうが、家柄もよく、育ちの良さが言動の一つ一つからにじみ出ている。まさに女性の憧れ、それが大道寺(だいどうじ)千里だ。


「こう見えて私にも色々思うところはあるんだよ」

「さいで」


 まぁ、隣の芝は青いというし、人の気持ちを完全に推し量るのは不可能だ。

 それに、誰しも理想と現実は存在しており、そのギャップに苦しむ事も珍しくない。かくいう俺も――いや、考えてみたら、一瞬思った事ぐらいはあるが苦しんだ事はなかった。今の自分に満足しているという事はないから、幸か不幸か、比べる理想が俺には特にないのだろう。


「ホント、(うらや)ましいよ」


 千里のその呟きは、何に対するものか。


「格好といえば、君はあまりお洒落(しゃれ)っけがないようだが、服選びはどうしてるんだい?」


 呟きの意味を聞こうにも、すぐに話題は流れ、答えは霧の中。結果、その意図は分からず仕舞(じま)いだった。

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