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第七話【お母さん】

 俺は来るはずの痛みをじっと待つ。

 

 ‥‥‥。

 

 だが、来ない?

 

 疑問に思い、目をゆっくりと開けてみると、


「レ‥‥‥レイン?」

「えっ‥‥‥母さん!? どうしてここに?」


 目の前には赤いゴブリンのパンチをお腹で受け止めている母親がいた。


 母親はその場に座り込み、こちらを振り向く。


「嫌な予感がして様子を‥‥‥見に来たのよ。‥‥‥でも。レインが無事で‥‥‥よかった」


 口元からは、血が溢れ出ている。


「母さん!! 大丈夫!?」


 俺は急いで、座り込んでいる母親の元に向かった。


「早く‥‥‥逃げて」


 その言葉と同時に、母親の口から大量の血が出て来る。

 

「そんなこと出来ないよ」

「ゲホッ! ゴホッ! ‥‥‥いいから」


 そんなやり取りをしていると、ゴブリンは敗者を見下すような目で俺たちを見ていた。まるで俺が普通の緑ゴブリンを見ていた時のような。……一緒だ。


 そして相手は母親の綺麗な髪を掴むと、そのまま横の茂みへと放り投げた。


「ヴァァァ」


 ゴブリンは、吹っ飛ばされて倒れている母親の元に向かって歩いて行く。


「やめろ‥‥‥」


 俺は自由の利かない体を動かし、必死でゴブリンについて行こうとする。

 

「ヴォォ」

「やめろ!」


 無力化している母親に対して、何度もパンチを放っているゴブリンの後ろ姿が見える。

 ついでにグチャッという、グロい音まで聞こえて来た。


「やめろぉぉ!!」


 俺はふらつきながらも、全力でゴブリンの頭を殴った。


 でも、全く効いている感覚がない。


 相手は一応俺の攻撃が気になったのか、こちらを振り向くと俺の太ももを蹴って来た。

 それにより、下半身が後ろに下がり、体が前方向に倒れる。

 

「うっ」


 くそぉ!

 無力な自分にも、あいつにも腹が立つ。


 ゴブリンは倒れこむ俺を無視して、再び母親の方に視線を向けた。

 その様子はまるで綺麗な女性に対する暴力を楽しんでいるように見える。

 

「きゃああ」


 母親の大きな悲鳴と、グロい音がまた聞こえて来た。


 その時!

 

「うおぉぉぉぉ」


 どこからか誰かの叫び声が響いて来た。

 この声は‥‥‥親父?

 

 ふと声のした方を向いてみると、親父が鉄の剣を片手にものすごいスピードでこちらへ走って来る。


 それに気付いたゴブリンは、親父を自分よりも格上だと判断したらしく倒れている母親に攻撃を止め、勢いよくどこかへ走り去って行った。


「レイン、無事か」

「うん、だけど母さんが!!」

「なに!?」

「あそこ」


 俺は先程ゴブリンのいた茂みを指さした。


 親父は急いで茂みを見に行く。


 そして少し行った所で、一度立ち止まった。


「おい、お前? ‥‥‥エリフ!?」

「あ‥‥‥なた。来てくれたの」

「喋るな。すぐに治療をしてやるからな」


 親父は血だらけで倒れている母親をおんぶすると俺の方を向く。


「レイン。わしは母さんを家に連れて帰る。だからお前も走ってついて来い」

「分かった」


 体がしんどいと言える状況じゃない。

 それに俺の傷なんて、母親のに比べたら全然大したことない。

 

 俺は、力強く走っている親父の後ろに必死でついて行く。

 体全身が痛くて今にも倒れてしまいそうだが、そんなことは言ってられない。

 今は一刻を争っている。

 早く家に帰って、俺に出来ることがあれば手伝わないと。


 やがて自宅に到着すると、親父は一早く母親をベッドに運び、早速行動に移る。


「レイン。キッチンでお湯を沸かして来い。わしはタンスから薬草を取って来る」

「うん!」


 多分今までで一番焦っている。

 だが、落ち着かないと。


 俺は走ってリビングへ向かい、やかんでお湯を沸かす。


 ‥‥‥。

 

 くそ、早く沸けよ!!

 なんでこんなに火力が弱いんだよ!!

 いや、落ち着け。

 どんなに急いでも結果は変わらない。


 少ししてやっと沸いたので、取っ手を持って親の寝室まで走る。


 ガチャッ


「父さん、持ってきたよ!!」

「おお、こっちへ」


 親父は俺からやかんを受け取ると近くの机に置いてあった、薬草をすり潰したものが入っているであろう木の茶碗を手に取り、母親の元へ向かった。


「レイン、母さんの服を捲れ」


 そんな言葉に俺は無言で頷き、母親が着ている血だらけの服を捲ってお腹を露わにさせた。

 すると母親のお腹には、黒い血で正確には分からないが、小さい穴が開いている。

 まじかよ。

 

「お前、ちょっとだけ痛むが、我慢してくれ」


 親父は険しい顔をしながら、開いた穴の部分に薬草をすり潰したものを入れ、急いで上からタオルを被せた。

 

 母親は、口にタオルを噛み締めていて、声を出さないように必死で耐えている。

 

 そりゃー麻酔もなしで体内に液体を入れているんだから、死ぬほど痛いに決まっている。

 

 そこで俺は思わず目を逸らしてしまった。


 あまりの痛々しさに見ていられなかったのだ。

 

「今からお湯をかけるからな。もう少しだ!」


 その言葉と同時に俺は耳を塞いだ。

 

 なのにも関わらず、「あぁぁぁぁぁぁ!!」という大きい声が聞こえて来た。

 

 と、その時。

 

 突然、叫び声が聞こえて来なくなった。


 どうしてだろうと思い、耳を塞いでいる手を離し、母親の方を向いてみると‥‥‥。

 

「レイン‥‥‥人には優しく‥‥‥ね」


 寝転んでいるままの母親が噛み締めていたタオルを横に出し、俺に向かって話しかけて来た。

 とても弱々しく今にも消えてしまいそうな声だ。

 

「母さん!?」


 まるで死ぬ直前みたいなセリフを言うんじゃねぇよ。

 

「‥‥‥あなた‥‥‥あいして‥‥‥るわ」

「ああわしもだ。でも、喋るな」


 親父は母親の手を強く握る。


「二人共、ティアのこと‥‥‥よろ‥‥‥し‥‥‥」


 その言葉の途中、母親は静かに目を閉じた。

 

 それと同時に周りの音がなくなったような気がする。

 

 母親‥‥‥いや、お母‥‥‥さん?

 

 どうしたの?

 

 寝ただけだよね?

 

 死んでなんかいないよね?

 

 そう口に出そうとしたが、唇が上手く動かない。

 

 うん、普通に疲れ果てて寝ただけだよね?

 

 僕たちを置き去りにしてなんかないよね?

 

 そう言いたいのに、声が喉を通らない。

 

 と、その時。


 ドアが開く音がした。

 

 振り向いてみると、そこにはティアが立っていて、寝癖をつけて目を擦っている。

 

「おはよー‥‥‥あれ? おかあさんねてるの?」


 こんな状況にも関わらず無邪気な声だ。


 ティアはいつも通りの顔で、お母さんの元へと近づいていく。

 

「おかあさん、おなかすいた」


 そう言ってお母さんの顔をパチパチと優しく叩いている。


 だが、お母さんの目が覚めることはない。

 

「ねぇ、おきて」


 今度は血だらけの体を揺すり始めた。


 その光景を見て、俺の目には自然と涙が溜まって来た。

 

「おとうさん。おかあさんおこして?」


 なかなか起きないお母さんを見て、今度は親父の方を向いた。

 

 ふと見てみると、親父は涙こそ流していないものの、目を大きく開けている。


 涙を堪えているのか、もしくは頭の中の整理がついていないのか。

 

「れいんおにいちゃん?」


 親父の目の前にいるティアが、無言で涙を流している俺を見て、とても不思議そうな顔をして来る。

 

 もう駄目だ。

 

 そう思い俺は何も答えることもなく、部屋を飛び出した。

 

 そして靴も履かずに家を出て、庭の門を勢いよく開けると、そのまま森の中へ走っていく。

 

 自分でも何をしているのか分からない。

 ヤケクソだというのは理解している。

 けど、もうあの場にはいられなかった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 生まれ落ちてから一番の叫び声だったかもしれない。

 

 俺は喉の奥から感情を放出させて、走り続ける。

 

 少しして木の間から緑色のゴブリンが出て来た。

 

 俺は相手の顎に飛び膝蹴りをし、一撃で戦闘不能にする。

 そして顔を踏み潰すと、全力で緑色の腹を殴った。

 お母さんをやったのがこいつじゃないことくらい色を見れば分かる。

 でも他に当たる場所なんてない。

 こいつらは絶対に許さん。

 殺した後も殺してやる。

 俺は今までにないほどの怒りを、何度もゴブリンの腹にぶち当てた。

 

 やがて動かない相手じゃ物足りなくなり、新しいゴブリンを探す為に再び走り出す。

 本当はあの赤いゴブリンに出会い、ボコボコにしないと気が済まないのかもしれない。

 けどあいつに勝てないのは俺自身が一番よく分かっている。

 だから緑色を狙うのだ。

 ゴブリンなんて種族ごと地獄に送ってやる。

 

「ヴァァ」


 茂みの奥にいた二匹のゴブリンが、こちらの存在に気付き声を出すと、木の棒を構えて向かって来た。


「ふざけんなぁぁぁ!!」


 俺は近付いて来たゴブリンに木の棒ごと回し蹴りをくらわす。

 するとそいつは地面に倒れ、一瞬で戦闘不能になった。

 

 それと同時にもう一匹のゴブリンが茂みの中から飛び出して来る。

 

「おらぁぁぁぁぁ!!」


 俺が雄叫びをあげて近付いていくと、相手は恐怖心を感じたのか、反対方向に向かって走り出す。


「逃がすとでも思うか? ごらぁぁ」


 俺は後ろから背中を殴りつけ、さらに首へ本気のチョップを入れた。

 相手は静かに倒れていく。

 

 やっとお母さんの言っていた「人間と魔物は共存できない」という言葉が理解出来た。


 あいつらは人間を殺したくてしょうがないんだ。

 

 くそぉ! 俺が強ければこんなことにはならなかったのに。


 そう、ここは地球みたいにぬるい世界ではない。


 自分の身を守れないやつには、死が待っている。

 

 数時間前の俺をぶん殴ってやりたい。


 何が魔物を殺す行為は遊び感覚と同じだ!


 何がもうちょっと手強いやつが出て来て欲しいぜ、だ!

 

 そんな甘い考えで何が起こるか分からない森に入ったのが間違いだったんだ。

 

 戦闘不能になっている相手を見下ろしながらも、俺は反省をしていく。

 

 その時、横から新たなゴブリンが現れた。

 俺は無言で目潰しをくらわし、続けて鼻の下をぶち殴る。

 ゴブリンは小さい声を出しながら地面に倒れて死んでいった。

 

 俺はそんな光景を見て「はぁ~」とため息をもらし、その場に座り込む。

読んでくださりありがとうございます。

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