表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/32

第18話 第一回戦

 『幻影の決闘場』。


 すり鉢状になった闘技場の観客席は、立錐の余地もないほどの生徒たちで埋め尽くされていた。

 初秋の空に、熱気が陽炎のように立ち上る。


『さぁぁぁぁて! お集まりの紳士淑女、そして血気盛んな生徒諸君! お待たせいたしました!』


 会場全体に響き渡る声。


 魔法拡声器を片手に実況席で叫んでいるのは、放送部部長のローランドだ。

 蝶ネクタイにおかっぱ頭というコミカルな見た目だが、その実況の熱量と的確さには定評がある。


『今年の「秋季選抜トーナメント」は一味違う! 完全抽選による予測不能のマッチング! そしてアイテム使用無制限! 財力も、運も、全てを含めた「総合力」が試されるサバイバルだぁぁっ!』


 ウオオオオッ! と歓声が上がる。

 実況席の隣、解説役として座る副会長キースは、熱狂する生徒たちを眺めながら、冷ややかな笑みを浮かべていた。


(叫べ、愚民ども。これから始まるのは、身の程知らずの凡人が、実力者に叩き潰されるショーだ)


 キースの手元には、あらかじめ仕組まれた対戦カードのリストがある。

 シナリオ通り、第一試合でラギウスの心をへし折り、笑い者にする。

 それが、生徒会の威信を守るための「正義」だと信じて疑わない。


『それでは第一試合! 選手の入場だぁぁっ!』


 ローランドが手を振り上げる。


『赤コーナー! 生徒会執行委員にして、粉砕の重戦車! その巨斧は岩をも砕く! ガイル・フォン・バルトォォォッ!』


 東のゲートから、ガイルが姿を現す。

 全身を特注のミスリル鎧で固め、背丈ほどもある巨大な戦斧を軽々と担いでいる。


 彼は観客席に向かって両手を上げ、自身の筋肉と装備を誇示するパフォーマンスを見せた。


「ガイル先輩! やってください!」

「あんな金持ちボンボン、一撃で沈めてやれ!」


 黄色い声援と、男子生徒たちの野太いエールが飛ぶ。

 ガイルは満足げに鼻を鳴らし、リング中央へと歩を進めた。


『対する青コーナー!』


 ローランドの声のトーンが、少しだけ変わる。

 困惑と、興味本位が入り混じったような響き。


『大貴族カルゼラード家の次期当主! その実力は未知数……というか成績はド平均! だが、噂によれば鉱山奪還の英雄とも!? 真偽のほどはいかに! ラギウス・フォン・カルゼラードォォッ!』


 西のゲートが開く。

 観客席が静まり返り、次いでパラパラとした拍手と、ヒソヒソ話が広がる。


「出たよ、ラギウスだ」

「なんか……普通だな」

「装備だけは高そうだけど、着られてる感すごくない?」


 現れたラギウスは、あくまで「平均的」な体格の少年に過ぎなかった。

 身に纏うのは、仕立てのいい軽装鎧。

 腰には、禍々しい装飾が施された刀が一振り。


 ガイルのような派手なパフォーマンスはない。

 観客に手を振ることもなく、ただ淡々と、散歩でもするかのような足取りでリングへ上がる。


(……うるさい会場だ)


 ラギウスは『絶対自我』で周囲の嘲笑や好奇の視線ノイズを遮断する。


 彼にとって、この場は戦場ではない。

 自らが開発した製品の性能を証明するための「展示会場」だ。


 リング中央。

 レフェリーを挟んで、二人が対峙する。


「へっ。逃げ出さずに来たことは褒めてやるよ、カルゼラード」


 ガイルが見下ろすように笑う。


「だが、その減らず口もここまでだ。俺の『爆砕斧』で、その高いだけの装備ごと、お前のプライドを粉々にしてやる!」

「……」


 ラギウスは答えない。

 ただ、懐から一枚のクリスタル──『記録結晶』を取り出し、宙に浮かせただけだ。

 それは、ミリアが調整した、戦闘データを自動記録するための魔導具だった。


「無視か……ッ! その態度が気に入らねぇんだよ!」


 ガイルが顔を真っ赤にして斧を構える。


「両者、構え!」


 レフェリーが手を上げる。

 会場の空気が張り詰める。


「始めッ!」


 ゴング代わりの号砲が鳴った瞬間。


「オラァァァァッ!!」


 ガイルが大地を蹴った。

 重装備とは思えない突進速度。

 振り上げられた戦斧には、土属性の魔力が圧縮され、黄色い光を放っている。


『おおっといきなりだ! ガイル選手の必殺、「バルト・インパクト」がいきなり炸裂するかぁぁっ!?』


 まともに受ければ、幻影結界内といえどもHPが全損しかねない一撃。

 だが、ラギウスは動かない。

 避ける素振りも見せず、ただ右手をかざした。


 その手には、いつの間にか一枚の「鏡」のような盾が握られていた。


「死ねェッ!」


 ガイルの斧が振り下ろされる。

 誰もがラギウスの敗北を確信した、その時。


「……展開」


 ラギウスが小さく呟く。

 鏡の盾が、ギラリと妖しく輝いた。


 『ナルキッソスの盾』。


 受けた魔力や衝撃を、倍の威力で反射するカウンター特化の盾。

 だが、その代償(デメリット)は──。


『醜イ……醜イゾ……オ前ハ、世界デ一番醜悪ダ……ッ!』


 盾の表面に映った自分の顔が、腐り落ちたゾンビのように歪んで見える。

 そして、「自分はなんて醜いんだ」という強烈な自己嫌悪と絶望が、使用者の精神を破壊する。


 普通の人間なら、盾を見ることもできず、その場で泣き崩れて自殺しかねない精神攻撃。


 だが。


「……チッ。相変わらず映りの悪い鏡だ。俺の顔が歪んで見える。不良品か?」


 ラギウスの感想は、それだけだった。

 自己嫌悪など微塵も感じない。

 ただ、「鏡としての画質が悪い」という不満だけ。


 ドォォォォォンッ!!


 ガイルの斧が盾に直撃する。

 瞬間、盾の表面が波打ち、吸収された衝撃が倍加して吐き出された。


「な、あ……ッ!?」


 ガイルの目が見開かれる。

 自分の全力の一撃が、そのまま自分の腕に跳ね返ってきたのだ。


 バギィィンッ!


 斧が弾かれ、ガイルの巨体がボールのように後方へ吹き飛ぶ。


『な、なななーんとぉっ!? ラギウス選手、一歩も動かずにガイル選手の必殺技を弾き返したぁぁぁっ!』


 会場が静まり返る。

 何が起きたのか理解できない。


 平均的な魔力しかないラギウスが、なぜ格上の攻撃を防ぎ、あまつさえ吹き飛ばせたのか。


「ぐ、ウオオオォォッ……!」


 ガイルは地面を転がり、何とか立ち上がった。

 幻影結界のおかげで骨折はしていないが、HPゲージは半分近く削れている。


「き、貴様……何をした!? 今の盾は……!」

「『ナルキッソスの盾』。攻撃反射の呪具だ」


 ラギウスは、こともなげにネタ晴らしをする。

 隠す必要はない。これは「発表会」なのだから。


「反射率は200%。だが、精神汚染のノイズが酷い。……ミリアに言って、遮音性を高める必要があるな。周囲の声すら少し聞き取りにくい。戦場で聴覚を制限されると厄介だ」


 ラギウスはブツブツと独り言を言いながら、盾を収納し、腰の刀に手をかけた。


「さて。防御性能のテストは終わりだ。次は攻撃力のテストに移る」


 鯉口を切る音。

 その瞬間、コロシアムの空気が一変した。


 ドクンッ……。


 心臓を直接握られたような圧迫感。

 ラギウスが引き抜いたのは、禍々しい赤黒いオーラを放つ妖刀──『妖刀村正・血桜総大将』。


『斬レ! 殺セ! 皆殺シダァァァッ!』


 無差別殺戮の呪いが、ラギウスの腕を支配しようと暴れ回る。

 観客席の生徒たちですら、その異様な殺気に肌を粟立たせた。


「ひっ……なんだ、あの剣……!?」

「見てるだけで、寒気が……!」


 ガイルの顔が引きつる。

 本能が告げている。あれは、学生が試合で振るっていい代物ではないと。


「ま、待て! そんな危険なものを……!」

「安心しろ。制御は完璧だ」


 ラギウスは涼しい顔で、暴れる刀の切っ先を、ピタリとガイルに向けた。


「対象は前方一名。……観客席には飛ばすなよ? 血の掃除が面倒だ」


 まるで駄犬に言い聞かせるように呟き、ラギウスは一歩踏み込む。

 速度は平均的。

 剣技も教科書通り。


 だが、その一振りに乗せられた「呪い」の出力が、桁違いだった。


「実験開始」


 一閃。


 ヒュオオオオオォォォッ!!


 刀身から放たれた赤い斬撃が、無数の桜の花弁となって拡散し、嵐となってガイルを襲う。


 防御など意味をなさない。

 広範囲、高威力、そしてガード不可の「呪いの斬撃」。


「ギャアアアアアアアッ!?」


 ガイルの悲鳴がかき消される。

 赤い嵐が通り過ぎた後、そこには、白目を剥いて倒れ伏すガイルの姿があった。

 HPゲージは完全にゼロ。

 幻影結界の強制転送が発動し、彼の体は光の粒子となって消えていく。


 勝負あり。

 一瞬の出来事だった。


『……え、あ……』


 実況のローランドですら言葉を失う。

 会場は、水を打ったように静まり返っていた。

 誰もが、目の前の光景を信じられずにいた。


 平均的な生徒が、準優勝候補を、手も足も出させずに瞬殺した。

 それも、「道具の力」だけで。


「……ふむ。出力は良好だが、燃費が悪いな。魔力消費を抑える改良が必要か」


 静寂の中、ラギウスの声だけが響く。

 彼は勝利の余韻に浸ることもなく、手元の記録結晶を確認し、刀を鞘に納めた。


 パチン、という音が、呪縛を解く合図のように会場に響く。


「しょ、勝者! ラギウス・フォン・カルゼラードォォッ!!」


 遅れて響いた実況の声に、観客たちがようやく我に返る。

 ざわめきが、驚愕と恐怖の波となって広がる中。


 貴賓席のバルコニーで、イリスディーナだけが、ゆったりと足を組み替えていた。


「……素晴らしい」


 彼女の口元が、三日月のように歪む。


「道具に使われるのではなく、道具を従える。……それこそが、貴方の『強さ』なのですね」


 彼女の瞳は、リングを降りるラギウスの背中から離れない。

 その熱視線を知ってか知らずか、ラギウスは退屈そうに欠伸を一つ。


「さて、次の実験体……いや、対戦相手は誰だ? 早めに終わらせて、ミリアにレポートを提出せねば」


 帝王の「新製品発表会」は、まだ始まったばかりである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ