第40話 用
ようとはなんだ? よぉ? 様? 陽? 用? もしかして、用事の用の事だろうか。けど、その用とは一体……。
そんな私の疑問を余所に、せんぱいが自分の鞄を何やら探り、何かを取り出す。
「もうすぐお前誕生日だろ? 入学祝も兼ねて、今年は少し豪華なやつを贈ろうかなって」
そう言って差し出されたのは、黒い正方形の箱だった。
「えーっと、開けても?」
それを受け取り、私はそうせんぱいに尋ねる。
「どうぞ」
了承を得られたため、テープを丁寧に剥がし、箱の蓋を開ける。
そこにあったのは――
「ネックレス?」
輪っかの中に猫とクローバーが装飾された、ピンクゴールドのネックレスだった。
「何か身に付ける物を贈りたくて色々考えたんだけど、俺のセンスだけじゃどうしても不安で、それでことりに相談に乗ってもらったんだ。ほら、あいつそういうの詳しいから」
「じゃあ、ケーキバイキングは?」
「あー。あれは相談料というか、買う物が決まったからそのお礼で行ったんだ。俺が雑談の時にあの店に行った事を口にして、それで気になったらしい」
「他の人じゃダメだったんですか?」
「他の人って言ってもな……。千里はこの手の物に執着があるタイプじゃないし、後輩の天ちゃんに頼むのもなんだし、七瀬に頼んだところで結局ことりを勧められるだけだから……」
なるほど。せんぱいの言いたい事は分かる。他に適任者がいなかったのも事実だろう。だけど――
「むぅ」
なんだ、この気持ちは? せんぱいが小鳥遊先輩と出掛けた事は許せないのに、その理由が私のためだと知った途端怒りづらくなったというか、今まで目の前にあった梯子を急に外されたような感覚とでも言えばいいのだろうか。とにかく、複雑だ。
「それ、あんま良くなかった?」
私の反応を変に誤解したらしく、せんぱいがそう心配そうに尋ねてくる。
「これはどっちが選んだんですか?」
「俺がネットで調べて、候補を幾つかことりに見せて意見を聞いたりしたけど、最終的な判断は俺に委ねられた」
「そうですか」
ネックレスを箱から取り出し、せんぱいに差し出す。
「え? いらないって事?」
「なんでですか。せんぱいが付けてください。自分の手で」
「えー。マジか?」
「マジです」
恥ずかしいのか、せんぱいは私の申し出に対して少し嫌そうな顔をしたが、私も引く気はなかった。
その私の様子にせんぱいも観念したらしく、私からネックレスを受け取ると、立ち上がり、私の後ろに回った。
「じゃあ、付けるぞ」
「はい。どうぞ」
せんぱいが付けやすいように、私は自分のそれほど長くない後ろ髪を自分の手で持ち上げる。
私の胸元付近にせんぱいの手が持っていかれ、そしてそこから首すじに移動する。
なんだろう。別に変な事をしているわけじゃないのに、少しドキドキする。背後に回られる事と、胸元付近や首すじ付近に手をやられる事が、その要員だろう。
でも、背後で良かったかもしれない。今の私の顔はとてもじゃないが、せんぱいには見せられそうになかった。
「付け終わったぞ」
手で触れ、せんぱいのその言葉を自ら確認すると、私は一度表情を整え、振り返った。
「どうです?」
「うん。思った通り、似合うよ、とっても」
この人は、またあっさりとそんな言葉を……。
「せんぱい、今回の件はこの素敵なネックレスに免じて許してあげましょう」
もちろん、私にせんぱいを責める権限などない事は百も承知だ。だって私は、せんぱいにとってただの後輩であり、それ以上でもそれ以下でもないのだから。けれど、こうでもしないと、私自身今更引っ込みが付かないので、あえて偉そうな事を言わせてもらう。
「そうか。それは良かった」
せんぱいも私の思惑を察して、その芝居に乗ってきてくれる。
「本当は、誕生日当日に渡すつもりだったんだけどな。その前にこんな事があったから、予定が狂っちまった」
「えーっと、すみません?」
多分、おそらく、きっと、私が悪いのだろう。もし予定通りに行っていたら、どうなっていたのかは今となっては分からないが。
せんぱいが自分の席に戻り、再びアメリカンに口を付ける。
「ま、当日は当日で、なんか別の形で祝ってやるよ。金はもう掛けないけど」
そう言えば、このネックレス、いくらするんだろう? さすがに数万円もする物はくれないと思うが、見たところ五千円では済まなそうだ。
もちろん、贈り物は値段でその価値が決まるわけではないが、大事にしよう、他のやつ以上に、念入りに。




