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第19話 たった一回の戦いが与えた影響

 ラギウスの戦いの後、『幻影の決闘場』では、第一回戦の他の試合が進行していた。


 フィールド上では、優秀な成績を修める魔法科の生徒と、騎士科のホープが激しく火花を散らしている。


 上級魔法が飛び交い、剣技が冴え渡る。

 本来ならば、観客が総立ちになって熱狂するような、ハイレベルな攻防だ。


 そもそもこの選抜戦は、帝国の『武の未来』を示すためのもの。

 出場する者たちも、自分に自信がある人ばかりだ。

 そんな人物が、『準優勝は自分が貰う』と意気込んで、戦っている。


 今回はトーナメントではなく、何度も抽選を行うリドロー式。

 対戦票が決まった瞬間に、準優勝になれるかどうかが決まるわけではないというのが、ある意味、彼らの背を押している。


 ──だが。

 観客席の空気は、奇妙なほどに冷めていた。


「……なぁ。今の試合、レベル高いよな?」

「ああ。すごい魔法だ。……でもさ」


 生徒たち視線は、目の前の試合を追いつつも、どこか上の空だった。

 彼らの脳裏には、先ほど行われた「第一試合」の光景が焼き付いて離れないのだ。


 一歩も動かずに必殺技を跳ね返した、鏡の盾。

 触れるもの全てを切り刻んだ、赤い斬撃の嵐。


 それに比べれば、目の前で行われている「優秀な生徒たちの試合」が、まるで子供のチャンバラごっこのように見えてしまう。


「あんなの、ありかよ……」

「アイテムの使用は無制限だ。ルール違反じゃない」

「でも、あんな凶悪な武器、どこで手に入れたんだ? それに、あんな禍々しい気配……普通なら持ってるだけでおかしくなるだろ」


 ざわめきが伝播する。

 嘲笑と侮蔑の対象だった「平均的なラギウス」という像が崩れ去り、代わりに「得体の知れない怪物」という新たな像が結ばれようとしていた。


 恐怖。羨望。疑惑。

 たった一回の戦闘、たった数分の出来事が、学園内のヒエラルキーを根底から揺るがしていた。


 ★


 一方、運営本部テント。

 そこは、お通夜のような静けさに包まれていた。


「……ガイルが、負けた?」


 副会長キースは、記録結晶に映し出されたリプレイ映像を、呆然と見つめていた。

 何度見返しても結果は変わらない。

 生徒会きっての武闘派であるガイルが、赤子の手をひねるように瞬殺されている。


「馬鹿な……あり得ない……!」


 キースが机を叩く。

 彼の計算では、ラギウスは「金持ちの道楽」で強力なアイテムを持っているだけの素人のはずだった。

 強力なアイテムには、相応の魔力消費や精神負荷が伴う。

 平均的なラギウスがそれを使いこなせるはずがなく、自滅するか、隙を突かれて終わるはずだったのだ。


「あの盾……『ナルキッソスの盾』か? あれは装備した瞬間に精神汚染で発狂するはずだぞ! なぜ平然としている!?」


 精神汚染で発狂。

 的確でありながら、どこか曖昧な指摘だ。

 呪いは個別に設定されているはずだが、副会長キースの知識の中でも、『呪具と言うのは精神が汚染される』という認識しかないのだろう。


 知識不足と言うよりは、それが『常識』なのだ。


「それにあの刀……文献にある『村正』の特徴と一致しますが、あんな広範囲攻撃をするなんて聞いていません!」


 取り巻きの役員たちが悲鳴に近い声を上げる。

 彼らの常識が崩壊していた。


 ラギウスは、アイテムの「リスク」を完全に無視し、「メリット」だけを抽出して行使している。

 それは、彼らが知る「魔法の理」から逸脱した現象だった。


「……落ち着け」


 キースは脂汗を拭い、眼鏡を直す。

 彼は優秀な参謀だ。感情的になることは非合理的だと知っている。


「奴のカラクリは不明だが……弱点は見えた」


 キースは映像を指さす。


「奴は一歩も動いていない。身体能力はやはり『平均的』なままだ。全てを『道具の性能』に依存している」

「な、なるほど……!」

「つまり、奴の道具を封じるか、道具が機能しない状況を作れば、ただの雑魚に戻るということだ」


 キースの目に、陰湿な光が宿る。

 正面からの武力で勝てないなら、盤外戦術で殺す。

 それが、弱者が強者を狩るための知恵だ。


「次の抽選……私が直々に『調整』する。ラギウスにとって、最も相性の悪いフィールドと、最悪の対戦相手を用意してやる」


 ★


 そんな外野の喧騒など露知らず。

 選手控室の一角で、ラギウスたちは「反省会」を行っていた。


「……ふむ。やはり燃費が悪いな」


 ラギウスは『血桜総大将』をテーブルに置き、ミリアが提出したデータシートに目を通す。


「一撃で魔力の三割を持っていかれた。今回は短期決戦だったから良かったが、長期戦になれば俺の魔力が尽きる」

「はい……。呪いの出力が高すぎて、ラギウス様の魔力供給が追いついていない状態です」


 ミリアが申し訳なさそうに言う。

 彼女にとって、道具の不具合は自分の責任だ。


「『絶対自我』で精神的な負荷はゼロにできていますが、物理的な魔力消費までは踏み倒せませんから……」

「魔力タンクを外付けするか? いや、装備が嵩張るのは機動力を損なう」


 ラギウスは腕を組む。

 彼が気にしているのは、「勝ったこと」でも「周囲の評価」でもない。

 あくまで「製品の運用コスト」と「効率」だ。


 その姿は、勝利に酔う戦士ではなく、欠陥を見つけたエンジニアのそれだった。


「マスター。次の試合まで時間があります。軽食はいかがですか?」


 シライシ(執事モード)が、どこからともなくティーセットを展開する。

 優雅な手つきで紅茶を淹れるその姿に、周囲の他校の選手たちがギョッとして距離を取る。


(……なんだあの集団は)

(あれほどの試合をしておいて、もう『次』の調整をしているのか?)

(余裕とかそういうレベルじゃない。あいつらにとって、俺たちは『敵』ですらないのか……?)


 周囲の畏怖と困惑。

 だが、ラギウスは紅茶を一口啜り、興味なさそうにモニターを一瞥した。


「……遅いな」


 モニターには、まだ続いている第一回戦の様子が映っている。

 泥臭い攻防。精神論のぶつかり合い。


「効率が悪い。一撃で終わらせれば、次の準備ができるものを」


 彼にとって、このトーナメントは「業務」だ。

 残業はしたくない。

 さっさと優勝賞品をもらって、領地に帰りたい。


 その徹底した「ビジネスライク」な思考こそが、周囲との温度差を生み、彼をより一層「異質な怪物」に見せていた。


「……おや?」


 ふと、シライシが視線を上げた。

 控室の入り口。

 そこに、一人の女子生徒が立っていた。


 燃えるような赤髪。

 生徒会長、イリスディーナだ。


 彼女は護衛もつけず、単身でラギウスの元へと歩み寄る。

 周囲の空気が張り詰める。

 だが、彼女はラギウスの前に立つと、フッと笑みをこぼした。


「……見事でしたよ、カルゼラード」

「暇なのか? 会長」


 ラギウスはカップを置く。

 イリスディーナは、彼の机に置かれた『血桜総大将』を一瞥し、それからラギウスの目を見据えた。


「忠告に来てあげました。……副会長が、また何か小細工を仕掛けているようです」

「だろうな」


 ラギウスは鼻で笑う。想定の範囲内だ。


「次は『地形』を利用してくるでしょう。貴方の道具が使いにくい場所……例えば、足場の悪い『沼地』や、視界の悪い『濃霧』などを選んでくるはずです」

「ほう。親切だな」

「勘違いしないでください。貴方がつまらない罠で負けて、私の『楽しみ』が減るのが嫌なだけです」


 イリスディーナは髪を払い、踵を返す。


「決勝まで上がってきなさい。……貴方のその『合理性』が、私の『王火』に通用するか。試してあげますから」


 言い残し、彼女は去っていく。

 その背中は、以前よりも心なしか楽しげに見えた。


「……やれやれ。厄介な客に気に入られたものだ」


 ラギウスは肩をすくめる。

 だが、その目には微かな光が宿っていた。


 小細工。罠。地形的不利。

 それら全てを含めて、彼は「想定」していた。


「ミリア。次のセットアップを変更する」

「はいっ! どのプランで行きますか?」

「プランDだ。足場が悪いなら、『足場を作ればいい』」


 ラギウスは、新たな『呪具』──まだ誰にも見せていない、とっておきのケースに手を伸ばした。


「見せてやろう。環境すらも『道具』で支配する、帝王の戦い方をな」

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