第35話 説明
「ふわぁー……」
欠伸を噛み殺し、大学構内を歩く。
休み明けのせいか、月曜日はどうしても気が抜けてしまい、いまいちやる気が出ない。
もう二日ほど経てば徐々にそのやる気も上がってくるとは思うのだが、その頃にはもう平日五日間の半分が経過してしまい、エンジンが掛かり始めたかなと思った頃にはいつの間にか金曜日を迎えているというのが、俺のいつものパターンである。
つまり何が言いたいかと言うと、俺が本気を出すのは水曜日の途中からで、今ではないとそういう事だ。
「やぁ」
背後から軽く肩を叩かれ、誰かが横に並ぶ。
確認するまでもない。千里だ。
「よぉ、土曜日はなんか悪かったな」
「そう思うなら、私にではなく鈴羽に何かしてあげるんだな。どうも彼女は……いや、止めておこう。他人がどうこう言う事ではないし、こういう事は得てして告げ口や悪口になりかねないからな」
何を言おうとしたのかは分からないが、千里がそう判断したのならば、それが正解なのだろう。なので、言い掛けたその言葉を、俺がそれ以上掘り下げる事はしない。
それに恐らく、今の話はお互いにとってあまり愉快な話ではなさそうだ。
「鈴羽と大分仲良くなったみたいだな」
「そうだな。初めに比べれば、雲泥の差だ。もっとも、まだ壁は感じるけどね」
「まぁ、鈴羽もお前も、決して人付き合いが上手な方じゃないからな。いきなり胸と胸を付き合わせて話すのは、無理だし無謀だろう」
焦って気まずくなったりしたら元も子もないし、その辺は徐々に慣らしていく他ない。
「ところで一昨日の彼女と君は、その、付き合ってるのか?」
「……鈴羽からは何も聞いてないのか?」
「元カノだと、彼女からは聞いている」
「そうか……」
別に口止めしたわけでもなんでないので、千里にその事が伝わっていても、特に何も思わない。あいつが俺の元カノだという事は、紛れもない事実なのだから。
「あいつとは別れたし、寄りを戻す気もない」
嫌いになったわけでないが、好きなわけでもない。理由があれば会うし、会えば普通に話す、ただそれだけだ。
「今のところはという事か?」
「どうだろう? 今後の事はもちろん分からないけど、その可能性は低い気がするな」
「会って話すぐらいの関係なのにか?」
「うーん。上手く言えないけど、あいつとはもう一区切りが付いていて、その区切りがある以上、そこら辺を歩く見知らぬ誰かより、そうなる確率は俺の中じゃ低いんだよな、なんか」
この感覚は人には説明出来ないが、きっと俺の中でことりとの関係は一度途切れているんだと思う。そしてその途切れた部分をもう一度繋ぎ合わせる事は、見知らぬ人と仲良くなるより俺の中で何倍もハードルが高く、難しいんだと思う。
だからと言って、顔も見たくないかというと決してそうではないし、会話がしづらいかいうと……まぁ、会話は時々しづらくなる事はあるかな。ふいに何かに蹴つまずくみたいな感じといえば、それに近いのかもしれない。
「私にはよく分からない感覚だな」
「俺にもよく分かんねーよ。ただ全くの疎遠になる程じゃないっていうか、必要があればそこを選択するくらいにはお互い親交を持っているっていう感じかな」
「先程から、何やら引っ掛かる物言いをするな、君は。理由だったり必要だったり」
「……」
意図的にそうしたわけではないが、どうしても誤魔化したかったわけではないので、多分そういう物言いになってしまったのだろう。
「あいつには、ちょっと頼み事を聞いてもらってたんだ。一昨日のあれはその代価みたいなもんで、別にそれ以上でもそれ以下でもないんだ」
少なくとも俺はそう思っているし、あいつもそう思っているはずだ。
「で、その頼み事というのは、一体なんなんだ?」
「……今回はやけに突っ込んでくるんだな」
千里はこういう時、普段ならあまり深堀りをしてこない。 話したければ聞くし、話したくなければ聞かないというのが千里のスタンスであり、人との接し方だ。なのに、今回はそんな感じではなく、聞かなければ気が済まないくらいの勢いをその話し方からは感じる。
その理由はやはり――
「すまない。私も一昨日の事がなければ、ここまで君のブライベートな事に関して首を突っ込もうとは思わない。しかし今回は……」
「それだけお前が、鈴羽の事を大事に思ってくれてるって事だろ? だったら、気にするな。むしろ俺の方こそ悪いと思ってるよ。こんな事に巻き込んじまって」
「それこそ気にしなくてもいい。私にとって隆之も鈴羽も、今では大事な友人だからな」
そんな台詞を、恥ずかしげもなく真顔で言えるやつを、俺はこいつ以外に知らない。だから、素直に尊敬するし、若干羨ましくもある。
俺ならきっと、言いながら照れてしまうから。
「で、その頼み事というのは、一体なんなんだ?」
横道に逸れた話を本筋に戻すべく、千里が先程と同じ質問を俺に再びぶつけてくる。
ふー。こうなったら全て話して、その上で千里には黙っていてもらおう。
「実は――」




