第26話 決勝戦
決勝戦のリングには、これまでの試合とは比較にならない濃密な魔力が渦巻いていた。
対峙するのは二人。
燃えるような赤髪をなびかせ、白銀の細剣を構える皇女、イリスディーナ。
そして、身の丈ほどもある巨大な銀色の大盾を地面に突き立て、悠然と構えるラギウス。
『さあ、泣いても笑ってもこれが最後! 帝国の至宝「蒼柩」か! それとも呪具を統べる「平均」か! 秋季選抜トーナメント、決勝戦ンンンッ!』
開始の号砲が、帝都の空に響き渡る。
「──行きますよ、カルゼラード」
イリスディーナが、切っ先をラギウスに向ける。
ただ構えるだけで、燃え上がる炎が幻覚で見えるレベルだ。
しかし、ラギウスは冷静に、盾を構えるのみ。
「『蒼炎斬』ッ!」
彼女の剣が蒼く発光したかと思うと、その一振りから、三日月状の巨大な蒼い炎が放たれた。
魔法の火の玉ではない。
斬撃そのものが炎となり、物理的な質量を持って襲い掛かる必殺の一撃。
ズドオオオオオッ!!
石畳を抉りながら迫る蒼い斬撃。
だが、ラギウスは動かない。
彼が用意した『ジュラルナ・タワーシールド』を、ただ正面にかざすだけ。
「……ふむ。出力計測開始」
ドガァァァァァッ!!
直撃。
爆音と蒸気が会場を包み込む。
並の戦士なら盾ごと両断され、炭化する威力。
だが、煙が晴れた後。
そこには、無傷の銀盾と、涼しい顔で立つラギウスの姿があった。
「なっ……!?」
イリスディーナが目を見開く。
防がれたことへの驚きではない。
自分の蒼炎が、盾に触れた瞬間に「ジュッ」と音を立てて消滅させられたことに驚愕したのだ。
「……なるほど。これが『青き王火』か」
ラギウスは盾の裏側を確認する。
そこには、呪具である扇子、『氷河の女王の吐息』の欠片が埋め込まれ、常に絶対零度の冷気を循環させている。
「魔力を燃料にして燃え広がる性質。魔法障壁殺しか。だが、この盾は純粋な『物理』と『冷却』だ。燃やす魔力がない以上、ただの熱い斬撃に過ぎん」
理論による完全な対策。
(まぁ、熱いのは事実だがな。ゲーム本編において、主人公パーティーのメイン火力と称されるだけはある)
とはいえ、完全な対策をもってしても、熱いものは熱い。
そして、炎の斬撃を防がれたイリスディーナの顔に浮かんだのは、悔しさではなかった。
「……ふふっ。素晴らしい!」
彼女は、恍惚とした笑みを浮かべた。
「私の蒼炎を、真正面から『消した』のは貴方が初めてです! ええ、そうでなくては! 私の全力を受け止める『器』としては不足ありません!」
彼女の闘志が跳ね上がる。
全身から蒼いオーラが噴き出し、その髪が逆立つ。
「ならば、これはどうですかッ! 『皇牙・爆裂剣』ッ!!」
イリスディーナが姿を消す。
いや、速すぎるのだ。
平均的なラギウスの動体視力では捉えきれない超高速機動。
ガガガガガガガッ!!
前後左右、全方位からの連続攻撃。
一撃ごとに爆発を伴う蒼炎の斬撃が、ラギウスの大盾を乱打する。
『速い! 速すぎるぅぅっ! イリスディーナ選手の猛攻が止まらない! ラギウス選手、防戦一方だぁぁっ!』
観客席が沸く。
誰もが、イリスディーナの圧倒的な「強さ」に酔いしれる。
これぞ勇者。これぞ選ばれし者。
だが。
その猛攻の中心で、ラギウスは──あくびを噛み殺していた。
(……単調だな)
彼の視界には、イリスディーナの動きは見えていない。
だが、『絶対自我』と『原作知識』が、彼女の攻撃パターンを完全に予習している。
(右、左、上、突き。……行動ルーチンが教科書通りだ。才能に任せて『力押し』しかしてこなかった弊害だな)
ラギウスは最小限の動きで盾を動かし、全ての攻撃を最も装甲の厚い部分で受け止める。
衝撃は『ジュラルナ合金』の特性で拡散され、熱は冷却機能で相殺される。
彼がやっているのは戦闘ではない。
ただの「製品の耐久テスト」だ。
そもそも『攻撃』とは、自分の硬い部分で相手の脆い部分を突くことを言う。
その逆である『防御』とは、可能な限り、自分の硬い部分で対応することだ。
ゲームにおける『キャラクターの技』というのは、毎回同じ動きをするものであり、そこにうまく盾を配置すれば、問題はない。
「くっ……! なぜ、崩れないのですか!?」
イリスディーナが焦りを見せ始める。
彼女の剣技は完璧なはずだ。威力も速度も、学園レベルを超越している。
なのに、目の前の男は、まるで散歩でもしているかのように、盾一枚で全てをいなしている。
「……ならば、最大火力に呑まれなさい」
イリスディーナは大きくバックステップし、剣を掲げた。
周囲の大気中の魔力が、渦を巻いて彼女の剣に収束していく。
それは、彼女が持つ最大最強の奥義。
ゲーム本編において、ボスモンスターのHPを半分以上削り取る、理不尽な火力の代名詞。
「──『蒼天・超新星』ッ!!」
彼女が剣を振り下ろすと同時。
リング全体を飲み込むほどの、極大の蒼い火柱が奔流となって放たれた。
もはや斬撃ではない。
すべてを蒸発させる、破壊の閃光。
『これはマズイ! 結界が耐えきれるか!? 直撃すれば消し炭だぞぉぉっ!』
避ける場所などない。
だが、ラギウスは逃げなかった。
むしろ、待っていたと言わんばかりに、大盾を構えて一歩踏み込む。
「ミリア。データの収集を忘れるなよ」
ラギウスは呟き、盾の裏にある「スイッチ」を入れた。
『冷却機能・最大出力』。
盾に埋め込まれた『氷河の女王の吐息』の呪いが、リミッターを外されて暴走する。
本来なら、ラギウス自身をも瞬時に氷像に変えるほどの冷気が、盾の前面にだけ圧縮して放出される。
ゴオオオオオオオオオォォォッ!!
極大の蒼炎と、絶対零度の冷気が衝突する。
光と音が消え、世界が白と蒼に染まる。
水蒸気爆発が起き、闘技場全体が白い霧に包まれた。
観客たちは固唾を飲んで見守る。
あんなものを受けて、無事でいられるはずがない。
ラギウスは負けたか。あるいは、骨も残らず消し飛んだか。
やがて。
霧が晴れていく。
そこに立っていたのは──。
「……ほう。少し塗装が剥げたか」
盾の表面を煤で汚しながらも、一歩も引かずに立つラギウスの姿だった。
「な……」
イリスディーナが、初めて膝をついた。
魔力切れによる眩暈。
そして何より、自身の最強の技が、傷一つつけられずに防がれたという事実への絶望。
「嘘……私の全力が……通じない……?」
呆然とする彼女を見下ろし、ラギウスは盾をドカッと地面に置いた。
そして、懐からハンカチを取り出し、盾の汚れを拭いながら言う。
「良い火力だ。冬場の暖房器具には丁度いい」
その言葉は、挑発ですらなかった。
心底、「商品テスト」の感想を述べているだけの響き。
「さて。こちらの耐久テストは終了だ」
ラギウスは、腰の『妖刀村正・血桜総大将』に手をかける。
「次は攻撃性能のテストに移る。……立て、生徒会長。まさか、あれで打ち止めじゃないだろう?」
帝王からの反撃開始。
圧倒的な「盾」を見せつけられた後に待っているのは、理不尽な「矛」による蹂躙だった。
……まぁ。
イリスディーナが眩暈がするほど魔力を使いまくって、かなりフラフラになって、ようやく、ラギウスが『剣』で相手できる。と言う、『そもそものレベルの差』はあるのだが。
そもそも、才能があり、努力もしてきた傑物を相手にしているのだ。
コンディションが最悪になったところを狙っても、姑息とは言うまい。




