第25話 反応
昼食を終えると俺達は、鈴羽の行きたい所を中心に園内を回った。
まずはクラーケンズ・ハウス。
海底に沈んだ船や壺、岩と岩の切れ間からイカの足が無数に伸びており、それらが中を歩く者の進路を塞ぐ。
とはいえ、そこまで本格的なものではないため、数度行き止まりに達したものの、比較的短い時間で外には出られた。
次向かったのはレムリア。
神殿風の建物の内部は氷を模した鏡で一面が覆われており、こちらもまた中は迷路のように入り組んでいた。
視界が鏡によって惑わされる分、先程のアトラクションより進むのに苦労はしたが、こちらも二十分もしない内に外には出られた。
ちなみに、ハート型の染みは前以て知っていた事もあってか、割と簡単に見つかった。
レムリアを出ると俺達は、再び小休止を挟む事にした。
場所が近かったので連続で行ったが、迷路二連発は少し無謀だったかもしれない。
体力的には全然問題ないが、頭がちょっと疲れた。
疲れた頭には糖分という事で、近くのファーストフードに寄り、アイスをそれぞれ買う。
コーンに入ったそれを、店の外のベンチに腰掛け、二人で並んで食べる。
「あまーい」
「そりゃ、アイスだからな」
「アイスって、なんでこんなに美味しいんですかね?」
思わず入れた俺のツッコミなどまるでなかったかのように、鈴羽がふいにそんな事を聞いてくる。
「アイスクリームが美味しい理由か……。確か、乳脂肪が他の素材と絡み合うと、そこにコクと風味が生まれるんじゃなかったっけ?」
なんかそんな話をどこかで聞いたような、聞かないような……。
「いつも思うんですけど、そういう知識ってどこから仕入れてくるんです?」
俺にそう尋ねる鈴羽の声は、なぜか呆れ交じりで、まるで俺がまずい事でしたかのような態度だった。
「テレビとか、ネットニュースとかかな。別に覚えようと思って覚えてるわけじゃないけど」
アイスクリームの話も、たまたま数ヵ月前にテレビで見たから覚えていただけで、冬にまた同じ事を聞かれても果たして覚えているかどうか……。
「せんぱいって、意外と博識ですよね」
「意外は余計だろ」
「じゃあ、予想に反して――」
「意味一緒だろ、それ!」
たく、こいつは俺をなんだと思ってやがる。一応、先輩だそ、俺は。
「せんぱい、せんぱい」
「……なんだよ」
楽しそうに俺の名を呼ぶ鈴羽に俺は、怫然とした態度を隠そうともせず言葉を返す。
「私、そっちのアイスも食べてみたいです。一口ください」
「ほらよ」
特に迷いなく俺は、自分の手の中のアイスを鈴羽の方に僅かに寄せる。
「ありがとうございます」
それを見て鈴羽が、嬉しそうな声をあげ、俺のアイスにかぶり付く。
「うん。こっちもなかなか……。では、私の方も」
そう言って鈴羽が、自分のアイスを俺の方に差し出す。
「じゃあ、遠慮なく」
顔を近付け、鈴羽のアイスを一口頂く。
うん。普通に美味い。というか、不味いわけがない。
「どうです? 私のアイスは」
「まぁまぁ、かな」
「つまり、凄く美味しいって事ですね」
「なんでだよ」
何をどう解釈したらそうなるって言うんだ。
「違うんですか?」
「……いや別に、違わないけど」
「じゃあ、良かったです」
そう言って、今度は自分のアイスに口を付ける鈴羽。そして、目を瞑り、「うーん」と嬉しそうな声を上げる。
ホントこいつは、無邪気というかなんというか……。
「なんです?」
俺の視線に気付き、鈴羽が不思議そうに小首を傾げる。
「口、付いてる」
「えっ!?」
俺に言われて、鈴羽が慌てて自分の口元を指で拭う。
まったく、退屈しないな。こいつといると。
「どうです?」
「まだ取れてないぞ」
「嘘!?」
ゴーストシップはいわゆるお化け屋敷だ。
その名の通り、船を模した建物の内部はこれまた船のそれとそっくりで、木製風の壁や床や天井には、傷や凹みなどが無数に施されており、まるで本当に朽ち果てたかのような印象を見る者に与える。
薄暗い通路を、入口で渡されたライトを頼りに少しずつ進む。
ご丁寧に床は体重を掛ける度に軋むように出来ており、その音がまた船内の不気味さをより一層引き立てていた。
「なんか、リアルですね」
俺の背後にぴったりと寄り添いながら、鈴羽がふいにそんな事を口にする。
意外な事に、鈴羽はこの手のものが苦手、というか怖いらしい。
ゲームや映画なんかは全然平気そうなので、そういう感情は薄いかもしくはないものだとばかり思っていたのだが……。
「怖いなら、止めとけば良かったのに」
「別に怖いからって、嫌いなわけじゃないですし。基本的には好きなんですよ。こういうの」
「ふーん。なら、いいけど」
背後に気を配りつつも、前方や左右の探索も怠らない。
このお化け屋敷において客が歩けるのは基本的には通路だけで、どこかの部屋に途中で寄ったりは出来ない。では、左右に点在する部屋達はただの飾りかというと、別にそういうわけでもなく……。
「あー!」
左の部屋から、船員の服を着た骸骨の上半身が、扉の上部を突き破るようにして飛び出してくる。
「わー!」
それに対して鈴羽が、面白いように驚く。
ここまできれいに驚いてくれれば、脅かし役の人も本望だろう。
そのやりとりを見届けると俺は、止めていた足を再び前方へ動かす。
「なんでせんぱいは、そんなに普通なんですか!」
慌てて俺の後を追ってきた鈴羽が、そう半ば怒鳴るように俺に言ってくる。
「いや、だって、出てくるって分かってるし、想像の範囲内だったから」
どこから、どういう形で出てくるか分からないというのなら話は別だが、脅かし役の登場のし方は俺の想像通りで、ビクッとくらいはするかもしれないが、それ以上の驚きは今のところなかった。
「まったく、頼りがいのある背中ですね!」
「誉めてるんだか、怒ってるんだか、どっちなんだよ、それは」
「両方に決まってるじゃないですか!」
「あっそ」
まぁ、なんでもいいけど。
その後も数多の骸骨達の脅かしに遭いながら、俺達はなんとか折り返し地点である操舵室に到着する。ここだけは唯一客が入れる部屋であり、このアトラクションの心臓部と言ってもいい重要な場所だ。
「塞がってますねー」
その光景を見て鈴羽が、場違いとも思える呑気な声を出す。
鈴羽の言う通り、操舵室前の通路は瓦礫等で塞がっており、通れそうにない。つまり、部屋の中を経由しないと向こう側の通路にはいけないというわけだ。
「一組ずつお入りください?」
扉の横に貼られた紙の文字を口に出して読み、鈴羽が不思議そうに首を捻る。
「アトラクションの都合上、イベントの途中で乱入されても困るからな」
「イベント?」
俺の言葉に再び首を捻る鈴羽。
ちなみに、現在室内に参加者がいるかどうかは、扉上部の電光掲示板で分かる。人が中にいる時は「少々お待ちください」、いない時は「一組ずつお進みください」と文字が表示される。
今の表示は後者なので、俺達は扉を開け中に進む。
扉は軽く触れると、自動的に内側へと開いた。
「よく来た、侵入者達よ」
室内に入るなり、正面の椅子にこちら向きで鎮座する船長らしき骸骨が、言葉を発する。
……と言っても、あの骸骨は作り物で、実際に言葉を発しているのはその中に仕込まれたスピーカーだが。
「――!」
背後で扉がひとりでに閉まり、それに鈴羽が少しビビる。
「数々の部下達の妨害にも屈せず、ここまでやってきた事をまずは誉めてやろう。その勇気と度胸に免じて、お前達にはこれを与えよう」
そう言って骸骨が差し出してきたのは、赤色のちょうど手の平サイズの球体だった。
「鈴羽、取ってこいよ」
「え!? なんで私なんですか!?」
「俺はからくり知ってるからさ、俺が取りに行っても面白くないだろ?」
「からくりって事は何か起こるんですね!」
「……さぁー」
背後からの追求に、俺はそっと目を逸らす事で応える。
「今更遅いですよ!」
と言いつつも、ここでウダウダやっていても仕方ないと諦めたのか、鈴羽が俺の背後から出て、骸骨に恐る恐る近付く。
これだけ背中が無防備だと、背後から驚かしてやりたくなるが、そうすると本格的に収拾が付かなくなりそうなので、さすがに自重する。
鈴羽が骸骨との距離を詰め、その手にある物へと手を伸ばす。すると――
「わぁ!」
球体から突如スモークが上がり、同時にその色を失う。
「カッカッカッ」
そして、骸骨の笑い声が室内に響き渡る。
「……」
数秒の沈黙の後、鈴羽がこちらを振り向き、にこっと笑う。
「なんですか、これは!」
しかし次の瞬間、その顔はすぐさま怒りのそれに変わる。
「何って、こういうイベントなんだよ。ドッキリ系の」
ちなみに、あの球体は骸骨の手に固定されているため、実際に手に取る事は出来ない。
程なくして、右斜め後ろから音が聞こえてきた。音のした方に目をやると、俺達が入ってきた方とは別の扉がいつの間にか開いていた。
「というわけで、行くか」
「どういうわけですか!」
まだ絶賛お怒り中の鈴羽を引き連れて、俺は室内を後にした。




