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神崎鈴羽は、せんぱいに構われたい。  作者: みゅう
第一部 第六章 神崎鈴羽は悩み中。
40/80

第40話 用

 ようとはなんだ? よぉ? 様? 陽? 用? もしかして、用事の用の事だろうか。けど、その用とは一体……。


 そんな私の疑問を余所(よそ)に、せんぱいが自分の(かばん)を何やら探り、何かを取り出す。


「もうすぐお前誕生日だろ? 入学祝も()ねて、今年は少し豪華なやつを(おく)ろうかなって」


 そう言って差し出されたのは、黒い正方形の箱だった。


「えーっと、開けても?」


 それを受け取り、私はそうせんぱいに(たず)ねる。


「どうぞ」


 了承を得られたため、テープを丁寧(ていねい)()がし、箱の(ふた)を開ける。

 そこにあったのは――


「ネックレス?」


 輪っかの中に猫とクローバーが装飾された、ピンクゴールドのネックレスだった。


「何か身に付ける物を贈りたくて色々考えたんだけど、俺のセンスだけじゃどうしても不安で、それでことりに相談に乗ってもらったんだ。ほら、あいつそういうの詳しいから」

「じゃあ、ケーキバイキングは?」

「あー。あれは相談料というか、買う物が決まったからそのお礼で行ったんだ。俺が雑談の時にあの店に行った事を口にして、それで気になったらしい」

「他の人じゃダメだったんですか?」

「他の人って言ってもな……。千里(せんり)はこの手の物に執着があるタイプじゃないし、後輩の(てん)ちゃんに頼むのもなんだし、七瀬(ななせ)に頼んだところで結局ことりを(すす)められるだけだから……」


 なるほど。せんぱいの言いたい事は分かる。他に適任者がいなかったのも事実だろう。だけど――


「むぅ」


 なんだ、この気持ちは? せんぱいが小鳥遊(たかなし)先輩と出掛けた事は許せないのに、その理由が私のためだと知った途端怒りづらくなったというか、今まで目の前にあった梯子(はしご)を急に外されたような感覚とでも言えばいいのだろうか。とにかく、複雑だ。


「それ、あんま良くなかった?」


 私の反応を変に誤解したらしく、せんぱいがそう心配そうに尋ねてくる。


「これはどっちが選んだんですか?」

「俺がネットで調べて、候補を(いく)つかことりに見せて意見を聞いたりしたけど、最終的な判断は俺に(ゆだ)ねられた」

「そうですか」


 ネックレスを箱から取り出し、せんぱいに差し出す。


「え? いらないって事?」

「なんでですか。せんぱいが付けてください。自分の手で」

「えー。マジか?」

「マジです」


 恥ずかしいのか、せんぱいは私の申し出に対して少し嫌そうな顔をしたが、私も引く気はなかった。


 その私の様子にせんぱいも観念したらしく、私からネックレスを受け取ると、立ち上がり、私の後ろに回った。


「じゃあ、付けるぞ」

「はい。どうぞ」


 せんぱいが付けやすいように、私は自分のそれほど長くない後ろ(がみ)を自分の手で持ち上げる。

 私の胸元付近にせんぱいの手が持っていかれ、そしてそこから首すじに移動する。

 なんだろう。別に変な事をしているわけじゃないのに、少しドキドキする。背後に回られる事と、胸元付近や首すじ付近に手をやられる事が、その要員だろう。

 でも、背後で良かったかもしれない。今の私の顔はとてもじゃないが、せんぱいには見せられそうになかった。


「付け終わったぞ」


 手で()れ、せんぱいのその言葉を自ら確認すると、私は一度表情を整え、振り返った。


「どうです?」

「うん。思った通り、似合うよ、とっても」


 この人は、またあっさりとそんな言葉を……。


「せんぱい、今回の件はこの素敵なネックレスに(めん)じて許してあげましょう」


 もちろん、私にせんぱいを責める権限などない事は百も承知だ。だって私は、せんぱいにとってただの後輩であり、それ以上でもそれ以下でもないのだから。けれど、こうでもしないと、私自身今更引っ込みが付かないので、あえて偉そうな事を言わせてもらう。


「そうか。それは良かった」


 せんぱいも私の思惑を察して、その芝居(しばい)に乗ってきてくれる。


「本当は、誕生日当日に渡すつもりだったんだけどな。その前にこんな事があったから、予定が狂っちまった」

「えーっと、すみません?」


 多分、おそらく、きっと、私が悪いのだろう。もし予定通りに行っていたら、どうなっていたのかは今となっては分からないが。


 せんぱいが自分の席に戻り、再びアメリカンに口を付ける。


「ま、当日は当日で、なんか別の形で祝ってやるよ。金はもう掛けないけど」


 そう言えば、このネックレス、いくらするんだろう? さすがに数万円もする物はくれないと思うが、見たところ五千円では済まなそうだ。

 もちろん、贈り物は値段でその価値が決まるわけではないが、大事にしよう、他のやつ以上に、念入りに。

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