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神崎鈴羽は、せんぱいに構われたい。  作者: みゅう
第二部 第三章 神崎鈴羽は決められない。
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第16話 本屋

 せんぱいが提案した目的地は、私としては少し意外とも思える場所だった。


 瑪瑙(めのう)堂書房。

 大学から歩いて十分、最寄り駅から歩いて数分のところにあるそのお店は、一階建ての、中ぐらいの規模の書店だった。決して狭くはないが広くもない、そんなお店だ。


 せんぱいが本屋を訪れる頻度はあまり多くない。月に一度ないし二度といったところだ。

 まぁ、そのタイミングが、たまたま今日だっただけという可能性もあるが、それにしても珍しい事に間違いはなかった。


 店内に入ると、なんとなく一緒に二人でコミックコーナーに向かう。


「これって、今人気のやつですよね」


 少年漫画(まんが)売り場に置いてあったコミックを手に取り、表紙を見る。


「あー。なんか、地味に()されてる感じだよな。たまにネットでも広告見るし」


 私の手元を(のぞ)き込みながら、せんぱいが(つぶや)くようにそんな事を言う。


面白(おもしろ)いんですかね?」

「さぁ? どうだろう?」


 どうやら、せんぱいもこの作品については、それほど詳しくないようだ。

 こういう時、小説なら中身を確認してから買えるのに……。


「気になったんなら、買えばいいんじゃないか?」

「うーん。そうですね……。今日は止めときます」


 そう言って私は、コミックを売り場に戻す。


 よし。一応、作品名は頭に入れた。家に帰ったら後で調べてみる事にしよう。


 特に目当ての物があったわけではないのか、せんぱいは何も手に取らず、ただコミックコーナーをぐるりと一周するだけだった。


 何をしに来たんだろう?


 せんぱいの顔を横目に見ながら考える。


 わざわざ自分から本屋に行こうと言い出したのだから、何かしらの用があるものだとばかり思っていたのだが、今のところその様子は一切見られない。ただの気分、だったのだろうか? だとしたら、本当に珍しい事もあるものだ。


「せんぱい、私ちょっと別の所見てきますね」

「あぁ」


 断りを入れると、せんぱいと別れ、小説のコーナーに足を運ぶ。


 先週も来たばかりなので、新刊の顔ぶれはあまり変わらなかった。だから、さっと見ただけで通り過ぎる。


 既刊の方にも目を通すが、気になる物は特にない。


 今日は空振りかな。まぁ、そう毎回毎回目に付く作品があったら、それはそれで困るんだけど。……主に経済的に。


鈴羽(すずは)


 声のした方を見ると、そこにせんぱいが立っていた。


「あー、もう行きますか?」


 小説に興味のないせんぱいがここに来たという事は、そういう事なのだろう。


「いや、そうじゃなくて……」

「?」


 なんだろう? 妙に歯切れが悪い、ような……。


「あの、さ、俺にもなんか紹介してくれよ、本」

「はい?」


 なんて? 本を? 紹介? 誰が? 誰に? 私が、せんぱいに?


「頭でも打ったんですか?」

「失礼な。俺の頭は正常だ。じゃなくて、なんか急に読みたくなったんだよ、本が」

「急に、ね……」


 そのなんとも(うそ)くさい言葉に私は、せんぱいにジト目を向ける事で抗議の意を示した。


「なんだよ」

「べっつにー、いいですけどね」


 どうせ、せんぱいの事だ。誰かの影響だろう。千里(せんり)さんか、天使(あまつか)さんか、あるいは――


「で、どんなのがいいんです。字が少ないやつとか?」

「お前に任せる」

「任せる、と言われても……」


 せんぱいは全くと言っていい程、小説を読まない。最近、ネットノベルを読み始めたとはいえ、それはネット上の物であり所詮は素人の作った作品なので、紙媒体のプロの作った作品とは全くの別物と考えていいだろう。

 そんな人にどんな本を(すす)めたらいいのか。もしかしたら、千里さんに勧めるより難しいかもしれない。


「そう、ですね……」


 何気なく辺りを周回しながら、私は思考を巡らす。


 果たして、せんぱいにはどの本がいいのか。どんな本を勧めたら、最後までちゃんと読んでもらえるのか。


「うーん……あ」


 見つけた。


「これなんてどうでしょう?」


 そう言って私が、せんぱいに手渡したのは、一人の作者が(つづ)った短編集だった。


 話自体は一話一話で完結しているのだが、設定や人物はリンクしており、そういう所に一つ一つ気付くのもまた楽しい、そんな作品だ。

 内容は、完全にリアルだったり少し不思議だったりホラーぽかったりと、話毎にその様式はまちまちで、一冊で二度も三度も楽しめる作品となっている。


「短編集か」

「はい。小説を読み慣れていないせんぱいには、こういうのがいいかなって。一話一話で気持ちも切れますし」

「じゃあ、これ、読んでみようかな」

「はい。是非(ぜひ)


 言いながら私は、にぃっと歯を見せて笑う。


 それにしても、せんぱいに紙媒体の本を読もうと思わせるなんて、どこぞの何某(なにがし)さんは一体どんな魔法を使ったのだろう。

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