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第24話 準決勝

 準決勝。


 会場である『幻影の決闘場』の熱気は、これまでの試合とは質の違う、異様な緊張感に包まれていた。


 リングの一方には、物理、魔法、環境──あらゆる攻撃を「道具の力」だけで完封してきた怪物、ラギウス。


 対するは、生徒会副会長にして、魔導院の英才教育を受けた知性派、キース。


『さあ、いよいよ準決勝! 謎多きラギウス選手を、生徒会の頭脳キース選手はどう攻略するのかぁぁっ!』


 実況が煽る中、キースは静かに眼鏡の位置を直した。

 その表情に、焦りはない。あるのは、解法を導き出した数学者のような、冷徹な自信だけだ。


「……カルゼラード。認めてやる。君の装備しているアイテムは、規格外だ」


 キースは杖を構えず、両手を広げてラギウスに対峙する。


「物理も魔法も通じない。地形すら変える。呪具が持つ『圧力』すらも耐えきる……だが、その強固な鎧の中にいる『君自身』はどうかな?」

「……」


 ラギウスは答えない。

 ただ、腰の妖刀に手をかけ、退屈そうにキースを見下ろしている。


「君の敗因は、自身の精神を守る術を持たず、道具の性能に胡坐をかいたことだ」


 開始の合図──号砲が鳴る。

 その瞬間、キースは詠唱破棄で、自身の固有魔法を発動させた。


「──『譲渡の契約(ギフト・グラント)』ッ!!」


 攻撃魔法ではない。

 ラギウスの足元に魔法陣が展開され、キースの手元にあった「何か」が光の粒子となって転送される。


 カシャンッ。


 硬質な音と共に、ラギウスの左腕に、鈍色の腕輪が嵌められた。


『おぉっとぉ!? キース選手、攻撃ではなく……プレゼントですかぁ!? ラギウス選手の腕に、何かを装備させたぞ!』


 会場がざわつく中、キースは勝利を確信して叫んだ。


「その腕輪の名は『無力の腕輪』! 魔導院が精製した概念兵器だ!」


 キースの切り札。


『無力』『敗北』『諦観』といった負の感情タグのみを抽出し、純粋培養したウイルス。


「装備した瞬間、君の思考は『敗北感』で塗りつぶされる! 戦う意志も、剣を握る力も、プライドさえも! 全てが『無駄だ』という結論に書き換えられるのだ!」


 キースは、ラギウスが膝をつく瞬間を待ち構える。


 どれほど強力な武器を持っていようと、振るう意志がなければ意味がない。

 内側から心を折る。これぞ必勝の策。


 ──だが。


「……ふむ」


 ラギウスは、勝手に腕に巻き付いた腕輪を、興味深そうに眺めていた。


 膝をつく気配はない。

 剣を落とす様子もない。

 顔色一つ、変わっていない。


「な……?」


 キースの笑顔が凍り付く。


「な、なぜだ……!? なぜ立っていられる!? 今、君の中には耐え難い『絶望』が溢れているはずだぞ!?」

「絶望? ……ああ、この『ノイズ』のことか」


 ラギウスは、腕輪を指先でコンコンと叩いた。


『……勝テナイ……』

『……無駄ダ……諦メロ……』

『……オ前ハ無力ダ……土下座シロ……』


 確かに、脳内には陰湿な声が響いている。

 粘着質な男が、耳元で延々とネガティブな愚痴を囁いているような不快感。


 だが、ラギウスにとって、それは日常茶飯事だ。

 普段、彼の腰にある『妖刀ムラマサ』は「親父を殺せ」と叫び続け、懐の『懐中時計』は「死刑台へ行け」と喚き散らしている。


 それに比べれば、「諦めろ」程度の囁きなど、カフェのBGMよりも静かだった。


「音程が悪いな。それにデザインも古い。魔導院のセンスを疑うぞ」

「そ、そんな……馬鹿な……!」


 キースが後ずさる。

 理論上、防げるはずがないのだ。

 これは「重圧」ではない。「概念の書き換え」だ。耐えるとか耐えないとか、そういう次元の話ではないはずだ。


「き、貴様……感情がないのか!? 心が無いのか!?」

「あるさ。だが……」


 ラギウスは一歩、踏み出す。


「俺の心には、お前が送ってきたような『毒』を受け取るための『受容体』がない」


 『絶対自我』。

 それは外部からの干渉を、意味のある情報として処理する前に、「不要なノイズ」としてフィルタリングするシステム。

 スイッチの切れた回路に、どれだけ「敗北」という信号を送っても、機械は動かない。


「結果として残ったのは……お前が貴重なマジックアイテムを、俺に無償で譲渡したという事実だけだ」


 ラギウスはニヤリと笑う。

 その笑みは、キースにとって、どんな悪魔よりも恐ろしく見えた。


「鑑定したところ、この腕輪には希少な[精神干渉]系のタグが含まれているな。……悪くない素材だ。ミリアが喜ぶ」

「そ、素材……だと……?」

「ついでに、これの本当に有効な使い方がわかっていないようだ」

「本当に有効な使い方だと?」

「そうだ。『尋問』にもってこいだろう」

「あ……」


 自白剤を使ったり、圧を掛けたり、実際に体を傷つけることもある。

 それがこの世界の尋問と言うもので、とらえた者から情報を抜き出すとはそういうことだ。


 ただ、この『無力の腕輪』は、内側から敗北感で相手を塗りつぶす。

 つけている間、ずっと、敗北感で相手の心を上書きしようとする。


 言い換えれば、『どうせ俺たちは負けるんだから、俺が持ってる情報くらい、話してもいいじゃないか』と思わせるのにちょうどいいのだ。


 というか。


(まぁ、実際にその有効さを、身をもって体感したのは、お前だがな、キース)


 ラギウスは冷めた目でキースを見る。


(ゲーム本編において、イリスディーナは皇帝になったが、現皇帝陛下が死んだのは、お前が敵につかまって、重要な情報を抜かれたからだった。まぁ、その腕輪を持つのがこれからは俺になる上に……)


 左手の親指で、鍔を押し上げる。


(そもそもお前が捕まったのは、カルゼラード領の壊滅が原因でもある。俺が責めれる話じゃない)


 だから、ここですべきことは……。


「感謝するぞ、副会長。これでお前の役目は終わりだ」


 ラギウスは、右手を刀の柄にかけた。

 キースは杖を構えることすら忘れ、呆然と立ち尽くす。


 自分の最強の切り札が、相手にとっては「無料の素材配布」でしかなかったという絶望。

 その事実が、皮肉にもキース自身の心を「無力感」で満たしていた。


「道具に使われるなと言ったはずだ」


 鯉口が切られる。

 溢れ出す殺気が、キースの全身を金縛りにする。


「お前は、道具の性能を過信し、思考を委ねすぎた。……それが敗因だ」


 一閃。


 抜刀と同時に放たれた衝撃波──峰打ちの一撃が、キースの展開していた魔法障壁ごと、彼自身を吹き飛ばした。


 ドガァァァァァッ!!


 キースは壁に叩きつけられ、ずり落ちる。

 HPゲージは全損。

 意識を失う直前、彼の目に映ったのは、自身の贈った「無力の腕輪」を、新しいオモチャを手に入れた子供のように弄ぶラギウスの姿だった。


『しょ、勝者! ラギウス・フォン・カルゼラードォォッ!!』


 静まり返っていた会場が、爆発的な歓声に包まれる。

 だが、ラギウスはそれに答えることもなく、気絶したキースを一瞥してリングを降りた。


「……さて」


 彼は視線を上げる。

 観客席の最上段。貴賓席のバルコニー。

 そこで、一人の少女が立ち上がっていた。


 燃えるような赤髪。

 帝国最強の生徒会長、イリスディーナ。


 彼女は腰の剣に手をかけ、獰猛な笑みを浮かべていた。


「……待ちくたびれましたよ、ラギウス」


 ついに、舞台は整った。

 小細工なし。策謀なし。

 帝国の未来を背負う「最強の皇女」と、運命をねじ伏せる「狂騒具の帝王」。


 決戦の幕が、上がろうとしていた。

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