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HOPE!  作者: NATSU
第五章 『忘れられない日』
33/35

(2)

 羨ましいぜ。堂々と男子高校生やれるんだからよ……。

 共学になったところで柚希が男子生徒に移ることは不可能だった。女として学園生活を送ってきていて今更男でした、なんて混乱を招くようなことは許されない。抽選入学の時の決まり事でもある。

 柚希は胃痛と疲労に襲われ、ふらふらしながら……ふとあることに気づき、立ち止まった。

「そういえば! 陽菜!」

 保健室に一人残して行くはめになった、陽菜はあれからどうしたんだろう。体調は大丈夫なんだろうか。

 何より今この学園には多くの狼共が徘徊している。そう思った途端、廊下にいる男子生徒がみんな邪なことを考えている狼にしか思えなくなってきた。

 危ない。陽菜が、赤ずきんちゃんが、危ない。陽菜は男が苦手なのだ。しかしながら男が見惚れる容姿をしている。それだけでも十分心配である。それに加えてこいつらは……。

 柚希は犬のような唸り声をあげて、自分に見惚れている男子生徒達を睨み付けた。男子生徒達はそんな子犬のような柚希を更に気に入っているようだったが。

「大丈夫だといいんだけど」

 既に保健室にはいないかもしれない。柚希は廊下を見回しながら一応保健室へ向かうことにする。思ったより男子生徒は多い。余計に陽菜が心配になってきた。

 廊下を探索して見つかるのは、きゃぴきゃぴるんるんした頭の軽そうな女子生徒共とそれに話しかける更に頭の軽そうな男子生徒共ばかりだった。通行の邪魔である。

「あーくそう! どいつもこいつも!」

 柚希はいきり立ちながら足を速める。廊下を進むたび男女混合の集団がいくつも目に付いた。

「ん?」

 その中の一つは明らかに様子が違っていた。柚希はおかしく思い、立ち止まって凝視する。

 男女混合とは言い難く、女子生徒が四、五人の男子生徒に囲まれているといった感じだった。まさに狼に捕らえられた獲物状態だ。

 中心にいる女子生徒はこちらを見ている柚希に気づき、囲んでいる男子生徒達の隙間から顔を出して、目で訴え助けを求めた。よく目を凝らして見るとその中心部には、

「陽菜!?」

 助けを求める陽菜がいた……ように見えただけであった。

「こら、柚希! なにやってんの! 助けなさいよ!」

 見間違っても仕様がない。中心にいたのは双子の羽菜なのだから。

 柚希の姿を見つけた羽菜が右手を振り上げて柚希に向かって怒鳴っている。怒鳴る相手が違うんじゃないか、と思う柚希。

「んだよ、羽菜か」

 的が外れて、しかも相手が羽菜で柚希は具合が悪くなる。

「なんだよってなによ! なんで嫌そうな顔すんのよ! ちょっと柚希、聞いてるの!? 何様のつもり!」

「よかったじゃねえか、男に囲まれて。楽しそうで。逆ハーレムだな、逆ハーレム。あはははは」

 柚希は笑いながらその場を立ち去ろうとする。それだけ口が回るなら大丈夫だろうと思い、そのまま立ち去ることにしたのだ。

 羽菜に関わると何かと厄介だ。罵詈雑言を浴びせられる前に、と柚希は通り過ぎていったが、

「……ゆ、ゆき、ちゃん」

 小鳥の鳴くような声が耳に入り、足を止める。柚希にすがるような弱々しい今にも泣きそうな声。

「陽菜?」

 今にも溢れそうな涙を目にいっぱい溜め、震える唇を噛み締め、羽菜の腕に巻きついている陽菜の姿がそこにあった。陽菜は羽菜と一緒にいたのだ。

 柚希は踵を返し、羽菜と陽菜を囲んでいる男子生徒達の中へ割って入っていく。

「あ。もしかして二人の友達? 超可愛いんだけど」

「うわ、まじ! 目でっかぁ、顔小さぁ、人間とは思えねえって」

「あれだよ、あれ。萌えぇえ、だよな。あはは」

 柚希が割って入ると逆に盛り上がってしまった。誰が見ても飛び抜けて可愛い女子生徒である。男子生徒的には大歓迎なのだ。

「あ? なんなんだよ、てめえらは」

 柚希は陽菜の肩にそっと手を添えると目の前の男子生徒を真っ直ぐに睨み付ける。悔しいことに見上げなくてはいけない程、身長差があったが気負けはしない自信があった。

「柚希……?」

 羽菜はそんな柚希をきょとんと見つめている。陽菜の肩に手を添えて、自分の方に引き寄せて……何それ、と、思いながら目を丸くしていた。それではまるで彼氏のようだ。男に囲まれた彼女を守る……彼氏。

 そんな羽菜の視線に柚希は全く気づいていない。目の前のことで、陽菜を守ることで、精一杯だった。

「可愛い顔してんのに言葉使いきっついねぇ。なんて言うんだっけ、ほら」

「ツンデレだろ?」

「そうそう、ツンダレ!」

「おいおい、ツンダレってなんのタレだよ」

 男子生徒達は一斉に、がはは、と下品に笑った。柚希が怒っているとは全く感じていないようである。

 そのでかい笑い声を聞いて柚希は腸が煮えくり返るほどの怒りを拳に込めた。右拳がブルブルと震える。相手は男である。女で通している自分が男を殴ったって大して問題にはならないだろう、と柚希は思った。

 殴る気、である。

 男が女を殴ると問題になるが、女が男を殴ったって問題にはならない。散々、姉達に殴られてきた柚希はそれをよく知っている。学園内とて同じことだろう。色恋沙汰程度にしか思われないはずだ。

 柚希の目は釣りあがり、唇をぎゅっと噛み締めている。

「てめえらなぁ……」

 そう呟き、拳をあげた、瞬間、

「待った、待ったーぁ」

 その拳は何者かの手によって封じ込められた。柚希は背後から自分の手を掴み取った人物を見上げる。

「お、おまえ!」

「女の子が暴力なんてだめだめでしょ?」

 そこには、にぱぁ、と人懐っこい笑みを浮かべている奏斗の姿があった。

「ゆ、ゆ、悠木!?」

「み、水無月も一緒か」

 男子生徒達は慌てた様子で、一歩、また一歩と、後ずさりする。

「奏斗くんの友達になにか用? まっさかぁ、狙ってたりなんかしたりして?」

 男子生徒達は一瞬にして凍りつく。奏斗の笑顔には威圧感があった。笑顔が真顔より怖い。目が笑っていないのだ。しかし柚希は何故そこまで怖がるのが不思議に思う。

「そ、そんなわけないじゃんか。なぁ」

「あ、ああ。ちょっとぶつかっただけだよ。なっ」

「そうそう」

 男子生徒達は顔を見合わせるとそのまま慌てて立ち去って行く。慌てふためいて一人は途中で扱けていた。

 柚希はそんな男子生徒の様子を不思議に思いつつ、自分の手にある感触で我に返った。

「ひ、陽菜! もう大丈夫……じゃあ、ねえか」

 咄嗟に肩に添えていた手を離し、体も離した。

 男子生徒達が立ち去り、もう大丈夫だろうと思った柚希だったが、新たな男子生徒が二人現れたことを忘れていた。陽菜は柚希の背中に隠れる。

「柚希ちゃん! 昨日ぶり! わぁ、今日はポニーテール? 惜しいな。やっぱり俺的にはツインテールがよか……」

 柚希は短い足で楓の股間を蹴り上げる。黙らせるにはそこを蹴ってスイッチをオフにするしかないだろう。

「黙れ、変態。俺はおまえなんか知らん」

 メイド服にツインなんとかをさせられた忌まわしき過去は、柚希の中では既になかったことになっているのだった。

 痛み、苦しみ、死の瀬戸際にいる楓は放っておいて、奏斗は柚希の後ろに隠れている陽菜に声をかける。

「あっれ、はーなちゃんっ。髪切ったのん?」

 陽菜は柚希の背中に顔を埋め、ぎゅっと抱きつく。

「おい。ひ、ひひひ、陽菜?」

 首を回し、背後を確認すると自分の背中に顔を埋めている陽菜がいた。振り返った柚希に気づいた陽菜は、少し顔を離し、柚希を潤んだ瞳で見上げる。誰が見てもわかるような助けを求めている瞳で。

 急な展開に柚希は動揺し、また胸を高鳴らせていた。その音が陽菜に聞かれていないか心配になる。しかし心配になる分だけ、また胸が、とくん、と高鳴った。

「は、羽菜はこっち」

 柚希はどきどきしながら、かろうじて羽菜の方を指差す。

 柚希と陽菜を傍らから見ていた羽菜はというと、かっとしていた。頭に血が上り始めている。とことん陽菜を守るつもりなのか、と思うと羽菜は無意識に歯噛みしていた。

「わ! 確かにこっちが羽菜ちゃんだ」

 そんな今にも殴りかかってきそうな凄い剣幕で、柚希を威嚇している美少女を見て奏斗は確信した。そして泣きそうにしている陽菜としつこく見比べる。

「なーる、双子か」

 奏斗が笑みを深め、楽しそうに呟いた。

「そうよ、双子よ! 悪い!?」

 それを聞いていた羽菜が食って掛かるような言い方をする。

「おい、なにそんな怒ってんだよ」

 柚希は思わず突っ込んだ。奏斗が気に食わないのは分かるが、それにしてもキリキリしている。

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