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神崎鈴羽は、せんぱいに構われたい。  作者: みゅう
第一部 第五章 神崎鈴羽は人見知り。
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第31話 せんぱいと先輩

 一時限目の授業を終え、一人で廊下を歩いていると、前方に見知った二人の姿を発見した。


「せんぱーい、千里(せんり)さーん」


 その背中に声を掛けながら私は、小走りで前の二人の元に向かう。


 二人が立ち止まり、こちらを向く。片や面倒くさそうに、方や笑みを浮かべて。


「こんにちは」


 二人に追い付いた私は、その前で足を止める。


「朝っぱらから元気だな、お前は」

「こんにちは、鈴羽(すずは)。今日も元気だな、君は」


 二人の先輩が、三者三様ならぬ二者二様の顔付きで、似たような事を私に向かって言う。


「ってかお前達、いつの間にか名前で呼び合うようになったんだな」

「あぁ、紆余曲折(うよきょくせつ)あってな」

「せんぱいの知らない間に、なんやかんやあってそうなりました」

「ふーん」


 まぁ、いいや、とでも言いたげな表情で、せんぱいが前方に視線を戻す。それが合図だったかのように、三人で同じ方向に向かって歩き出した。


「鈴羽も次の授業は受けないのか?」

「はい。受けたい授業がなかったので。千里さんは授業ですよね?」

「あぁ、残念ながら」


 そう言って千里さんは、本当に残念そうに(まゆ)を寄せた。


「二人はこれから食事か?」

「いや、前までならそうだったんだが、最近は事情が変わったからな。食事は、どこかで時間を(つぶ)してからだな」

「事情? ……あぁ」


 どうやらその辺りの事は、千里さんもせんぱいから聞いて知っているらしく、(うなず)きながら私に向かって意味深な目線を向けてくる。


「機会があれば、私もご相伴(しょうばん)に預かりたいものだが」

「え? 別に、千里さんが来るのを待ってから食事を始めても、私は構いませんよ」

「いや、そう言ってくれるのは非常にありがたいのだが、今日は先約がいてね。すまないが、そちらを優先させてもらうよ」

「そうですか……」


 まぁ、いきなりだったし、しょうがないよね。

 なんて事を考え、自分で自分を(なぐさ)めていると、突如(とつじょ)頭に手が乗っかり――


「その内、な」


 千里さんが私に向かって、少し困ったような顔で笑いかけてくれた。

 それはまるで少女漫画に出てくるイケメンのようで、私は不覚にも少しときめいてしまった。


「じゃあな」


 千里さんが片手を()げ、私達と別れる。


「おぅ」

「授業頑張ってください」


 エスカレーターで上に向かう千里さんを二人で見送り、その後、私達も下に向かうエスカレーターに乗る。


「結構仲良くなったのな、お前ら」


 エスカレーターに乗るなり、せんぱいがふいにそんな事を言ってくる。


「まぁ、お陰様で」


 せんぱいという存在がいなければ、そもそも私と千里さんが出会う事はなかっただろうし、せんぱいのアドバイスがなければ、私と千里さんが今みたいに話す事もなかっただろう。


「もしかして、()いてるんですか?」

「ばーか」


 私の軽口に、せんぱいが私の髪をくしゃくしゃにするという暴挙で対抗する。


「わぁ、何するんですか?」


 慌てて私はそれから逃れるために、体を後ろに()らした。


「うるせー。お前が馬鹿(ばか)な事言うからだ」

「たく……」


 髪を手櫛(てぐし)で直しながら、ちらりとせんぱいの顔を(のぞ)き込む。

 その顔は、確かにいつも通りの仏頂面に違いなかったが、その(ほお)(わず)かに赤く、私の軽口がただの的外れでなかった事を雄弁(ゆうべん)に物語っていた。


「せんぱいって、案外可愛(かわい)いとこあるんですね」

「は? 何言ってんだ、お前」

「大丈夫ですよ。私にとってせんぱいは、先輩の中の先輩であり、先輩オブザイヤー受賞の名誉先輩ですから」

「……ホント、大丈夫か、お前」


 あ、これは照れ隠しでなく、マジなやつだ。目をみれば分かる。マジなやつだと。


「いや、でも、仲良くなってくれて良かったよ。二人共、なんとなく気が合いそうだと思ったからさ」

「せんぱいって、なんだかんだ言って面倒見いいですよね」

「……まぁ、否定はしないかな」

「しないんだ」

「したところで仕方ないしな。こういうのは自分がどう思うかより、人がどう思うかだからな」


 なるほど。確かにその通りかもしれない。

 とはいえ、あまりに簡単に肯定されては、それはそれで面白くないというか、張り合いがないというか……。


「おい」


 せんぱいに呼ばれ、我に返る。


 少し考え事をしていたせいで、注意力が散漫になっていたようだ。そしてそれは、もろに私の行動に表れて――


「っと」


 エスカレーターの最後の所、段が吸い込まれる所に軽く足を取られ、少し体が前のめりになる。するとそこには、せんぱいが待ち構えていて……。


「わぁ」


 私の体はそのまま、せんぱいの胸に吸い込まれてしまった。

 女性のそれとは違う広く固い胸板に、私の顔はすっぽりと収まり、私はその事に安心感を覚える。当たり前の事だが、せんぱいはやはり男性なのだ。


「気を付けろよ、お前。こんなとこでケガしたら、ホント笑えないからな」

「え? あ、はい。すみません」


 私は素直に謝り、せんぱいからゆっくりと体を離す。


「ほら、行くぞ」


 (きびす)を返し、せんぱいが前方に向かって歩き出す。


「あ、はい」


 返事をし、私もそのすぐ後に続いた。


 いきなりの事に動揺をし、まだ心臓がバクバク言っている。これは何も、驚きだけがその理由の全てではないだろう。


 それにしてもやっぱり――

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