第11話 寝坊
目が覚めると、昼だった。正確には十三時十五分。
見事なまでに寝坊をした。
「……」
まだ完全に起き切らない頭で思考を巡らす。
昼か……。
土曜日でアラームを設定していなかったとはいえ、さすがに寝過ぎた。
昨日、夜更かししたからな。
喫茶店での事があったからか、昨日の夜は布団に入ってもなかなか寝付けなかった。
そのため、スマホで件のネットノベルを読み始め、気が付くといつの間にか時刻は三時を回っていた。
いやー、我ながら見事にハマったものだ。
この事を鈴羽に知られたら、絶対にからかわれるな。……まぁ、別に言わんけど。
とりあえず、スマホを床に戻し、布団の上に体を起こす。
……ご飯、食べなきゃ。
立ち上がり、まずは寝起きのルーティンを済ます。
洗面所で手と顔を洗って口をすすぐ。
飯は……簡単なのでいいか。寝起きだし。
オーブンでトーストを焼き、その間にフライパンで目玉焼きとベーコンを焼く。
出来上がったその全てを一枚の皿に置き、それを食卓に運ぶ。
後は――
ピンポーンとチャイムが鳴る。
まさか……。
玄関まで行き、ドアスコープ越しに外を覗く。
やっぱり。
少しだけ扉を開け、「二分待て」と馬鹿に告げ、すぐに閉じる。
プライベートルームに行くと適当な服に着替え、布団を畳み、寝巻きもその上に畳み置く。
そして、玄関に戻り、扉を開けた。
「早かったですね」
「うっせー。連絡してから来い」
「さぷらーいず」
両手を開き、おどけた調子でそう言う鈴羽の頭を少し強めにはたく。
「いたーい」
「……」
踵を返し、室内に入る。
鈴羽も勝手にそれに続く。
「お邪魔しまーす」
鈴羽相手に今更構える必要もないので、俺はコップを手に取るとそれに冷蔵庫から取り出した牛乳を注ぎ、そのまま食卓に着く。
「あれ? せんぱい、今からご飯ですか?」
「あぁ」
「昼ご飯、にしては、簡素ですね」
「いいだろ別に」
言い捨てるようにそう言うと俺は、トーストを勢いよくかじる。
「いいですけど……。あ、もしかして、寝起きですか?」
「……そんなわけないだろ」
「図星ですか。大体、二分待てって言った辺りから、おかしいなって思ってたんですよ。いつもそんな事言わないのに」
ちっ。鈴羽のくせに目敏いじゃないか。
「夜更かしですか?」
俺の斜向かいの席に座りながら、鈴羽がそんな事を聞いてくる。
「まぁな」
「せんぱいのえっち」
「なんでだよ!」
からかうように笑う鈴羽に俺は、思わず強めのツッコミを入れる。
いかんいかん。冷静に。冷静になれ俺。鈴羽のペースに巻き込まれてどうする。冷静に。冷静に。
「で、結局、夜中に何してたんですか?」
「なんでもいいだろ」
「えー。いいじゃないですか。教えてくれても。それとも、本当に人には言えない事してたんですか?」
「……ネットだよ」
鈴羽があまりにしつこいので、仕方なしに俺はそう答える。
「ネットー? なんの?」
「別に。適当に色々見てて」
「適当、ね……」
「……」
どうやら、この辺りが年貢の収め時のようだ。まぁ、不意を突かれた時点で、今回の勝負は端から俺の負けが決まっていたようなものだが。
「あー。もう。ネットノベル。ネットノベル見てて夜更かししました。これでいいだろ」
「ネットノベルって……何時まで見てたんです?」
「とりあえず寝たのは三時」
「三時!? そんな時間まで見てたんですか? ネットノベル」
「いや、なんか寝付けなくてさ。暇潰しに読み始めたら止まらなくなって。気付いたらそんな時間、みたいな?」
正直、自分でも驚いている。いくら寝付けなかったからとはいえ、二時間以上も文章を読み続けるとは。
「またトオチカですか」
「トオチカ?」
あー、あれってそう略するのか。
「そうそう。トオチカ。昨日だけで一気に二十話くらい読んだかな」
お陰で大分話が進んだ。
とはいえ、まだ最新話には全然追い付けてはいないが。
「そう言えば、昨日読んでて思ったんだけどさ。あのヒロインって、なんかお前に似てね?」
「え? そうですか? 自分ではよく分かりませんけど」
まー。言われてみれば、そうか。俺自身、人から指摘されて初めて気付く事も多く、その度に自分の言動を思い返しては首を捻ったりしている。
「性格とか雰囲気はもちろんなんだけど、言動がどこか鈴羽を彷彿とさせるっていうか、被るっていうか……」
これはもう感覚の世界の話なのでどこがどうとは言えないが、なんとなく似ている、ような気が、しないでもない。まぁ、その程度と言えば、その程度の感覚なのだが。
「たまたま、じゃないですかね? ほら、自分と似た人間が世の中には三人はいるって言うし、物語を含めたらその数は倍どころの話じゃないんじゃないかと思ってみたり」
「あー。確かにな。というか、それ以外理由が考え付かないもんな。まさか、お前をモデルにあの作品が書かれてるわけないし」
「そんなわけないじゃないですか。どこの物好きが私なんて観察して、モデルにするんですか」
「だよなー。いや、別に深い意味があって言ったわけじゃないんだ。なんとなく似てると思っただけで」
「なんですか、深い意味って」
俺の訳の分からない物言いに、鈴羽が苦笑を浮かべる。
「それよりも、早くご飯済ませて下さい。いつまで経っても遊べないじゃないですか」
「……」
アポなしで勝手に来ておいて何を言ってんだ、と思わないでもないが、話の流れ上あまり強く出る事も出来ず、俺は黙って食事の手を進めるのだった。




