第九十九話【逃亡】
更に少しの時間が経った。
「そういえば。他のみんなはもう洞窟の奥まで到着しているかな?」
質問攻めのなか、緑眼鏡さんがふとそんな疑問を口に出した。
「もう少しかかると思いますけど……」
そこまで言ったところで俺は気付いてしまった。
このままだと、まずいという事実に。
やばいぞ、今すぐこの女から逃げないと。
正直完全に忘れていたわ。
そう。
実力のある冒険者たちは、洞窟の奥へと向かって行ったのだ。
つまり、俺が倒したコモルドラゴンの死体に出会うはず。
それだけならいいのだ。コモルドラゴンは普通の色に戻っているからな。
一応冒険者たちは昨日、赤いスライムやゴブリンがが死ぬと、元の色に戻るという光景を見ているはずだが、かといって死体のコモルドラゴンを見てこいつは元々赤かったなどとは断定出来ないだろう。
しかし、あのコモルドラゴンの死体の近くには、俺が投げ捨てたフード付きの黒服がある。
俺が今現在着ているのと同じやつがな。
となると、俺がコモルドラゴンを倒したという事実がばれる。
一応俺はCランク冒険者だから、倒せてしまうのはおかしい。
冒険者たちが洞窟の奥に赤い魔物がいないと分かり、ここまで戻って来るのは時間の問題だ。
すると、俺が質問攻めをくらう未来は目に見えている。
どうやってCランクの君が、あの魔物を倒したの?
怪我はない?
服がボロボロだったけど、どうして君は立っていられるんだ?
本当に何者?
そうなったら面倒くさい。
青い閃光さんがいる時点で、簡単に逃げられるような気がしない。下手したら捕まる。
仮に、あの服は俺のではないと言っても、信じてはもらえないだろうな。
あの人たちは、プロの冒険者。
死体の状態を見て、おおよその死んだ時間帯が分かるはず。
となると、その時間帯の間にこの洞窟にいたのは、俺だけじゃないか? という結論に辿り着くのは簡単である。
ということで、面倒な展開を避けるためにこの人から逃げよう。
多分一人なら、このリュックを背負っていても余裕で撒ける。
今なら顔も見られていないし、個人情報だって一切ばらしていない。
あ~、何も喋らなくて……よかった!
そう決意し走り出そうとした、次の瞬間!
木と木の間から、ガサッ! という音が聞こえた。
コモルドラゴンだ。
「君! 危ないから下がって」
緑眼鏡さんは反射的に俺の前へ出るとそう言った。
「分かりました」
言われた通り、後ろに下がる。
「───石弾!」
すると緑眼鏡さんの手のひらから、普通よりも明らかに大きい石の弾丸が現れ、コモルドラゴン方向へと飛んでいく。
詠唱早っ!?
そして飛んでいくスピードも常識離れすぎだろ。
流石熟練冒険者。
うむ、見とれるのはここまでにしよう。
今の俺には逃げ出すと言う使命があるのでな。
という訳で、緑眼鏡さん……短い間でしたが、魅力的な質問攻めありがとうございました。
また会える日を。
俺は右後ろを向き、静かに木と木の間を走って行く。
多少植物が揺れて音が出てしまう。
葉っぱ多すぎだろ。
……この状態だと見つかってしまう可能性があるな。
いったん隠れるか。
そう考え近くにあった大きめの木に、猿のごとく登り始めた。
下辺りだと見つかる可能性がある為、上へ上へと登る。
やがて木の葉っぱにより地面が見えなくなって来た辺りで止まり、若干太めの枝に座った。
相変わらず大きいリュックが邪魔くせぇ。
叩き落とすぞ、この野郎!
それから少しの時間が経った。
もうそろそろ降りても大丈夫だろうか?
あの緑眼鏡さんは、コモルドラゴンを倒した後、俺に逃げられたことを報告する為に洞窟方向へ向かうはず。
つまり、もうこの近辺にはいないという考えだ。
「おーい! フードのしょうねぇ~ん?」
大きな声が聞こえて来た。
緑眼鏡さんの声だ。
まだいたのかよ!?
倒すの遅すぎだろ。
「どこだぁ~?」
……なんか怖い。
新手の恐怖感だわ。
ちょっとでも音を立てたらバレそうだな。
今ここで座っている枝が折れたらおしまいだろうな~。……て、そんなことを考えるのは止めよう。
早くどこかへ行け。
「もう倒したから安心しなさい。てか、私から離れている方が危険よ~?」
もうええて。
てか、枝が折れたらとか想像したせいで怖いわ。
まじで考えなければよかった。
……リアルガチで折れないよね?
そんな展開は勘弁してよ? 頼むから。
「フードちゃ~ん!」
うるせぇ! だまれ。
絶対小馬鹿にしとるやろ。
「…………」
あれ? 声が聞こえなくなったぞ?
せめて諦める宣言してくれんかね?
このままだと怖くて降りられんわ。
それとも、俺が今いるこの木を登っているっていうパターンではないよな?
いや、本当に怖い。
「見つからないからもう諦めるわ! だからどこへでも行きなさ~い!」
……。
下からそんな声が聞こえて来た。
うん。俺は確かに諦める宣言をしてくれと言った。
その結果、本当にしてくれた。
けどさ、逆に怖い。
諦めるっていいながらも、どこかで待ち構えていそうだわ。
…………ダメだ。とてもじゃないけどここから動けない。
もう少し待とう。
てか、あと数時間は待機しておこう。
なんか緑眼鏡さんってあまり強くなさそうだけど、精神的に追い詰めて来やがる。
ほんで、まだ枝が折れるかどうかの恐怖もあるしな。
約三十秒後。
「……」
まじでなんの音もしないな。
本当にどこかへ行ってしまったのでは? という考えが頭をよぎる。
出来るだけ早くここから立ち去ってしまいたいと言うのが本音だ。
て、さっきから同じようなことばかり考えているわ。
悩むから疲れるんだよ。
という訳で、寝よう!
……いや、あかん。
このリュックを背負った状態で寝たら、いつ落ちてもおかしくない。
止めだ、止め。
結局行動を起こそうと思ったのは、それから約二十分後のことだった。
あれから緑眼鏡さんがいる気配は感じない。
おそらく諦めて洞窟へと戻ったのだろう。
確証は持てないけど、悩んでいても仕方ない。
俺は街へ戻る!
という訳で、バランスを崩さないようにゆっくりと枝を伝って降りて行く。
やがて地面が見えるだろうという場所まで降りた、その時!
緑色の髪が目に入って来た。
緑眼鏡さんが待ち伏せをしていたのか? だとしたらまずい。俺はかなりの音を立ててここまで降りて来た。つまりばれてもおかしくない。そろそろ上を見上げるだろう。
因みにそんな心配はすぐになくなった。
よく見ると……人間の頭の形に見える植物やん。
ええ加減にせぇ。紛らわしいわ。
ちょっとびっくりしたわ。
まあ、落ち着いて行こう。
その後俺は無事に地面へと降り、周りを警戒しながら静かに山を下り始めた。
夕刻。草原の上を歩いている一人の少年。
言わずもがな俺だ。
俺は、山のなかを移動しつつもよく考えた結果、シーロス街に戻るのを止めた。
何故かというと、戻るメリットが一切ないから。
冒険者たちに見つかる可能性があるし、宿とかを取るのもだるいし。もう靴は乾いてしまったし。
というわけで俺は歩みを進めていく。
読んでくださりありがとうございます。




